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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
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弐拾参、思いやりとお節介

「それで……男湯では、どんな話になったんですか?」


 ひとしきり六人で遊んで、疲れ果て、それぞれの部屋に戻ってからのこと。部屋を暗くして、俺が一足先にベッドに入ると、後からもぞもぞと真鈴さんが俺の隣に潜り込んできた。


「そんなに気になりますか?」

「ええ、とても」

「だったら、女湯でどんな話をしていたか先に話してほしいです」

「えっ……」


 真鈴さんがこちらに体のぬくもりを伝えてきながら、戸惑いに満ちた声を出した。


「…………たとえすごくえっちな話をしていたとしても、言わないといけませんか」

「猥談は求めてないので大丈夫ですよ。当たり障りのないところだけかいつまんでもらえれば」

「変なところで冷たいですね、玲央さん」

「女性のするその手の話は結構えぐめと聞いたことがあるので」


 ぽか、と真鈴さんが手を丸めて俺の脇腹にパンチを繰り出してきた。本人にも手加減している自覚があるのか、全く痛くない。つれない答えを返した俺に文句を言いたいのだろう、ということが分かる。


「……そんな話、ほとんどしていないですけど」

「ちょっとはしたんですね」

「男性には旦那さんくらいにしか言えない話ですし、よもさんや千裕さんの個人的な事情を明かすわけにもいかないので、聞かなかったことにしてください」

「だったら話をしたこと自体、黙っておけばいいのに……」


 夫婦だからといって、本音ばかり語っていればいいわけではない。それが夫婦の仲にヒビを入れないような秘密なら、墓場まで持って行くのも一つの手だ。

 真鈴さんは少し間を空けてから、「千裕さんに話を聞きました」と耳元で言ってきた。


「千裕さんは、なんて言ってましたか?」

「自分は陸さんのことを覚えているので、陸さんさえよければ今のままで構わない、と。一週間ごとに記憶をなくした陸さんのフォローをするのも、いつも新鮮な気持ちでいられるから楽しいと、明るくおっしゃっていました」

「……真鈴さんは、どう思いますか」

「私は……今の陸さんが、私と一緒に星芒市にいた頃そのままに見えるんです。自分が実験台にされていても明るくて、それどころか私を気遣ってくれる優しいひと。逆に言えば、星芒市を出てからの五年間にあったはずの積み重ねが、何もないように感じたんです」


 昔と何も変わらない、というのは100%褒め言葉とばかり思っていた。それは陸君のような人にとって、呪いにもなり得る言葉なのだ。


「五年間の記憶をどうしても取り戻したくないというのなら、周りが強制すべきではないと思います。でも取り戻しても取り戻さなくてもどちらでもいいし、五年間の積み重ねが増えたとしても陸さんが明るいひとでいてくれる保証があるのなら、私は陸さんに全部記憶に残したうえで千裕さんと過ごしてほしいです」

「星芒市にいた頃の記憶も何もかも鮮明になって、その結果陸君が塞ぎ込んでしまう可能性は?」

「もちろん、ないとは言い切れないですけど……でも陸さんなら大丈夫と言えるくらいに、私は陸さんのことをよく知っていますから」

「真鈴さんがこれほどまで思いやってくれるなら、記憶を取り戻すことについて真面目に考えないといけないとは、陸君も言ってましたよ」

「本当ですか?」

「ただ、何かいい方法があるかは別の話なんですが」


 俺がそう伝えると、真鈴さんが手元で何やらごそごそとしだした。いきなりそういうことを仕掛けてくるのかと思いきや、取り出してきたのは煌々と画面を光らせるスマホだった。


「部屋の電気、つけましょうか」

「大丈夫です、すぐ終わるお話なので」

「目に悪いですよ」

「玲央さんって時々、私のこと子ども扱いしますよね」


 見せてきたのは熱海市観光協会のサイト。熱海海上花火大会のお知らせが載っていた。


「花火大会、ですか?」

「熱海では夏だけじゃなくて、一年通して結構な回数やってるみたいですよ? 花火師さんが多いんですかね」

「見た感じ伝統的な花火大会のようですし、本当にそうかもしれませんね……で、これを見に行くんですか?」

「ちょうど明日が、その日らしいので。よもさんに、花火を見ると陸さんが何か思い出すかもしれないと言われまして。理由は教えてもらえなかったのですが」

「真鈴さんは小さい頃に花火を見たこと、あります?」

「星芒市はつくば市が近いので、少しだけなら。建物とかに阻まれて、あまりはっきりとは見えませんでしたが、何となく音が聞こえる程度には」

「だとしたら、陸君もそんなに馴染みはないはずですよね」

「そう思います。よもさんがどうしてそんなことを言ったのか……ちなみに、千裕さんは陸さんと、花火を見に行ったことはないそうです」

「そうなんですか?」


 五年も付き合っていて、花火大会に一度も行かないカップルなどいるのだろうか、と反射的に思ってしまったが、花火が打ち上がる時の大きな音が苦手な人もいるかと思い直した。川沿いであれば虫がよく出るので、それが嫌だという人もいるだろう。ちなみに俺は真鈴さんにお願いして、浴衣を着てもらったうえで一緒によこすか開国花火大会に繰り出した。花火は良かったが、ものすごい人混みに揉まれたことばかり記憶に残っている。


「蓬さんがそう言うからには、花火に何かトリガーがあるんでしょうが……蓬さんは『レベル3』以上に知っていることがあるのかもしれないですね」

「そうだと思います。ご自身が『レベル1』の職員だと名乗っておきながら、いろいろと話してくださる時点で、私も玲央さんも相当信頼していただいているはずです」


 女性陣の間では花火大会に行くことは決まっていたようで、陸君には朝説明することになった。昼間は商店街や近くの景色がいいところに行ったりして、夜になって蓬さんの案内で花火のよく見えるところまで来た。


「懐かしいな。元気にしているかな、二人とも」

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