弐拾漆、仁方藍
「お待たせしました」
13時、阪急正雀駅前。絶妙に読めない名前の駅を指定され、俺は藍と合流した。
彼女は水色のコートを羽織っていた。裾からのぞくボトムスはブラウンのチノパン。コートの下もおそらくすらっとした、体のラインを出す服装なのだろうと想像させる。切れ長の目も相まってクールビューティーという表現がよく似合う見た目だった。可愛らしい服やアクセサリーを好む真鈴さんとは正反対だな、と思いながら彼女を見ていた。
「どうされました?」
「いや、……前に会った時とずいぶん様子が違うな、と……」
「私、スーツだと着られてしまうタイプなんです。ああいう堅苦しい服装は奏の方がよく似合います。こちらの方が素の私に近いので、ご安心ください」
「ホントに安心していいのか」
「母よりは初見でも信用できる人間だと自負していたのですが……そういえば、玲央さんは妻帯者でしたね」
「それは関係な……いや、あるか」
貼り付けたような笑顔で淡々と怖いことを言ってくる奏に比べれば、確かに藍の方は親しみやすさがある。藍の笑顔は自然で、奏は笑顔というものを知らない人が学習して作りにいったものと言えるか。双子なのに、ここまで違いが出るものなのか。あるいは二卵性の双子なら、そういうものなのかもしれない。
「そういえば、大阪は初めてですか?」
「初めてだな」
「すみません、初の大阪が仕事、それも人に言えないことだなんて」
「そこまで気遣ってくれるなら、どうして俺を特殊作戦部なんかに巻き込んだんだ」
「それは、あなたの力が必要だからです。超能力のことを知らない、あなたの力だから」
ただ、核心に迫ることを教えてくれないのは、奏も藍も同じだった。これが反社会的な任務だったら俺はいったい誰に助けを求めればいいのか。腕っ節に自信があるといっても限度がある。せめて今から行くところくらいは教えてくれてもいいものだが。
「吹田市は『聖域なき浄界』にとって、因縁の深いまちなんです」
「……因縁」
「教団の本部はこの正雀駅から少し歩いたところにありました。表向きは仏教系の無害な新興宗教。パンフレットにも日々の幸せを見つめ直すといったような、当たり障りのないことが書かれていました。しかし実際は、秘密裏に超能力開発を行い、数多くの罪なき一般人を犠牲にしてきました。この世界の人間も、いわゆる『転生者』も」
『転生者』がどういう存在なのか、俺の中でまだ実感は湧いていない。この世界とは異なる場所や次元にいる人間だというのが定義なのだろうが、そんな世界は本当に存在するのだろうか。
「この世界には存在し得ない超能力の源を『転生者』から奪い取り、この世界の人間に植えつける、いわば異能製造工場なるものも、この吹田市につくられました。超能力を抜き取られた『転生者』は精神や人格をも一緒に抜き取られ、廃人になるか亡くなるかの二択。植えつけられた人間も適合しなければ免疫不全に陥って死亡。超能力開発の初期に誕生した能力者は、数多の屍の上に立った希少な生き残りなのです」
「どうして、そこまでして超能力開発なんかをやる必要があったんだ」
「詳しい説明は長くなるので省きますが……超能力開発に無理やりにでも手を出していなければ、この世界は他の世界を全て巻き込んで暴走し、滅ぶ運命だったといわれています。具体的にどうなるか、もはや未来を変えた私たちには分かりませんが、人が人の形を保てなくなってしまうと聞いたことがあります」
「人の形を保てなくなる……?」
「この世界の人全員に、どこかの誰かを八つ裂きにして殺したという前科が自動的につく、と言われればどうでしょう? しかも自ら手を下したという意識もなく、人間とすらいえないような化け物の姿でそれをやったとすれば」
「嫌、だけど……それは罪の意識すら持てないんじゃないのか」
「ええ。罪だと断じる人間も異形に変わり果てていますから、その返答は正しいです。ただ、この世界の人たちが超能力を持ててしまった時点で、全員が異形と化すポテンシャルを持っていることが証明されてしまいました。きっかけさえあれば、『人の形』はいとも簡単に溶けてなくなるということです」
つまり超能力を手に入れられるかどうか、そしてどんな超能力を手に入れるかは本人の適性にのみ依存していて、超能力開発をやるかどうかにかかわらず、誰にでもある日突然自我を失って暴走する可能性がある、ということらしい。噛み砕いて飲み込むのにしばらく時間がかかってしまった。
「皮肉にも、科学に完璧や絶対がないことが証明された形です。超能力開発は最悪の未来を回避する可能性を上げる一つの方法に過ぎません。開発が間違った方向に進めば、結局避けようとしていた最悪の未来に行き着いてしまう可能性もあります」
「だったらますます、超能力開発を続ける意味はないんじゃないか」
「母から、超能力は神様の力そのもの、という話を聞きませんでしたか。超能力開発に手を出したことで、確かに私たちは神様から一度罰を受けた。超能力を手に入れた人間がふとしたことがきっかけで能力との不適合を起こし、人格が崩壊して暴走するという例は、その『罰』に相当すると私は思います。ただ、今のところ超能力開発は軌道に乗り、人間それぞれの特性に合わせた独自の進化も遂げています。神様の予想の範疇を大きく超えて。神様がその努力と成果を認めてくれれば、私たちの未来に干渉してくれると期待できます」
「超能力開発を通じて、神様の協力を取り付ける、って言いたいのか」
「ええ」
正雀駅から十分と少し歩いたところで、藍が立ち止まった。目の前には病院のような大きな建物が待ち構えていた。
「着きましたが……途中、『聖域なき浄界』の元本部の前を通ってきたのは、お気づきでしたか」
「いや、全く」
「だと思います。建物もものものしい雰囲気も、当時のままのはずなんですけどね」
分かる人には分かる、ということか。逆に言えば、そんな組織が超能力研究を隠れてやっていたとしても、普通の人は気づかないだろう。
「『聖域なき浄界』は本部にほど近いこの場所に、病院の跡地を利用して研究所を建てました。旧・『聖域なき浄界』第一ラボラトリー――現、一般社団法人『超越科学研究開発機構』吹田研究所。私の双子の兄・奏が主任研究員を務めています」
いよいよだ。前身が病院というのが、おどろおどろしさをより引き立てている。この建物から出てきた時、俺は知らずに生きていればもっと幸せだったはずのことを知っているのだろう、と予感していた。
「行きましょう」




