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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
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弐拾伍、転機ハ突然ニ

「……しかし、本当に『づくし』ですね」

「腕によりをかけて作りました……!」


 それはある日の晩のこと。仕事終わりにLIMEを開くと、真鈴さんから「大葉がたくさんとれたので、今夜は大葉づくしです」とメッセージが来ていた。三白眼のウサギが「私がやりました」と腕組みしているスタンプも一緒だ。思ったよりとれたのかな、くらいに思って帰ってきてみたが、本当にどっさり収穫できたようだった。


「こういうの、てっきりニンニクのイメージがあったんですが」

「なんですか?」

「なんでもないです」


 真鈴さんは料理が本当に上手い。星芒市の中では囚われの身だったようだが、いったいいつどうやって学んだのだろうか。俺としては高タンパクで健康にいい食事をいただけるので願ったり叶ったりなのだが、少し俺に献身的すぎやしないかと逆に心配になる。

 大葉づくしのメニューは三種類。大葉の醤油漬け、ズッキーニと豚肉の青じそ炒め、青じそと秋刀魚の炊き込みご飯。もちろん毎日こんなに気合いの入ったメニューではないにしても、時々こういう料理を用意してくれるのが嬉しい。


「すごくおいしい」

「そう言ってもらえて嬉しいです、丁寧にお世話したおかげですね」

「思ったより多かったですが……」

「これでも全然消費しきれてないんです。一週間全部大葉のメニューでも、怒りませんか?」

「怒りはしないですけど、疲れませんか?」

「疲れはします。でも、玲央さんのためと思えば頑張れます」

「本当に健気だ……俺は真鈴さんの作る料理は何でも美味しいと思いますよ。リクエストを言うとすれば、高タンパクであってほしいですけど」

「もう、これだからトレーニーさんは……!」


 俺たちが日常だと思っているものは、あっという間に過ぎ去ってゆく。それがどんなに平和で、どんなにこのまま永遠に続いてほしいと思ったとしても。思えば真鈴さんに出会ったその日から、俺の「日常」はすっかり変わってしまった。真鈴さんなしでは日々の生活が日常と呼べるものではなくなってしまった。「日常」の定義が変わるのが早ければ、定着したように思えた新しい「日常」が変質してゆくのも、また早い。


「玲央さん」

「どうしました?」

「まだ、お時間ありますか?」

「少しだけなら」

「ハグ、してほしいです。最近、行ってきますの時にしてもらってないので」

「じゃあ、時間ないです」

「ひどい……!」

「冗談ですよ」


 真鈴さんをぎゅっと正面から抱きしめると、じんわりと染み出すように俺の中に幸福感が溢れた。



***



「下市二尉」


 それは特にいつもと変わらない業務中に起こった。上司の上司が俺を直接呼びにきたのだ。上司との面談はそれなりの頻度であったが、あまり顔を合わせたこともないような人と対面で面談をするなど、緊張する要素しかなかった。


「会議室をとっているから、そこへ」


 五十代くらいと見えるその人は鼻の下に髭を蓄えており、さながら歴史の教科書に登場する明治維新期の偉人のようだった。今時こんな人がいるんだなあと呑気なことを考えつつ案内されたのは、普段全く関わりのない部署のエリアに位置する小さな会議室だった。部屋の真ん中に小さな机があり、二対二か、多く見積もっても三対三で向かい合うのがやっとといったところ。会議室というより、警察の取調室といった方がよさそうな場所だった。


「客人は間もなく到着する。少し待ってくれ」

「客人?」

「唐突で申し訳ないが、下市二尉には急遽異動してもらうことになった。詳細は、私も断片的に知っている程度だ」

「え、」


 異動するとなれば、常日勤でなくなる可能性もある。また真鈴さんと過ごす時間が減るのはごめんだと思っていたが、一方でそんな心配をしている場合ではないといった空気が会議室には漂っていた。


「そんなに機密性の高い……」

「だろうな。家庭内でも話せないようなことが通達されるやもしれん」


 それは突然起こった。俺と上司の上司が座った席のちょうど対面が、ぼんやりと光り出した。その光は徐々に大きく、まぶしくなり、やがて二人分の人影と分かる程度に輪郭がはっきりとしてきた。客人とやらは俺たちと同じ扉からではなく、おそらく超能力を使って、この部屋に「侵入」してきた。


「……ふう、なんとか着いた」

「この雰囲気からは……私たちは遅刻した、みたいよ」

「それは申し訳ない、魔術(・・)移動はこういうところが困る。まるで所要時間が読めないのが悪いところだ」


 光を放ち現れた二人は、男女一組だった。黒髪の少年に総白髪の少女。いずれも夜の闇にいつでも紛れられそうな暗い色のロングコートを羽織っており、その下はYシャツにネクタイを締めたいわゆる正装だった。二人の醸し出す雰囲気が誰に似ているかと聞かれれば、その答えはただ一人だった。


「お待たせしました。急転直下な話で申し訳ない」

「……えっと、」

「自己紹介を先にしましょう。こちらが仁方(にがた)(そう)。奏でると書きます。私が仁方(らん)。藍色と書きます。……名前から予想できるとは思いますが、仁方蓬の息子と娘です」

「双子……いる、と言ってましたね」

「やはり話は聞いていましたか。あの人もなんだかんだで親バカなところがありますからね」


 まるで普通の親は子供の話などしないとでも言いたげな。蓬さんが天才であるということはこれまで接してきた中でも十分感じたから、天才の子供はやはりどこか変わったところがある、ということなのだろうか。


「先に、これからの話をしましょう。下市玲央二尉を、我々の『特殊作戦部』に借り受けさせてください」

「借り受けるとなると、いずれは返してもらう、という話になるが?」

「失礼、期限は未定です。場合によってはまた別の部署に移ってもらう可能性もあります、そうならないようには尽力しますが」

「……決まったことだし、私が何を言っても変わらんのだろうな」

「ええ。その通りです」


 奏と名乗った方がとんとん、と人差し指で机を叩いて合図する。会議室の端で控えていた、部下らしき人が上司の上司を連れて出て行った。この二人にはどこまでの権限があるというのか。


「特殊作戦部は、このたび急きょ設立された臨時的な部署です。その目的は、星芒市の解体と、市長・柏柚香の殺害。下市二尉、今この時から、あなたの全ての業務よりもこの目的達成が優先されます」


 俺がこれまで聞いてきた言葉の中で、一番物騒。その時、俺はそう感じた。

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