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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
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弐拾陸、『聖域ナキ浄界』ノ後始末

「状況を整理しましょう。あなたが僕たちの母、仁方蓬から聞いている情報を教えてください」


 直前に物騒なことを言った割には、柔和な表情で双子の兄・奏が語りかけてきた。ただ、仮初めの笑顔を貼り付けたような、と表現しても違和感のないものでもあった。蓬さんは真鈴さんから十分に情報を聞いていたので特に思わなかったが、得体の知れない雰囲気は親子でよく似ていた。兄の奏は表情の裏で何を考えているか分かりかねるし、妹の藍はミステリアスという言葉がピッタリだった。

 俺が聞いた話を断片的に伝えると、すぐに奏が「なるほど、レベル3まではご存じなのですね」と挟んできた。


「神様がいることまで把握している……これは確かに、ただで帰すわけにはいかない」

「人の部署を勝手に動かすくらいなら、当然、あなたたちが何をしようとしているのか教えてくれるんですよね?」

「ええ。それには、僕たちが今置かれている状況を理解しなければなりません」


 この世界には神様がいる。超能力という、神にも等しい力に手を出してしまった人類に神様はひどくお怒りで、さまざまな形で罰を与えようと策を仕掛けてきている。それはすでに知っているか、与えられた情報から推測できる話だ。


「神様の怒りの矛先は今も変わりません。超能力という力に魅せられ、女性を実験道具として消費し続けている星芒市に、はらわたが煮えくり返る思いをされていることでしょう。ところが、直接手を出すことはされていません。手を出せない、と言った方が正しいでしょう」

「と、いうと」

「うちの母が神格化の影響を受けたと言っていませんでしたか? あれは仮初めの姿をした神様が顕現し、母の前に現れた結果です。十秒、二十秒直視しただけで何年も寝込んでしまうような存在が、星芒市で選択的に研究者だけを狙えるとは思えません。実行すること自体は簡単でしょうが、おそらく全滅するのがオチです」

「そこまで……」

「そこまでするのはさすがにお望みではありません。また幸いなことに、今現在神様のお考えはだいぶ軟化しています。これは超能力科学の範囲内で、魔術の復興に成功したからです。魔術については追って説明しますが……僕たちの目的は、神様に代わって星芒市を突き崩すことにあります」


 蓬さんも同じ考えのはずだ。超能力やその研究が何の罪もない女性を犠牲にするのに使われている現状は看過できない。それはそれとして、俺ができることは何だろうか。そっくりそのまま質問を投げかけると、やはり奏が目を細めた笑顔ですぐさま返してくれた。


「玲央さんにやってほしいのは、元『聖域なき浄界』メンバーの人員整理です」

「……と、いうと」

「かつて超能力研究を独占的に行なっていた『聖域なき浄界』は、母による解散宣言後三つのグループに分かれました。柏柚香に毒された星芒市派。柏柚香の影響は多少受けているが、中立の位置を保ち生命科学系の超能力研究で国に貢献するつくば派。そして、『聖域なき浄界』発祥の地、大阪吹田で物理化学系の超能力研究を行なっている吹田派。吹田派は明確に星芒市派と対立する姿勢を示しています」

「それだけきっちり分かれているのなら、俺が今さら人員整理する意味はないのでは?」

「吹田派とつくば派を上手くまとめてほしい。それが僕たちからのお願いです」


 二つの派閥のスタンスが合わさって、上手く星芒市派と対峙できるようになれば、まず数の面で有利になる。奏はそれを狙っているらしかった。まさしく星芒市という街に振り回されてきた真鈴さんのことを思いながら、俺は言葉を続けた。


「それをやれば、星芒市は解体できるってことか」

「母にはできないことだと、僕たちは思っていますから」

「あの人だからこそ、できることじゃないのか」

「母には組織を束ねる才能も、人の情に目をつぶって組織を潰す才能もありませんよ」


 自分の母親に対して妙に厳しい。何か恨むようなことでもされたのか、と勘ぐってしまうような物言いだった。


「問題は、母が吹田派とつくば派、どっちつかずの立場で活動を続けていることです。時期は短いながら、三代目教祖を務めた母がそのような立場であり続ければ、当然反感を買います。吹田派は母に対し比較的寛容ですが、つくば派は中立である以上星芒市とのいざこざに巻き込まれたくないのでいい顔をしませんし、その星芒市派からはかなり敵視されています」


 それは奏や藍、俺がというより、蓬さんがどうにかしなければならない問題なのでは、と思ったが、言い出せなかった。


「……それは母が自分で解決すべき問題では、と思いましたよね」

「えっ」

「僕たちも同じ意見です。ただでさえ母は三代目会長に就任するなり『聖域なき浄界』解散に打って出て、方々から恨みを買っているのですから、一刻も早く立場を明確にしなければ母自身の身が危ない。今さら多方面にいい顔をしても遅い」

「やっぱり……母親相手なのに、厳しいんだな」

「むしろ甘い方だと思いますよ。母はほとんど人を頼ったことがないから、優柔不断なんです。天才であるがゆえに、他の人の意見を取り入れて行動できない。一人で何もかも理解できるから、他人を頼る必要がないんです。僕たちはそのさまを一番近くで見てきましたから」

「なるほど……」

「だからこそ、他人の協力なくては成り立たない組織の運営はできませんし、逆に一度聞こえてしまった陳情の声を無視することもできない。僕たちは母のことをはっきり天才だと認めていますが、全ての分野において才覚を発揮する人間がどこにもいないことは、母を見て一番よく分かっています」


 天才は孤独だ、という誰かの言葉が脳裏をよぎる。そしてそれは、蓬さんが紛れもない天才であるという俺自身の評価が正しいことが客観的に証明された瞬間でもあった。


「ただ、母は超能力の研究者としては、国内はおろか世界で見ても第一人者です。嘘偽りなく、神の声を一番最初に聞いたのですから。それを吹田派とつくば派をまとめることで、実感していただきたい。必ず、あなたの役に立つ経験になりますよ」

「……ご心配なく。(わたくし)、藍が同行します」

「あぁ、それから。今日の話、そして今後玲央さんが取り組む仕事について、真鈴さんに明かしてはなりません。どんな断片的な情報であっても、です。よろしいですね」


 有無を言わせない言葉の圧力。俺はにこりとこちらに笑いかけ、魔術とやらでふわっと部屋から姿を消した奏を、言葉の一つも継げないまま見送るしかなかった。

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