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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第弐章 霞んだ記憶を頼りに
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拾参、助けを求めても

 克矢の伯母さん、改め蓬さんは、時々咳こそしてみせるものの、前と変わらず元気そうだった。


『マリンの声が聞けてよかった。元気をもらえたよ』

「本当ですか? また今度、お手紙も出しますね。会いにも行きます」

『マリンは字がきれいだから、ありがたいよ。こんなにもらって嬉しい手紙はない』


 母というより、おばあちゃんに近い物言いだと思っていると、真鈴さんにそのまま指摘されてしまった。慌てて否定するが、電話の向こうの蓬さんは軽やかに笑った。


『孫のように可愛がっていたのは間違いないからね。これだけ高レベルの情報に触れて無事に育った子なんて、そうはいない。となれば、自然と愛情が湧いてくるものさ』

「真鈴さん以外の人たちは、」

『キミもここまで足を踏み入れてしまった以上、聞くしかないだろうが……星芒市で施されている実験は想像以上に過酷なものだ。当然ながら、犠牲者も少なくない。……と言えば、キミは生き残りを助け出したいと言いそうだな』

「……もちろん、できることならそうしたいです」


 でなければ、この体は何のためにあるというのか。まだ小さくて、力が弱かったあの頃だったから、母さんを助けることができなかった。父さんも、自然の脅威の前にはあまりにも無力だった。だからせめて、助けられると直感した時に手を伸ばせるだけの力を持っておかなければと、あの時思ったのだ。


『ならば、情報は集めておいた方がいい。星芒市でどのような実験が行われているのか。それが何を目的としているのか。それを知らないことには、たとえ敵陣に乗り込んだとしても無駄死にするだけだよ』

「蓬さんは教えてくれないんですね」

『無論、私が教えてもいいし、教えたいところなんだけどね。この間のマリンの騒動で、星芒市の内情が明るみに出ることを恐れてか、監視が強まっている。私のようなレベル1の職員は特にね。彼らは柏真鈴の隣に自衛隊員がいることを、今回初めて知ったみたいだ。さすがに自衛隊を敵に回すことはしたくないのか、警戒も強まっているよ』

「であれば、よもさん……私の生みの母に会っていただくのはどうでしょう」


 少し間があった後、ふうん、と唸る声が電話越しに聞こえた。


『いいんじゃないか。彼女であれば』

「レベル2くらいの情報は知っていると思います。……私とは違って」

『一足早い親へのあいさつになるかもしれないけれど、親より先に私に会うというのも筋が通らない気がするしね』

「筋が通らないとは思ってないです。よもさんも、私の面倒を見てくれた、大切なひとなので」

『大したことはしていないさ。自分の手の届く範囲に、助けられそうな人が手を差し伸べてほしそうにしていたから、助けた。それだけの話さ。マリンの隣にいる大切な人と同じでね』


 真鈴さんがこちらを見て、きゅっと唇を結ぶ。血色のいいその唇に、思わず視線を奪われてしまう。

 それから、蓬さんが今度は直接顔を見たいという話を最後にして、電話を切った。命の恩人と電話越しでも話すことができて、真鈴さんはかなり嬉しそうだった。だが特に何も考えておらず、何も表れていなかったはずの俺の表情を見て、少し真鈴さんの顔が曇った。


「……何かあるとは、思っていました」

「何がですか?」

「玲央さんが、お父さんやお母さんのお話をしたがらないので」

「別に、不仲ではないですよ。むしろ父親との仲はいい方です」

「お母さんは、」

「2030年の大震災の時。津波があったでしょう。あの時に、流されて亡くなりました。まあ、十中八九亡くなっているだろうというだけで、今でも行方不明扱いですが」


 友達と公園に遊びに行っていた俺と違って、父さんと母さんは家で地震に遭った。父さんも津波に足を取られたが、すんでのところで救援に来てくれた自衛隊員に助けられて、今も命がある。母さんは間に合わなかった。

 その時ほど、自衛隊の人を頼りになると痛感したことはない。そういう力強くて誰かになりふり構わず手を差し伸べられる人がいなければ、あるいは助けの手が間に合っていなければ、父さんも間違いなく死んでいた。父さんと二人で生きていくのは辛かったし、我慢しなければいけないことも山ほどあったが、それは父さんが生きてくれていなければ分からない痛みだった。


「私のことを守りたいと言ってくださったのは、そういうこと、なんですね」

「まあ、そうです」

「私は……玲央さんが守りたいと思えるような人間に、なれていますか」


 そっと肩を寄せてきた真鈴さんを、腕で抱き寄せる。女性一人を生涯守れると言い切れるくらいには、太い腕にしてきたつもりだ。だから、黙っていても力強くうなずける。


「私が育ってきたあの場所はきっと、人間を育てるのには向いていないんです」

「……それは、あまりに悪意にまみれているからということですか」

「それもあります。でも、あの中での記憶も、あまりないんです。おそらく、記憶を処理されているんだと思います。レベル1の施設には、そういう機能が備えられていると聞いたことがあります。実験を受けたことも、その実験がどんなものであったかも、おぼろげな記憶でしかない……。だから、私は私が本当に、誰かに助けを求めてもいい人間なのか、分からなくなることがあるんです」

「大丈夫です」


 それでも、俺は自信を持って真鈴さんに言うことができる。


「俺が妻にしたいと思った人だから。俺は真鈴さんが、夫にしたいと思った人だから。助けを求める理由は、それで十分じゃないですか?」

「……っ!」

「今は、そこをあまりややこしい話にしたくないので。俺は十分だと思いますけど、真鈴さんはどうですか? もっとちゃんとした理由が欲しいというなら、付き合います」

「い、いえ……十分だと、思います……」


 ぷしゅう、と音がしそうなくらいに真鈴さんは顔を真っ赤にして、俺の胸に顔を埋めてしまった。さすがにキザなことを言い過ぎたかと自分の言動を振り返るには遅すぎたかもしれない。


「真鈴さん。真鈴さんの『お母さん』に、会わせてもらえませんか」


 そしてその夜、真鈴さんに直談判をした。俺の父さんは東北のそれなりに田舎な場所にいるので、なかなか急には会いに行きづらい。蓬さんとの会話の雰囲気から、真鈴さんのお母さんの方が先に都合がつくのではと思ったが、どうやら当たりらしかった。


「……はい。よろしく、お願いします」


 まるで改めて交際を申し込んでいるかのような緊張感がそこにあった。

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