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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
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弐拾捌、天才カラ天才ヘ

 こつこつと響く二人分の足音以外に、通路で響くものはなかった。さらに薄暗い照明が醸し出す雰囲気が病院そのものだった。


「静かにしなくても大丈夫ですよ。むしろ私たちとしては、玲央さんのような同胞を歓迎していますから、聞いてみたいと思ったことはどんどん聞いてください」

「……じゃあ、この施設はどういう場所なんだ。まず旧第一ラボラトリーとか、吹田研究所とか、他にもあるような言い方だったし」

「『聖域なき浄界』は他にも多くの研究所を抱えていました。ここは発祥の地であり、超能力の中でも根幹にあたる研究を行っています。奏が言っていた魔術の復興も、ここから始まりました」


 会社ではないし、超能力研究は大っぴらに公表しているものでもないので、歴史などを説明するパネルや資料の類はなかった。とはいえ、何かしら大々的に説明するものがあったとして、信用できるかどうかはまた別の問題だ。


「吹田派が物理化学系の超能力研究を行っている、という話はしましたね? 魔術はまさに、物理化学の真髄という扱いなのです」

「藍が言っている魔術は、ファンタジーの世界でよくある、炎や水を出すとか、動物を人間の姿に変えるとか、そういう”魔法”と同じだよな?」

「ええ、おおよそは。……玲央さんからちょっとメルヘンな表現が出てきたことに、私は驚いていますが」

「いいだろメルヘンでも……」

「そういうところに真鈴さんの影響を感じられて、ほほえましいです。魔術や魔法と聞くだけで頭ごなしに否定する方もおられますから、ひとまずこちらの話を聞こうと受け入れてくださるだけでもありがたいですよ」


 ペースが狂わされるというか、藍のペースに完全に乗せられているというのを感じる。蓬さんの話の上手さが受け継がれているなと思わされた。


「最初に一つ言っておくと、私たちの”魔術”と”魔法”とでは、定義が異なります。出力されるものとしては同じですが、その力の出どころが明確であるか否かが大きな違いです」

「力の出どころ?」

「ファンタジー作品の魔法というと、魔法を扱える人間や種族の体内に宿っている”マナ”の素質が、魔法の出力や扱える系統に影響する、という設定を見かけませんか? ですが、その”マナ”が何物なのか、具体的にどのような性質を持つのか、詳細な説明まではされません。実際にはそんなものは存在せず、私たちはそのメカニズムを説明できないからです」

「そりゃ、フィクションだからな……」

「『フィクションだから』、存在しない。そう割り切れてしまうものを、こちらの世界に持ってくることはできません。同様に数百年前の中世ヨーロッパで取り沙汰された魔法や魔女も、はっきり実在したと証言できる人間はどこにもいません。本当にあったものが嘘臭く文献に残ったのかもしれないし、実は全くのでたらめなものをいかにもその目で見たかのように記述したのかもしれない。ただ、実際に存在したかどうかはこの際どうでもいいのです。重要なのは、そこに『不確実性』があること」


 研究所は五階建てだった。各フロアの実験室はガラス窓で中をのぞけるようになっていて、魔術を使えるように広い空間がどの実験室にも用意されていた。まさかここで魔術を用いた戦闘でもするのか。銃火器を使った戦闘ならまだしも、魔術となればさすがに専門外が過ぎる。


「氷が解けて水になる時、水が沸騰して水蒸気になる時。そういった状態変化の最中は非常に不安定な状態が形成されます。一つの形態に軸足を置くことができず、常に反復横跳びをしている状態、といったところでしょうか。同様に、魔法が存在するか、しないかどちらかに状態が確定していれば話は単純ですが、実際はそうではありません。超能力を持った『転生者』の生まれ故郷である並行世界が存在することを知っている私たちは、魔法が存在する可能性、存在しない可能性のいずれも捨てられないのです」

「それが不確実性、ということか」

「もちろん実際に魔法が存在するかもしれない並行世界に足を運んで、状態を確定させるのも一つの手です。ただ、母の恩師によってその道は絶たれています。『転生者』がこちらの世界に来て悪事を働かないように、また『転生者』をむやみに超能力開発のために”消費”することがないように、この世界とは異なる並行世界には移動できないようになっています」

「つまり、魔法が存在するかどうかは一生確定しない問題ってことか」

「はい。その不確実性、不安定性を利用してエネルギーを取り出し、魔術をこの現代に復活させた。それができた兄は、紛れもない”天才”です」


 この世界は1%の天才が生み出した理論や技術に、99%の凡人が適応して発展してきたという話を聞いたことがある。方法は褒められたものではないが超能力開発を進めてきた蓬さんと、その超能力技術を前提にして魔術の復興を実現した奏。どちらもその1%に入る、貴重な人材ということなのだろう。


「これまでの話を聞いている限り、藍もその一人なんじゃないかと思うけど」

「私ですか? ……私は、大したことはしていませんよ。後日説明しますが、京都研究所の主任研究員というこの肩書は、お飾り、名誉職のようなものです」

「そんなはずがない、二十歳そこそこで主任なんて名がつく肩書は」

「”天才”の子供であるという重圧を感じたことはありますか?」

「……っ!」

「天才と呼ばれるひとの子供には、天才として育つ責務があります。権利ではありません。その重荷に私は耐えられない。奏は耐えて、その才覚を発揮した。そこには絶対的な壁があります」

「蓬さんは、そんなに偉大な存在なのか」

「今、科学は三十年先の世界を先取りしていると言われています。日々加速する現代の科学技術の水準で三十年というのは、もはや人間が次元の異なる全く別の存在へと昇華したに等しい。それほどの実績をほぼ一人で出したのが、うちの母です」

「それは……」

「奏も母に並ぶほどの実績を出しています。おそらく奏が神様をその目で見る日も、近いと私は思っています」


 話が逸れましたね、とそこで藍が話を打ち切った。この薄暗い、少々不気味な雰囲気の漂う研究所に来たのは、星芒市のこれ以上の横暴を阻止するためだ。まず吹田派の興味を星芒市へ向けさせるのが最初のステップになる。


「奏の上司、主席研究員の方と話をしましょう。アポはとってあります」


 最上階である五階の一番奥の部屋にその人はいるらしく、藍について行く形で一直線にそこへ向かった。三階あたりをエレベーターで上っている途中、近くの実験室で爆発音が聞こえた気がした。

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