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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
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拾玖、それぞれの過去を編集

「私の……祖母が」


 真鈴さんのお祖母さんが元凶なのだとしたら、実の娘を実験に投入するのもうなずける。本物の野望を抱く人間は、血がつながっていようと容赦なく犠牲にする。生贄として差し出すことにすら何のためらいも持たないのだ。


『私は一般社団法人を立ち上げて、超能力科学の新規テーマはすべて中止させるつもりだった。新規で超能力を開発するということは、すなわち転生者から人権を無視した搾取を続けるということ。それは科学としてあるべき姿ではないし、長続きもしない。だからすでに生まれた能力を花開かせ、社会実装するための研究に注力するつもりだった。しかし結果として、私の見立ては甘かったことになる』

「星芒市という街が生まれてしまったのは、よもさんのせいだと言うんですか」

『そう捉えられても仕方ないし、私は責任を感じている。柏柚香に私の組織を買収されなければ、あの場所であった数々の悲劇はすべて起こらなかった』

「でも、私が生まれることもなかったはずです」

『キミも分かっているはずだ。女性どうしで子孫を残すよう人間の体の仕組みを変えるなど、生命倫理の侵犯そのもの。これ以上やってはいけないと本能でブレーキがかかるはずのラインを越えて、星芒市では研究が続けられた。私はマリンや陸君に大いに肩入れしているけれど、星芒市での超能力研究まで肯定する気は毛頭ない』

「私という存在を生み出してしまったことの贖罪のつもりで、よもさんは私の面倒を見てくださっていたのですか」

『キミの頭なら、その可能性が大いにあることも分かっていただろう』

「……ッ」

『私……ボクは、過去に見切りをつけて、栄光もすべてなかったことにして、星芒市に向き合うことを決めた。旧姓鳩宮(はとみや)蓬は、もうどこにもいないんだ』


 蓬さんの過去に何があったかは分からないし、おそらく聞いたところで教えてはくれないだろう。星芒市でおびただしい数の女性が被害に遭っているのだとすれば、それと同等以上に人が傷つき、死んでいったのを見てきたのかもしれない。柏菖蒲がやったような、電撃を飛ばす程度の超能力で成果を誇るような学問ではないはずなのだから。


「祖母が星芒市設立に携わっていたこと……それが、レベル3ですか」

『いや。ここまでの情報はレベル2の延長でしかない。レベル2の情報をつかんでいれば、少し昔の文献を引っ張り出すだけで分かるからだ。わざわざ隠していないものは、機密情報としてカウントされない』

「まだ……続きがあるんですね」


 柏柚香その人は、表向きただの国会議員だ。ネットでもあれこれ情報が出てくる。四十代にして与党の自由主義党内でフェミニズム派閥を立ち上げ、重鎮の仲間入りを果たした記事が出てきた。法務大臣就任時の写真からうかがう顔には、柏菖蒲や真鈴さんを思わせる面影があった。1983年生まれで、現在六十二歳となっている。八十代を越えて生きるのがほとんど当たり前なこの世の中で、まだまだ若い方だ。


『今、柏柚香の情報を調べているだろうけど、彼女はもう故人だよ』

「え、じゃあこの情報は古いってことですか」

『違う。表向き存命ということにされている(・・・・・)んだよ。星芒市は現在も柏柚香が市長を務めている。人格移植されたサイボーグだけどね』


 話が一気にきな臭くなる。超能力がどうとかいう話の比ではない。もう、これ以上はどんな話が飛び出してきても驚かない、驚けないのかもしれない。


『私の組織を買収した柏柚香は、つくばの研究所を残してマスコミ向けの情報を発信しながら、星芒市を作り上げた。だが彼女には一つ誤算があった……それは』



 ぴんぽーん



 インターホンが鳴った。



「あ、誰か……」

『開けるな!』

「……っ!?」

『来客に心当たりは?』

「あ、ありません」

『モニターも見るな、今すぐ電源を落とせ!』


 蓬さんの突然の鋭い声に固まって動けなくなってしまった真鈴さんの代わりに、俺が対応する。インターホンのコンセントを抜くとすぐにモニターは暗くなった。一瞬、金髪の少女が映っていたように見えた。


「モニター消しました」

『すまない……驚かせてしまった。あとは、あまり大きな声を出さないように。外の者に気づかれてはいけない』

「……どなた、なんですか」

『あれは……私の妹、だったもの(・・・・・)だ』

「妹、だったもの」

『想定以上に、突き止められるのが早かった……やはりマリンの影響か?』


 急に驚かされた影響で、真鈴さんの呼吸がまだ落ち着かない様子だったので、背中をさすり体をくっつける。すぐ隣に俺がいることを受け入れ、少しずつ落ち着いてくれた。


「……柏柚香の誤算と、関係があるんですよね?」

『彼女の誤算は、超能力を先天的に持った子どもが生まれるのが、想定以上に早かったことだ』

「生まれつき、超能力を持った子ども、ですか」

『マリン、キミもそうだ。キミの力は他人に危害を与えるものではないが、あらゆる悪意を感じ取り、悪意から他人の嘘まで見破るというのは、超常的な力に他ならない』

「私も……そうなんですね」

『それはつまり、転生者から技術を搾取しなくても、私たちが超能力を自給自足できるようになってしまったことを意味する。そういうふうに、私たちの体の方が進化してしまったんだ』

「進化する分には、必ずしも悪とは言えないんじゃないですか?」

『柏柚香もそう考えていた。彼女は超能力研究が転生者から搾取するシステムそのものであることを、早くから突き止めていたんだ。私の妹が、これ以上転生者に依存しなくてもいいよう、自らを犠牲にして歯車を止めたこともね』


 転生者は全く異なる技術や文明を持った存在であるがゆえに、この世界を歪める危険性がある。例えば三十年後に発見されるはずだった技術が今実用化すると、最悪の場合、その三十年がなかったことになる。その間に生まれるはずだった人が生まれず、他の技術が埋もれる。人類の発展は阻害され、人類の滅亡がはっきりと近づく。そこまで蓬さんは言い切った。


『この世界には”結界”が存在する。本来は転生者かそうでないかを認識して、受け入れたり弾いたりするセキュリティゲートだった。それに私の妹は取り込まれて、”結界”を補完するはずだったんだ』


 転生者、超能力、”結界”。そのどれもが聞き慣れない言葉だ。少なくとも俺が普通に自衛官として生きているだけだったなら、決して知ることはなかった。これが「もう引き返せない」という言葉の意味するところなのだろう。そして俺たちは、蓬さんが次に発する言葉が不思議と、すんなり受け入れられてしまった。



『私の妹が犠牲になった結果、生まれたのは……神、そのものだった』

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