30 禁軍到着。
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あとで聞いた話である。
騎馬を駆けさせながら座に宿る彼我の獣の放獣を行った禁軍のカランは、一目で状況を把握した。
盗賊が郷を襲い、駆けつけた鎮軍がそれを撃退しようとしているものの、押されている、ということがわかった。戦力は拮抗していたようで盗賊も鎮軍も共に疲弊しているように見えた。このタイミングでの三十騎の禁軍は決定的な戦力となるだろう。鏑矢を放させたのもそれが理由だった。禁軍の到着を伝え、戦意をくじこうとしたのだった。
見る限り森越しに見えた三面六臂の闘神は盗賊側の獣のようだったが、既に現存し続けているのが限界のように見えた。通常ならば勝てるわけもない格上の獣だが、今ならば何とかなると思えた。
だが、それ以外にも異変が起こっているのは肌で感じていた。
実際、異形の獣が闘神の横にいた。
獣の姿は、基本的には既存の生物を模倣する。例えば腕の数が違っていたり、例えば翼が生えていたり、混ざることはあるが、名状しがたい姿形をする獣は滅多にいない。それが現れたとき、一様に座の獣という存在を超越したような圧倒的な力を示し、『深淵の獣』と呼ばれる。
歴史上確認された深淵の獣は三体。
いずれも破壊的な伝説を刻んだ。
深淵の獣がいるならば、それは歴史に残る異常事態と言えた。
クァンの言った光帯の主であろうか。
カランは深淵の獣が味方であることを祈った。
カランは鎮軍の将軍を見つけ、彼我の獣の力を使って跳んだ。
瞬間移動だった。
彼我の獣の力を使えば視界のどこにでも一瞬で移動することができる。
カランは立っているのがやっとに見える鎮軍の将軍ーーソップの横に跳んだ。ソップが闘神を押しとどめていたのだとすれば、それは褒めるべき戦果だとさえ言えた。闘神は同等以上の獣を持っていなければ通常対抗できない。
ソップに相対していたのは、槍を抱えた大男ーーバンガオだった。歴戦の気配があるバンガオはカランの登場に舌打ちして槍を構え直した。カランにもソップにも対応出来る受け身の構えだった。
瞬間の判断で迷わないのはよい武人の条件だった。
バンガオは大声でぼやいた。
「マジかよ。このタイミングで援軍かよ」
カランは腰に履いた剣を抜いて構えた。
「と、投降しなさい。その様子ではもう戦えないはずです」
「馬鹿いうな。こっからが面白いところだぜ」
大男の意識がこちらに向いたことで、闘神もこちらを向いて腕を大きく広げた。闘神は強力な獣のはずであったが、深淵の獣が視界にあるせいで不思議なほど弱々しく見えた。
だが、強さに変化があるわけではない。彼我の獣は瞬間移動という特別な法術を使えるが、純粋な戦闘力では闘神には敵うわけもなかった。場合によってはいったん距離を取るために跳ぶ必要があった。
カランが緊張に手に汗を握り、法術を使う余裕を作るために剣で牽制しようとした瞬間、突然、立ち尽くしていた深淵の獣がほどけるように消えた。
「え?」
太陽はずっと照っていたのにもかかわらず、太陽の明かりが戻ってきたように感じた。
カランの座の彼我の獣も怯えから解き放たれたのが伝わって来た。
一方、バンガオはひどく驚いて慌てていた。その驚きは構えがぶれるほどで、
「ど、どうした? ……あ、幻力か。幻力が切れたのか? そうか。これだけの規模で現臨させれば、あの年齢ならそりゃそうか」
動揺を見逃さず、バンガオの言葉に被せるようにカランが叫んだ。
「これ以上の暴虐は許さん! 禁軍の名において命じる!! 貴様も獣を下げよ! 投降せよ!」
あわせるようにカランが率いてきた三十騎の騎兵が村の外と中を走りながら投降を求め始めた。
