弐拾肆、譲れないこと
中学生の頃、「たまにはでかい花火大会を見に行こう」と言われ、父さんと一緒に長岡まつり大花火大会へ行ったことがある。2030年の大震災からの復興のさなか、復活して二年目か三年目の花火だったと思う。父さんにはもちろん、その当時から男手ひとつで育ててもらっていることに感謝していたし、花火を見に行きたいとは思っていた。
だが人並みに反抗期が来ていたこと、母さんを亡くして間もない頃で心が荒んでいた頃だったこと、そして海沿いや河川敷でやることが多い花火大会はあの日の津波を想起させることがあって、自分から花火大会に行こうという気にはなれなかった。けれど花火を見たいという気持ちはどこかにあったはずで、父さんが誘ってくれただけで俺は救われた気がした。
「玲央は、これだけは絶対に譲れないってことがあるか」
「絶対に譲れないこと」
何千発もの色とりどりの花火が打ち上がる中で、なんでもないことのように父さんが尋ねてきた。中学生にもなると父さんと中身のある会話はあまりしておらず、今久しぶりにまともな話をしているな、と俺は考えていた。
「俺はな、母さんを愛してる。息子のお前にも堂々と言う。何も恥ずかしいことじゃないからだ」
「……」
「それは今もこれっぽっちも変わらない。俺にとって母さん以上の女は、もう現れないと思ってる」
「……だから再婚はしない、って言いたい?」
「そうだ。俺が一人でお前を育てるより、誰かと再婚して二人で育てた方が楽なのは分かってる。けどな、母さん以外にお前の新しい母親を迎えたとして、俺がその人のことを同じように愛せるとは思えない。たとえお前がその新しい母さんに懐いたとしても、だ」
「それは、父さんが好きにすりゃいい話じゃ」
「俺が新しい母さんと良い関係を築けなきゃ、お前にも響く。ただでさえ血のつながってないお前を、仲良くもないのに大事にすると思うか? それができないなら、新しい家族を受け入れるべきじゃないってのが、俺の考えだ。譲れないことと言ってもいい」
そこまではっきりと、父さんが自分の意見を俺に言ってきたのは初めてだった。普段あまり俺の学校生活に口を出してこなかったから、興味がないか放任主義かのどちらかと思っていたが、父さんは父さんなりに俺のことを考えてくれていたのだ。
「俺の譲れないこと……」
「親父の俺から言えるのは一つだけ。幸せを妥協するな。いいと思ったこと、これで行くと決めたことを簡単に妥協するな。妥協する癖がついたら、二度と戻れなくなる」
自衛官を選んだことが、幸せかどうかはまだ正直よく分かっていない。ただ、力強くなって、誰か困っている人を助けることに関して妥協してはいけないと、強く思えた。
今、俺たちの目の前には熱海の花火が打ち上がっている。艶やかな笑顔で花火を眺める真鈴さんの隣で、俺は昔の記憶をその景色に重ねていた。派手に、しかし儚く散るその姿に、俺は自分自身が決めて進んできたことを思い出させられた。
真鈴さんを守らなければと思ったのも、陸君の助けにならなければと思ったのも、俺の中に深く根差した信念があってこそだ。一度決めたら、迷っている暇はない。妥協して中途半端な態度をとるのが一番よくないのだ。
「……どうですか、陸君の様子は」
「特に、変わった様子は見受けられませんね……でも、たとえ全く効果がなかったとしても、みんなでこの場所に来た意味は、あると思います。これは青春の延長線、大切な思い出の一つです」
「そう言われてしまうと……」
星芒市にいた頃、時々空から見える花火を見ていた真鈴さんと陸君。改めてきちんと花火を見せることが、陸君と千裕さんの思い出を取り戻すことにつながるかどうかは、正直賭けだった。それでも二人が今打ち上がった花火を指差して楽しそうにしているのを見ると、少なくともここに連れてきた意味はあったと思う。
最後まで見終えた後、車に乗るまで人混みの流れに乗って真鈴さんと一緒に歩いていると、少し離れたところにいる陸君からLIMEが来た。
ーーー
今日はありがとうございました。
正直、ちーちゃんとのこれまでの思い出を思い出せたかというと、まだ分かりません。これからも思い出せないのかもしれないし、ぼんやりと少しずつ記憶が増えていくのかもしれません。
でも、たとえ全く思い出せなかったとしても、昨日今日のことはすごく楽しかったです。それは変わりありません。ちーちゃんともより仲を深められましたし、真鈴ちゃんがホントに幸せそうで、僕もいつまでも昔のことにこだわってる場合じゃないなと思わせてくれました。真鈴ちゃんには、ありがとうとお伝えください。
僕らは引き続き、学生をやってますので、またぜひ遊びに誘ってくださると嬉しいです。真鈴ちゃんの話もまた、聞かせてください。
ーーー
「……あ、陸さんも私と同じようなこと言ってますね」
「こら、人のスマホを盗み見しない」
「私、玲央さんのスマホのパスワード知ってるので一緒ですよ」
「なっ……」
「いつでも玲央さんの浮気は突き止められますので、気をつけてくださいね」
「そしたら、真鈴さんも同じくらい監視しますけどいいですね?」
「あっ、それはちょっと……」
何かやましいことでもあるのか、露骨に真鈴さんが目線を逸らした。
帰りの車の中では、真鈴さんが俺を眠くさせないためにしきりに話しかけてきてくれた。
「そういえば、よもさん、お子さんがいるって言ってました」
「ああ、由介さんも言ってましたね」
「双子だそうですよ? よもさんのお年的には、おそらく玲央さんや私と同年代だと思うんです」
「気になりますか?」
「ええ。仲良くなれそうなので」
「真鈴さんって、変なところで妙に乗り気になりますよね」
「『変なところで妙に』は余計です」
星芒市を抜け出してきたという共通点のある二人が出会った事実。それが最も危惧すべき状況だったと気づくのに、そう時間はかからなかった。




