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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
14/22

拾肆、レベル2

「真鈴さんのお母さんは、どんな人なんですか」

「とても、優しい人です。隣で眠るのに、お母さんほど安心できる人はいません」

「つまり、お母さんからも悪意の類を感じないと」

「はい。少し大きくなって分かったんです。お母さんは、母親としての愛情をありったけ私に注いでくれたのだと。母は強しという格言を、地で行く。私の尊敬する方です」


 真鈴さんの生みの母親は、静岡に住んでいるという。二人で新幹線や電車を乗り継いで、静岡市郊外の駅前までやってきた。ぎゅっと俺のごつごつした手を握る力はいつもより少し強かったが、それは不安ではなく緊張から来るものだと、俺も理解していた。


「だからこそ、玲央さんと初めてお話しした時はびっくりしたんですよ? お母さんの他に悪意を感じない人が、いたなんて」

「お母さんと同じところに並べてもらえて、嬉しいです」


 筋骨隆々の大男だと、何かと怖がられてしまう。俺もこれだけ素直に真鈴さんが接してくれるのが、純粋に嬉しいのだ。


「だからこそ……ちょっと、本当にお母さんが玲央さんと一緒になることを喜んでくれるかどうか、不安なのですが」

「真鈴さんが自信を持ってさえいれば、大丈夫です」


 俺は真鈴さんを選んだ自分の目を、確かだと思っている。真鈴さんも同じであってほしい。明らかに男性慣れしていないのは感じるから、いわゆるダメンズを引き寄せる体質ではないかを心配しているのだろう。


「あそこです。確か……603号室」


 駅から少し歩くと、地域密着型のスーパーの隣に、俺たちが住むのと同じようなマンションがそびえていた。駅自体は速達型の電車も止まるようだし、利便性はかなりいい。


「事前に、お母さんには連絡を入れてあります。行きましょう」


 俺がしっかりしなければ、と気合いを入れ直し、インターホンを押す。出てきたのは、真鈴さんと同じような柔和な雰囲気を持った中年の女性だった。端的に言えば、真鈴さんの母親だということが隣どうし見比べればすぐに分かる。その時少し違和感を抱いたが、「いらっしゃい、真鈴。それから、玲央さん」と声をかけられ、すぐに意識がそちらに向いた。自己紹介を済ませると、そのまま中に案内され、二人分のお茶を出された。


「元気そうでよかった」

「真鈴こそ。聞いたわよ、あの人に攫われたって……。大丈夫だったの?」

「うん。……玲央さんが、助けてくれたから」

「まあ」


 大変だったでしょう、と真鈴さんのお母さんが俺を労う。彼女の名前は水戸沢真綾(みとざわまあや)といった。真鈴さんと苗字が違うのは、離婚したということか。


「あの街で開発を受けた人は、どんなことをしてくるか分からないから……生きて帰ってこれたのは、奇跡かもしれないわ」

「お義母さんは、違うのですか」

「私はね。でもあの人と、真鈴は逃れられなかった。特にあの人は、何か適性のようなものがあったのでしょうね……」


 お義母さん、すなわち真綾さんが指す「あの人」が、柏菖蒲であることはすぐに分かった。距離があることは分かる。だが謎は深まるばかりだった。そもそも生みの母が生きているのに、育ての母のもとへ真鈴さんが出されたのはなぜなのか。それらの答えは、お義母さんが知っているらしかった。


「お母さん。お母さんなら、知ってるんでしょ……? 星芒市で、何が行われているのか」

「もう、想像がつくはずよ。そうでしょう、玲央さん」

「……」


 育ての母である柏菖蒲が真鈴さんと同じ「柏」の姓を持っていること。真鈴さんは、お義母さんと柏菖蒲の両方に似ていること。星芒市での超能力の開発を、柏菖蒲が受けていてお義母さんが受けていないこと。少し自分の感覚を鈍くすればたちまち気づけなくなってしまうような、小さな違和感を寄せ集める。そうして導き出せることがあるとすれば。



「……星芒市は、女性だけ(・・・・)の街なの。女性どうしで子どもをなして、繫栄していくために作られた実験都市……私も、あの人も、真鈴も、みんなあの街の犠牲者なのよ」



***



「……また、お母さんに元気なところ、見せに行きましょうね」

「もちろん」


 お義母さんにいろいろと話を聞いた帰り道、真鈴さんはいつもより自分のぬくもりを俺に共有しようとしているように感じられた。

 女性どうしで子どもをもうけ、繁栄してゆく世界。それが正しいのか、可能なのかは分からない。ただ、一方の女性を「子どもを産ませられる」体質に変えるため、実験が施されたのは事実。柏菖蒲はその実験の犠牲者の一人であり、お義母さんに真鈴さんを産ませた。つまり真鈴さんは正真正銘、水戸沢真綾と柏菖蒲、二人の女性の間に生まれた娘なのだ。星芒市の中では子どもを「産ませた」方の苗字を引き継ぐのがルールで、ゆえに真鈴さんは「柏」の姓を持っているのだという。


「想像よりも、」

「……過酷、でしたね」


 真鈴さんも、自分が柏菖蒲の血を引いていることは記憶になかったらしい。それでも自分はお義母さんだけの娘だと信念を変えなかったのは、彼女の強さゆえだろうか。

 悲劇はそこでは終わらなかった。柏菖蒲は星芒市で一番最初に実験を受けた人間であり、女性どうしで子どもをなすことに成功した第一号だった。つまり真鈴さんも女性どうしから生まれた赤ちゃんの第一号であり、それが原因で星芒市の研究者の注目を集め、真鈴さんもまた実験を受けることになった。


「……でも、私はその運命を乗り越えて今、ここにいるので。玲央さんの隣に、立てているので」


 女性どうしから生まれた先天的疾患か、それとも実験による後遺症か。どちらが原因かは分からないが、真鈴さんは子宮の機能不全を持っていると、お義母さんは話してくれた。これまで月経は来ておらず、これから先も来ることはない。卵子を作るという機能だけが、すっぽりと抜け落ちているらしい。


「……明るいですね、真鈴さんは」

「……怖いし、ショックではありました。玲央さんもご存じの通り、一通りの知識はあるので、自分の体がおかしいことは分かっていました。そこが欠けているんだとしたら、私は本当に女性なのかと、疑う気持ちもあります」


 もちろん、体のことを理由に真鈴さんは女性でないという声があるのだとしたら、俺はそういう(そし)りから彼女を全力で守らなければならない。真鈴さんは正真正銘女性だ。俺の愛する女性なのだ。ただ、男女の愛の一つの形としてしばしば語られる子どもに、俺たちは恵まれないと決まっている。養子を迎えることはできるが、それはまた別の話だ。


「でも、……そんなことくらいで、玲央さんの気持ちが揺らがないことも、私は分かっているつもりなので」

「俺も、同じ気持ちです。そんなことくらいで守れないと思うなら、最初から守りたいとは言ってません」

「……もう一度、聞かせてくださいませんか?」

「えっ」


 聞き取れなかったのかと思った俺は素直にもう一度、同じことを繰り返してしまった。それが俺の力強い言葉を聞きたい真鈴さんのわがままだったと気づいたのは、二度目を言った直後のことだった。

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