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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
33/36

参拾参、レベル4

「人種が違う……?」


 藍がもったいぶって何を言っているのか、はじめ俺には分からなかった。俺と藍や三嶋さんが、人種のレベルで違うとは見た目から到底思えなかった。


「現在の日本の人口の99.99%は同じ遺伝子を持っているので、研究者もまさか『そうでない』人間がいるとは気づけなかった。残り0.01%の中に玲央さんが入っているんです」

「もったいぶった説明すんじゃねえよ。もっと分かりやすく説明してやれ」

「だったら三嶋さんが話してください」

「……あー、なんだ? つまり、今から100年くらい前に、この日本は何者かに侵略されて、そこで『日本人』ってのが丸ごと別の知的生命体に入れ替わっちまったってわけだ」

「え……どういうことですか」

「ほら、分かるわけがねえだろうが」

「三嶋さんもできなかったじゃないですか……」


 状況が整理できない。理解することを俺の脳が拒んでいるようだった。


「……超能力を持てる人と持てない人の違いがどこにあるかの研究をしてたんですよね?」

「はい。ほとんどが持てる側だったので当初は問題にならなかったのですが、京都の研究員の中に偶然、どうやっても超能力とそりの合わない人間がいました。その方は遺伝子が現代の一般的な日本人と全く異なり、それが原因だったと分かったのです」

「縄文人と弥生人みたいなレベルじゃねえ。同じ人間か疑わしいくらいの違いだ。染色体の数が違うレベルだと言えば分かりやすいか?」

「そこまで……」

「もちろん100年前にすでに存在していた『旧人類』と、侵略し『旧人類』をほぼ淘汰して新たな主として定着した『新人類』の子孫も存在します。その方のDNAをたどると、『新人類』はほぼ100年前に突如として現れ、未知の技術をもって当時の文化文明を破壊し、歴史を塗り潰したということが分かったのです」

「なぜわざわざ、そんなことを」

「真実は分かりません。が、不便な世の中を当時未知だった技術で便利に、豊かにしてやろうというお節介な動機があったとしても、何ら不思議ではありません。そういう安易な選択が歴史の方向性を大きくねじ曲げるというのは、よくあることです」

「それじゃまるで、『転生者』そのものじゃないか」

「ええ。私たちの祖先も、『転生者』のような邪悪な存在だった。そして子孫である私たちは『転生者』本人たちを生贄に、超能力科学を作り上げた。その先に何が待っているか、お分かりですか」

「……っ!」


 超能力研究を推進したいという星芒市派のことを思い出した。彼らはもうすでに、女性どうしで子孫をなすという生命倫理を侵す技術を確立している。人間の体の常識がまるっきり変わってしまったのだ。それはいずれ、形が様々だとしても他の場所へ伝播してゆく。


「おおよそご想像の通りです。星芒市の技術は、見方を変えれば人口減少や少子化問題に効果てきめん。私たちは並行世界にアクセスする道を封じられていますから、禁忌の技術は過去に及ぶとみて間違いないでしょう。神様は超能力を確立したこと自体ではなく、超能力をもって過去に干渉する、すなわち同じ過ちを繰り返そうとしていることに怒っていたようです」


 その推測が立った時、藍たちは何を考えたのだろうか。藍は先祖の罪までも背負って暗い表情をし、三嶋さんの顔は吹っ切れ、諦めたもののように見えた。先祖だけが悪者であったのならまだよかった。その先祖と同じ過ちを犯そうとしたことで、歴史が否が応でも繰り返すことや、自分たちが歴史に抗えないちっぽけな存在であることを自覚させられたのだ。懸命な努力むなしく結末を変えられなかったのと、最初から自分たちの努力には何の意味もないと知らされるのとでは、予後が大きく変わってくる。


「人間は誰しも、自分がこの世界になくてはならない存在だと潜在的に考えています。そうしなければ、自我も自尊心も保てないからです。この世の人間が全員自分自身の価値を見出せなくなったら、今とは比にならないほど自殺者が増えることが見込まれます。私たちが未来永劫にわたって罪を犯し続けることが運命づけられている、というこの情報は、『レベル4』とされています。『レベル4』を知っているのは、吹田と京都の主任以上の研究員、そして今話をした玲央さんのみです」

「死なないにしても、治安は悪くなる……ってことか」

「実際のところ一般人にどのように受け止められるかは、公開してみなければ分かりません。先ほどの玲央さんのように、全員がピンとこないまま平和に終わるかもしれません。ただ、それよりは歴史と現実を理解した人間が悪い方向に民衆を煽動し、それこそ別の最悪の未来へ向かう可能性の方が高いとみています」


 つくばも星芒市も、その事実を誰一人として知らない。だから柏柚香に好印象を持っていたり、超能力の研究を続けたりしているのだろう。ただ、知らされたところで、俺はやはりうまく想像できていなかった。分かるとすれば、真鈴さんがいわゆる『新人類』の側だとして、この事実を知った時に思い詰めてしまうくらいには心優しい女性であるということくらい。今の俺の仕事を真鈴さんにも話してはならないという意味がようやく分かった。


「『レベル4』の情報を真の意味で秘匿し続ける方法は存在しません。どれだけ公開範囲を絞って厳重に管理したとしても、いつかは白日の下にさらされるでしょう。方法があるとすれば、それは私たち自身がいなくなり、超能力という概念ごとなかったことにしてしまう。それだけ……」


 藍の言葉の途中で、警告音が研究室に響き渡った。先ほど吹田で聞いたものと同じだ。三嶋さんが軽く舌打ちした。


「奏の奴……相当入念に計画を練ってたな?」

「これは、」

「『レベル2』陥落だ。このタイミングで、つくばも落ちたと見て間違いねえ」


 『レベル1』に続き、さらに内部の『レベル2』の関連施設も奏が破壊したらしい。そこまで行くと星芒市とつくばのインフラが一斉に遮断される。想像していたよりずっと早い。髙橋さんが足元にも及ばないほどの練度で、奏が魔術を使いこなしているのだとすれば、いかに超能力の研究を進めているといえど星芒市もひとたまりもないということか。


「奏の推測が正しければ……つくばを管轄している文科相と、柏柚香が何らかのやり取りをかわすはずです。通信傍受の準備はすでに進めていますが――」


 そこで藍が電話に気づいた。耳元で携帯を握りしめ、ぐっと体に力を込めて向こうの話を聞いた後、電話を切って藍がこちらに向き直って口を開いた。



「奏からです。東京駅に来い、と。つくばと星芒市の問題に対する対策会議のため、都内にやってくるであろう柏柚香を暗殺する――そう言っています」

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