三、働き口
「なんだ玲央、帰ってたのかよ」
「克矢、すまん。連絡忘れてた」
「お前がいつ連絡つくのか、いっつも困ってんだからな」
大学時代からの友人である荘原克矢は、いつものようにいきなり連絡をしたせいで驚いていた。ちょっと怒ってさえいたかもしれない。が、持ち込んだのは克矢にとっても悪くない話だ。
「ったく、大変だな。結局三年経ってもお前が海上自衛官だってことしか知らねえ」
「そんだけ知ってたら十分だよ」
「知ってるか? ただの知り合いと友達の差は、そいつの大事な情報を知ってるかどうかなんだぜ」
「そう言われても、教えることはできねえからな」
「分かってるよ」
大学を卒業して全国へ散り散りになる人が多い中、克矢は地元に残り県庁で働いている。俺とは同じ公務員だが、その性質は全く違う。克矢は俺の身に何かあった時、俺の両親の次にそのことを知らされるひとになってもらっている。それだけ大事に思っていると、暗に伝えているつもりだ。
「で、いきなり連絡寄越してきて、何の用だよ」
「お前の親父さん、人が足りないって言ってただろ。一回雇ってやってほしい子がいて」
俺は少し離れて様子をうかがっていた柏さんに手招きする。上目遣いで「……よろしくお願いします」と口を開いた彼女に、克矢がひょっとこのような顔で素直に驚いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「まあ、いろいろあって。仕事をあっせんするとなると、まずお前の顔が浮かんでだな」
「正社員で雇えってか?」
「できればそうしてほしいところだけど、まあ合う合わないがあるし、まずはバイトからでも」
「……分かった、親父に言ってみる」
克矢の両親はフランチャイズ契約で大手コンビニ店の経営をやっている。本部に月々支払うお金が決まっている以外は自由で、商品の配置や、従業員をどれだけ雇うかは店長に任されている。郊外の駅に近いところに店を構えているので、そこそこお客さんが入っており、その割に従業員が少ないので人手不足で困っている、という話を聞いていた。
克矢の親父さんからの返事はすぐに返ってきた。二つ返事といってもいい。
「いいってさ。よっぽど問題がなきゃ受け入れる方針なんだな」
「そんなに人手不足なのか」
「それもあるけど、単に人間が好きなんだろ。今時コンビニバイトなんて物好きじゃなきゃそうそうやりたがらないし。わざわざ志望してくれるなんていい子に違いない、って思ってる節がある」
「まあ、この子は志望してるってわけじゃないんだけど……」
とりあえず真っ当にお金を稼げる職をあてがわなければ、ということしか考えていない。いきなりレジ打ち接客は難しいだろうから、裏方の仕事から任せてやってほしい、と併せて克矢には伝えておいた。
形式上面接は必要だから、ということで、克矢の親父さんの要請に従って俺と克矢は彼女を件のコンビニまで送る。ちょっと不安そうにしていたが、心配しなくても大丈夫です、と俺が言うとふっ、と頬が緩んだ。「いざとなったら守ってくれる人」程度には、俺のことを信用してくれているのかもしれない。もしそうなら、自衛官冥利に尽きると言うべきだろう。
「……で? どっから連れてきたんだ、あんな可愛い子」
「なんだ、狙ってるのか」
「ワンチャン狙ってんのはお前の方だろ」
男がひしめき合ってむさ苦しい場所にわざわざ志願した男が、ある日突然おしとやかな女の子を連れてきたとあっては、いろいろ気になるのは当然だろう。だが、俺としてはたまたま隣の部屋に越してきた人だと説明するしかなかった。
「そんなマンガみたいなできすぎた話があるか」
「事実なんだから仕方ないだろ」
「どこまで行ったんだ」
「どこまでって、まあ偶然が重なってお茶はしたけど」
「たったそれだけであんな露骨に頬が緩むかぁ? 絶対惚れてんだろ、お前に」
180cm台後半の身長にがっしりついた筋肉、そして相手をにらんでいるかのような三白眼。対面しただけで怖がられそうだという自覚があるが、それに惚れているのだとしたらよほどの物好きだ。と言えば、彼女に失礼になるだろうか。
「けど、あの子のことはほとんど何も知らないんだよな」
「一回お茶したのに?」
「二十歳で、大学生ではないってことくらい」
「二十歳かあ、じゃあ俺の対象外だ」
克矢のその言葉を聞いて、安心する。克矢は年上好きなのだ。少しラグがあって、安心した自分自身に動揺した。
克矢からその後の話をちょくちょく聞くことになった。俺が口を出した通り、彼女は裏方の仕事を主にやることになった。子育ての傍ら、パートとして働く女性の先輩がいて、丁寧に仕事を教えてもらっているという。明らかに人見知りな子だが、それならひとまず安心だ。
「今時、二十歳の女の子で大学生でもなきゃ働いてもないって子、いるんだな」
「実家が太いんじゃないか? 実は」
「適当抜かすなよ。過度な期待は後々自分を苦しめるぜ」
実は立ちんぼをしていたらしいということは、本人の名誉のために黙っておく。犯罪だということくらいは分かっているだろうし、彼女だってやりたくてやっていたわけではないはずだ。結局客を取って身体を売ったことはないのだと、俺は信じることにする。ただそうだとしたら、一か月間暮らせていたのは貯金があったのか、あるいは親の仕送りがあったのか。謎は増える一方だった。
「あの……もし、よければでいいんですが。LIME……交換、しませんか」
最初は週二回から始めて、慣れてきたのか俺が休暇を取っている一ヶ月の間に週四回までシフトを増やしていた。接客もできるかも、と彼女はやる気を見せていたが、無理はせず焦らずに、とアドバイスしておいた。LIME交換を申し出てくれるくらい積極的になってくれて、俺は成長を感じて嬉しくなった。保護者にでもなったかのようだ。
「やるな。応援してるぜ」
「だから、違うって言ってるだろ」
またしばらく仕事でいなくなるとは伝えたものの、心配は無用に見えた。まだ控えめなところは残っているが、問題はない。その時は、そうやって安心していた。




