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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
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弐拾玖、吹田派ノ中枢

「髙橋さん。下市さんをお連れいたしました」

「ああ、ありがとう。どうぞ、そちらにおかけください」


 奏の上司だという主席研究員の男性は、髙橋さんというらしかった。部屋の奥にあるデスクからこちらへやってきて、部屋の真ん中ほどにあるソファに俺たちは向かい合って腰かけた。


「吹田研究所、主席研究員の髙橋です。むつかしい肩書ですが、吹田研究所のトップになります」

「そうなのですね」

「主任研究員は奏君はじめ、複数いるのですがね。専らデスクワークだというのに、研究員と名がついているのは少々むずがゆいですが」


 髙橋さんは四十代半ばの年相応の外見をした男性だった。髪に少々白いものが混じっており、苦労を重ねてきたのだろうということがうかがい知れた。


「……京都の立ち位置でこの場に同席するのはやりづらいでしょう。席を外してもらっても」

「いえ、案内役を任されていますので。一緒にお話を」

「分かりました。三嶋さんに連絡は?」

「不要です。私からすでにご連絡差し上げています」

「そうですか。さすがに(よもぎ)理事長の娘さんなだけはある」

「おやめください、私は」


 藍がうつむきながら謙遜する。髙橋さんがフォローのために口を開いたが、直前で言葉にするのをやめて黙った。蓬さんの娘であるために過度な期待をされ、それを嫌がっているという話は髙橋さんも理解しているのだろう。俺という外部の人間がいる場で内輪の話をするのがはばかられるのもあるはずだ。


「……三嶋さんも、豪快な方ではありますが非常に優秀ですよ。藍さんが彼を主席に推したのもうなずけます」

「三嶋さんというのが」

「京都研究所の主席研究員です。藍さんの直接の上司になります。藍さんからある程度話はお聞きかと思いますが、京都の伏見の方にも研究所がありましてね。『聖域なき浄界』時代には第二ラボラトリーと称していたんですが。ここ吹田と京都合わせて、いわゆる『吹田派』ということでやっております」

「それなら、結構大きいのですね、規模としては」

「ええ、まあ。つくばも第一第二とありますから、同程度でしょう。だからこそ、つくばに星芒の味方をされると困るわけですが」


 吹田派、つくば派、星芒市派と派閥があるのは聞いていたのでうなずくと、そこまで知っているなら話は早い、と言いたげに髙橋さんもこちらに向かってうなずいてみせた。それにしても、吹田でこの五階建ての研究所の規模で、おおよそ同じものが京都にもあり、吹田と京都を足した分がつくばにもあるのだとすれば、超能力研究に従事している人間はそれなりの数になりそうだ。


「星芒市を抑圧するために立ち上がってくれ、と声をかけて回るつもりであることは理解しています。しかし下市さんは超能力についてほとんどご存じないでしょうし、聞いておきたいことはここで一通り確認しておいた方が良いと思います。三嶋さんも聞けば教えてくれるでしょうが、それよりも……」

「それよりも?」

「いえ、私から言及するのは避けておきます。どういうお人柄かは直接会って確かめるのが早い」


 藍がこちらを向いて、何か聞きたいことはないかと言いたげに見つめてきた。


「……超能力が科学技術の一つとして、必要だということは聞いています。ただ、どういうふうに世界の役に立っていくのか、その想像がまだできておらず。まったくの素人でも理解できるものなのでしょうか」

「難しい質問ですね」

「すみません」

「構いませんよ。むしろそれだけ興味を持っていただけるのはありがたいことです。そうですね……まず、世の中のこれに役に立つと言い切れる研究は、そう多くありません。超能力に限らず一般的な話として」

「はい」

「超能力もその一つです。最悪の未来を回避するためという話はお聞きかと思いますが、最悪の未来が具体的にどのようなものか実感できない以上、意義がないように見えるのは仕方のないことです。ただあえて申し上げるならば、『未来への投資』が超能力研究の目的になります」


 最悪の未来を避けるためだけではない。より明るい未来を手中に収めるのもまた、超能力研究の目的だという。


「未来への投資……」

「寿命を伸ばすため、病気にならないため、子供が減っても人類が生命活動を維持してゆくため。最終的にはそういった、社会課題の解決に貢献する技術です。ただ、その手法が遠回りであるために、現状はっきりと役立つ技術だと断言できない。そういうことです」

「そのために、当初は『転生者』もこちらの世界の人間も犠牲にしていたということですか」

「それは当時と目的が異なるからです。当初超能力は、人類の別次元への進化が目的でした」

「それが邪な動機であると神様の怒りを買い、罰を与えられたというのはすでにお話しした通りです」


 藍が補足した。戦争を通じて実用化した技術が今は日々の生活に欠かせない工業製品に応用されている、という話に似ている。超能力も平和利用するための技術に変わっている、その最中なのだ。


「だからこそ、星芒市の研究が行われていると、超能力の研究者が更生したと言えなくなります。私たちは真っ当な、国際的に認められる研究者であるために、星芒市での研究を廃止させるよう動いています」

「つくばが中立の立ち位置なのは」

「『聖域なき浄界』時代は、吹田で確立した超能力技術の実証実験を行う場所として準備が進められていました。その名残で研究所も継続し、今に至ります。星芒市派ももとはつくばの異端者が離脱して始まっているので、つくばとしてはあまり強く出られないのでしょう。気持ちはよく分かるのですがね」


 それを説得するのは奏君と藍さんの仕事なので、下市さんが気にしすぎる必要はないですよ、と髙橋さんは追って言ってくれた。吹田派がもとから協力的であることは分かっていたから、やはり手こずるのはつくば派の懐柔ということになるのだろう。


「他に聞きたいことは?」

「そうだ。吹田と京都では、やっていることは異なるのでしょうか」

「ええ。詳しくは藍さんから説明があると思いますが、超能力研究の過去と未来をそれぞれ担っています」

「過去と未来?」

「吹田が未来、京都は過去です。魔術を中世で流行したそれと同一視するのであれば、こちらも過去になるのですが、あくまで魔法をベースにして再構築したものなので。超能力技術がまだ人類の知らないものもデータ化し、再構築できるものだと証明できたことは非常に大きいです」


 吹田派に相当隙がないことは分かった。もちろん星芒市派と明確に対立する姿勢を見せるためには、それだけ自らの研究の正当性を主張する必要があるだろう。仮に自衛隊をも巻き込んで国家的に、大っぴらに超能力研究が進められるようなことがあるとすれば、吹田派はその主力になる。その目線で超能力研究というものを評価しなければならないと思った。それが自衛隊からわざわざ俺が抜擢された理由のはずだ。


「あえて問いましょう。下市さん、あなたが興味を持つのは過去か未来か、どちらでしょうか」


 その答えは、すぐに出せた。

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