バンガオはなおも闘神を出したまま抵抗の意志を示したが、すでに盗賊も鎮軍もギリギリの状態だったようで抵抗はみるみる減っていった。さらに盗賊の中で気品ある顔立ちの一人がバンガオに駆け寄ってきて声を掛けた。
「こりゃダメだ。兄弟、引くぜ!」
バンガオは天を仰いだ。
「あー、くそ。しょうがねぇか。クソッタレ。確かに俺もこれ以上は幻力が保たん……」
バンガオの言葉にカランは逸った。このまま押せばバンガオを捕縛するか殺すという殊勲を上げられる可能性があった。
カランは幻力を全身に込め直した。カランはまだ戦う余力があった。獣を出す余裕もあった。
幻力切れのバンガオ相手であれば、勝てる可能性があった。
わずかに遅れてバンガオの闘神がほどけるように消えて座に戻った。
いよいよ勝利を確信しながら、カランが再度投降を求めようとした途端、驚くことにバンガオは身を翻して駆けだした。
それを気品のある頭目が追った。
戦士ではあり得ない動きだったため、訳がわからず一瞬固まってしまったカランも、少し遅れて慌ててバンガオを追って駆けだした。
「待て!」
百メートルほど先を走るバンガオに向かって叫ぶ。
「待つかよ! 俺の夢が戻ってきたんだ!」
バンガオは風のように走り、郷の中をうろうろと走り回ったあげく、倒れていた少年を見つけ宝物のように抱えた。
頭目が頭を抱えた。
「おいおい、余計なものを背負い込むつもりかよ!」
「余計なものじゃねぇ!! 俺の、俺たちの夢だ! 文句があるなら俺は抜ける!!」
頭目は頭をかきむしった。
「あーもう。わかったよ! いいから連れて行け!!」
カランは追いながら戸惑った。少年は何者だろうか。意識を失っているようだが、盗賊には見えなかったし、兵士としても幼すぎるように見えた。十歳と言ったところか。
攻撃するべきか。攻撃すると少年を巻き込んでしまわないか。そのわずかな迷いが、すべての運命を分けた。
集団の足音が乱れながら近づいてきたのだった。
カランが部下が来たのかと考え、包囲を命じようと振り返ると思いがけない光景が飛び込んできた。
クァンが先頭で必死に走ってきていたのだった。
「クァン様、いけません。まだ危険です」
同じく駆けてきてようやく追いついた部下たちがクァンの手を掴むのを、クァン自身が振りほどいた。
「ええい、放せ。放せ!」
その声の必死さにその場にいた全員が天眼師のローブを着た男を見た。
不思議な光景だった。まだ建物は燃えていて、さらに死体があちこちに転がっている。
そんな中、寸鉄さえ身に帯びていない天眼師が必死の形相をして走り込んできたのだ。
前を向いた天眼師クァンは滂沱の涙を流しながら、よろよろと歩み、
「おお……おお……このような光景をこの目で見ることができるとは。光帯の主が光帯の主がここにーー!」
光帯の主?
カランが驚いていると、クァンは振り返り、禁軍とその場にいるすべての者達相手に対し魂を振り絞るような響きで叱りつけた。
「跪け! 我らの天命を担うお方がここにいる!!」
その声は思いがけない鋭さで皆に伝わった。
皆その声の勁とした鋭さに闘いを忘れた。
忘れてクァイを見つめた。
クァイは両手を握って掲げ、それを押し頂くようにして地面に跪いた。驚くほど敬虔な仕草だった。
見ている者の心もその仕草に打たれる、そんな動きだった。
クァイはそのままゆっくりと頭を下げ、額を地面にこすりつけるようにした。
クァイが両手を捧げ最上の敬意を示したその相手とは、意識を失って地面に転がっていたマイアだった。
読んでいただいてありがとうございます。あと少しだけエピローグがありますが、第一部は終了になります。明日、そのエピローグを投稿予定です。それでいったん終わりますが、もしかしたら完結を取り消して、読み切りを書いたり、第二部を書く可能性はあります。ブックマークや評価をぜひお願いします。




