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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
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拾陸、それぞれの幼馴染

「あの……二等のモチモチイルカを押しつけてしまったのは、謝りますから」

「「…………」」


 真鈴さんが俺のもとに戻ってきた後。俺たちは真鈴さんが話しかけにいったカップルと一緒に、レストランプラザのイタリアンレストラン「マンジャーレ」で食事をすることになった。さすがに見ず知らずの男性に親しげに話しかける様子を目の前で見せられてニコニコしているのは癪なので、それとなく真鈴さんに圧力をかけてみたのだが、思ったより神妙な面持ちで謝ってくるうえ、カップルを困らせてしまったので表情を元に戻す。四人で思い思いに食べたいものを注文してから、俺が最初に口を開いた。


「この方たちがどういうつながりなのか、教えてもらえれば許します」

「……っ! あ、あの、実は」

土浦陸(つちうらりく)、といいます。真鈴ちゃんの関係者は僕の方で、彼女……ちーちゃんは僕の恋人でこの件とは無関係です」

「ちょっと、無関係っていうのはそれはそれで違くない?」


 女性の方は黒松千裕(くろまつちひろ)と名乗った。二人とも俺より若く見えたが、現役の横浜国立大生らしい。


「り、陸さんは、星芒市で一緒に育った、つまり幼馴染にあたる関係で」

「ん? でも、星芒市って女性だけの街、なんですよね」

「そうなんですが、以前は男性も対象に実験が行われていたようなんです。おそらく、星芒市から男性の痕跡を完全に消すため、とか」

「たぶん……女の子しか生まれないようにするため、遺伝子解析やら何やらをしていたのだと思います。僕も自分がどういうことをされていたのか、詳しくは知らないのですが」


 陸君は俺の素性を真鈴さんから紹介されたようだった。俺がある程度星芒市の内情を知っていることを前提に話が進む。千裕さんは俺と同じように、異性の幼馴染どうしが親しげに話すのを目の前で見せられてちょっとむすっとしていた。


「まさか、こんなところで再会するなんてね」

「本当です、でもすぐに分かりましたよ? ちょっと遠いところにいましたけど、陸さんと千裕さんだって」

「ああ、わたしのことも覚えてたんだ」

「もちろんです。私は後から陸さんと知り合っただけですし、本来陸さんの幼馴染は千裕さんなので」

「なんかこう、どうやったら出せるんだろうね。にじみ出る『いい子感』……」

「二人は幼馴染なんですね」

「そうです。陸はさっき言った事情で星芒市に連行されて、わたしとはしばらく離れ離れだったんですけど」


 陸君と千裕さんはともに小さい頃に真鈴さんと会ったことがあるらしく、真鈴さんが千裕さんのことも覚えているのはそれのおかげらしい。小さい頃がどれくらいを指すのかは分からないが、顔もずいぶん変わっているだろうし、相当人のことを覚えるのが得意なのだろう。


「じゃあ、陸君は割と最近まで星芒市に?」

「いえ、僕がいたのは五年ほど前までです。だからさっき、真鈴ちゃんが星芒市を脱出してからまだ一年も経ってないってことを聞いて、びっくりしたんですよ」

「やっぱり、私は『第一号』だから……それだけ、あの人たちにとっては利用価値があったのかも」

「それが『価値』だっていうのも、皮肉な話だけどね……」


 星芒市から出てきて平和な生活を送っている期間がそれなりに長いということは、真鈴さんと境遇はだいぶ違うだろう。しかし千裕さんと幼馴染で恋仲という割には、二人の間にぎこちなさを感じた。初対面の俺がそう感じたのだから、真鈴さんはもっと敏感に気づいたはずだ。切り分けたマルゲリータの同じピースに手を伸ばしてしまい、「あ、どうぞどうぞ」とお互い同じ仕草をしたあたりで、この二人にも何かあるのかもしれない、と確信を持った。


「そうだ。真鈴ちゃんは、今何を?」

「まだあの場所から脱出できたばかりで、将来のことはあまり考えられてなくて」

「その割にはずいぶん仲が良さそうだけど」

「はい。それは、式はまだですけど、結婚、しましたから」


 陸君と千裕さんが顔を見合わせる。年齢的に結婚が早いのもそうだし、星芒市の人間に戸籍がないことも前提にした驚きだろう。真鈴さんの戸籍は、彼女の身を真っ先に案じた克矢が方々に働きかけ、理論上最速で作ってもらえた。登録上は突然降って湧いた女性と結婚した自衛官、という不思議な構図だが、そんなことはわざわざ言わなければ周りには分からない。事情を知らなければただの仲良し夫婦である。

 真鈴さんが丁寧にピザの油で汚れた手をおしぼりで拭いてから、ついこの間俺が贈った婚約指輪をカバンから取り出して左手の薬指にはめた。そのタイミングで取り出すのはなかなか嫌がらせだろうと隣で見ていて思ったが、陸君と千裕さんは特にムッとはしなかったようだ。


「一応、玲央さんに紹介いただいて、コンビニでお仕事はしています。といっても、半分は専業主婦のような生活をしていますが……」

「そっか。もしよければ、大学に行ってみるとかどうかなって思って。ほら、あそこの出身だと世間から隔絶されてるし、普通の生活がなかなか送りづらいから」


 真鈴さんが目を丸くし、俺の方をじっと見つめてきた。そんな目で見られたらお金を出すのにGOサインを出さざるを得ないことくらい、真鈴さんも分かっているだろうから、これはわざとやっているのだ。


「……そんな顔しなくても、真鈴さんのやりたいことは真っ当であればちゃんと許可しますよ」

「大学に通うというのは、真っ当ですか?」

「それが真っ当じゃなかったら、逆に世の中の何が真っ当だって言うんですか」

「ありがとうございます……!」


 大学の学費がなかなか馬鹿にならないことは、つい数年前まで通っていた俺が一番よく知っている。父さんにはずいぶん苦労をかけたものだ。編入学とはいえそれなりに講義のコマ数もあるだろうし、コンビニ勤務の頻度は減るだろう。俺がきちんと稼いでこなければ、と気を引き締める。

 昼食をとった後、俺たちは連絡先を交換して解散した。水族館だけでなくアトラクションも楽しんだおかげで、へとへとになって帰ってきた。その夜、ベッドでどっと疲れが襲ってきてうとうとする俺に、そっと真鈴さんが話しかけてきた。


「玲央さん。……お願いを一つ、聞いてもらえませんか」

「なんですか?」

「私……陸さんを、助けたいんです」


 何が何だか分からず、俺はひとまず聞き返す。


「助ける、とは?」

「それは……」


 少し言葉を選んでから、真鈴さんが意を決して俺に伝えた。


「陸さんは、おそらく記憶喪失です。千裕さんと関係を築くにあたって、一番大事などこかの記憶が、まるまるないのだと思います」

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