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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
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弐拾弐、生き方を忘れてきた私たちは

 泊まるホテルは蓬さんの一声で決まった。オーシャンビューの素晴らしい露天風呂があるということで、やってきたのは「ホテルニューアカオ」。男女三人ずつで分かれ、しばしお風呂を楽しむ時間となった。俺と陸君、由介さんが並んで湯に浸かり、潮風を感じながら景色に見とれ、これまでのことを思い返す。


「話は聞いてるよ。克矢の友達なんだって?」

「ご存じでしたか」

「名前だけはね。俺も蓬ももとは大阪の人間だし、こっちに来たのは子供が生まれてしばらく経ってからだから、まあ多めに見積もって十五年くらいか。だから実は克矢とは、あんまり遊んだことがなくて」


 蓬さんがかかわっていた宗教団体「聖域なき浄界」は大阪発祥だという話を思い出した。つくばに研究施設を移したか、一本化したかという話をしていたが、大阪の本拠点の機能を停止させるのにしばらくかかったのだろう。


「世間は狭いですね」

「ホントだよ。昔、結婚する前も大概だったけど、まさかまた厄介事に首を突っ込むことになろうとは……」

「でも、首を突っ込んでくれたおかげで今の僕があります。自力であの場所を脱出なんて、到底無理でしたでしょうし。星芒市のことを知る人間は、当然ながら限られていますし」

「蓬も、昔はもっと悪人だと思っていたんだけど」

「あの人に、悪人だった時期が?」

「悪人だったというより、今も何かよくないことは企んでいる。輪をかけた悪人が周りに多すぎるだけで、本来ならどういう目的であれ超能力を扱っている時点で、立派な悪人の仲間入りだと俺は思う」

「超能力がどこから来たかという話は、蓬さんに教えてもらいました。理解できたかといわれるとまた別の問題ですけど。でも、そもそもいったい何のために?」

「簡単に言えば、未来のためらしい。百年先、いずれ訪れるであろう最悪の未来を回避するために、超能力科学は生まれ、それを発展させた人がいた。でも、その人が危惧していた未来がこの先やってくるのかどうかは分からない。星芒市なんてものが生まれて、何のいわれもない女性を実験道具にしている現状を、どの程度想定していたのかも」

「その人には、未来が視えていたんですか?」

「分からない。けど、それに準ずるくらい、頭がよかったのは確かだ。蓬も似たようなものだけど」


 超能力は本来、神様の持ち物だった。超能力を人間が持つということは、神様という存在に肉薄すること。蓬さんはそこまで理解していたのだろうか。理解したうえで、超能力の研究を行っていたのだろうか。


「超能力の研究は、確かに人類の科学技術を飛躍的に発展させた。結果的に星芒市を生み出した点で、悪いことでもある。でも一番の問題は、超能力にかかわった人たちの人生を壊したことなのかもしれない」

「……っ」

「今、真鈴さんのことを思い浮かべたかもしれない。彼女もそうだし、陸君もそうだ。超能力がなければ、真っ当な生き方が分からなくなってしまうなんてことはなかった。たとえ今、真っ当で幸せな生き方をしているとしても、きっと歯車が少しずれてしまっている」


 超能力のせいで、生き方を変えざるを得なかった。「忘れてきた」、という言い方が正しいのかもしれない。だとすれば、超能力の研究をこれ以上させないことが正解なのか。神様が目に見えるようになってしまったらしい今となっては、別の正解があるのではないか。


「僕が彼女との思い出をうまく覚えていられないのも、生き方が本来と少しずれているから、ですか?」

「正しい生き方なんてものはないけど、人それぞれ心地よく感じられる生き方はあるはずだ。だから本来って言い方は正しくないが、もしかしたら少しずれているのかもしれない」

「僕は……星芒市を出てから今までの記憶がなくても、別にいいんじゃないかって思ってるんです。今ちーちゃんと幸せに暮らせているなら、無理に記憶を取り戻す必要はない気がして。ちーちゃんに聞いても、おそらく同じことを言ってくれる気がします」


 知らない方が幸せとは、よく言ったものだ。陸君は朝起きてそれまでの一週間の記憶がなくても、千裕さんが丁寧にフォローしてくれると話してくれた。千裕さんと付き合っている記憶はあるから、残しておいたメモを頼りに話し合うだけで済む。そのメモも陸君に何かあった時のために普通より丁寧で、そういういくつもの気遣いを千裕さんは特に気遣いとも思っていないのだろう。二人の間に安定した信頼関係があってこそのことだ。


「もちろん、記憶のないこの五年くらいの積み重ねがないことは、寂しいです。二人で話し合って決めて前に進んできたことも、一週間経てば全て記憶からなくなってしまって、ちーちゃんにいつも説明してもらってます。そういう関係でいいから一緒にいたいって話も二人でしてますけど、これから何十年もそのままでいいのかと言われると、それはまた別の問題な気がして」

「先のことをあまり考えずに生きてるかもしれない、ってことだな」

「はい。結婚のことですら、まだちゃんとは話せていないので。お互いあまりに先の話をするのが苦手なのと、まだしなくていいと先延ばしにしてるのもあるかもしれません」


 場当たり的に生きているのとはまた違う。今を生きるのに一生懸命になっているのだ。普通であれば、一週間ごとに失くしてしまう記憶のフォローをしないといけないなんて、いつまで経っても慣れないような話。


「ただ、そのうち考えないといけない話だな」

「ええ。それに……真鈴ちゃんがあの街でただ一緒だっただけの僕をあれほど思いやってくれるからには、応えなきゃいけないとも思います」


 蓬さんを実際目にすれば、陸君の記憶も鮮やかになるのではないかと俺も真鈴さんも淡い期待を抱いていたが、それは難しいようだった。そもそも蓬さんのことすら全く覚えていなかったならまだしも、明確に星芒市という場所から救い出してもらった記憶があるのだ。難しいだろうという認識はどこかあった。では、より強く陸君の深層心理を揺さぶるようなものが何かあるだろうか。のぼせる一歩手前までじっと考えていたが結局答えは出ず、俺たち男性陣が先に上がって女性陣を待っていた。三十分くらいして、とことこと真鈴さんが最初に女湯から出てきた。


「……」

「なんですか、何か言いたいようなお顔ですね」

「いや……綺麗だな、と」

「よくそんな素直に人のことを褒められますよね……」


 もともと艶やかな長い黒髪が真鈴さんの武器だが、濡れていつもの髪型から崩れたところを見ると、否が応でもドキッとさせられてしまう。いつもベッドで見ているはずなのだが、どうも旅行先で見ると全然違う気がする。


「ずいぶん長湯でしたね」

「すみません……」

「謝らなくていいですよ。何を話してたのか、気になっただけで」

「それは秘密です。女には殿方には話せない秘密がたくさんあります」

「そんなものですか?」

「そんなものです。それはもう、たくさん」


 真鈴さんはウインクも上手い。真鈴さんから何とか話の一端でも聞き出そうと頑張っていると、続いて蓬さんと千裕さんものれんをかき分けて出てきた。女性陣が浴場から出てきたばかりということもあって、少し休憩スペースで涼んでから、それぞれの部屋に戻ることになった。戻ってから、いったんこの旅行の本来の目的を忘れ卓球やカラオケに興じたのは、また別の話である。

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