69 自治都市イカルガ3
69 自治都市イカルガ3
「増援か…」
ハンスは黙考する。
(師匠は言った。狩人とは、どれだけ準備できたかで決まると。俺もそう思う)
(状況を整理しよう。ジェイドの戦線離脱、敵の増援、まだ敵はこちらに襲い掛かってこない。馬車の足は止まっている。山賊は一度こちらを包囲してから一斉に攻めてくるのだろうと暫定する)
「隊長さん、敵は何かを準備しているみたいだ。飛び道具で消耗を強いてからの強襲に気を付けてくれ」
まだ敵を目視できてないからか、護衛の六人にはあまり能動的な気配が感じられず、ハンスの呼びかけに生返事を返した。
「あ、ああ。ほんとに盗賊がくるのか」
(護衛の連中は役に立たないかもな。それでも表に出て立ってるだけでも、多少は抑止になるだろう)
(今のうちに相手の気勢を削ぐ、あわよくば数を減らしたいところだな)
馬車の周囲で張り付いている気配に向かってハンスが矢を放つ。
「っぐ、ぅぅ」
茂みからおそらくは賊の苦悶の声が漏れ聞こえる。
(肩にでも当たったか。しかしなぜこいつらは攻めてこないんだろうな。不気味だ)
――ズーン、――ズーン、
ハンスはその重量物の地響きをすぐに察知した。
「9時方向から大きい何かが来る。魔物か?あいつら、まさか誘導してきたか」
「あれは…トロールだっ!」
動物の足の肉を担いだ盗賊らしき男の後ろを、体長3、4メートルの緑と茶色が混ざったような色の巨躯が追随してくる。
トロール――腰には何かの毛皮をそのまま巻いただけの腰蓑、手には木の幹をそのまま削り出したかの様な、二メートルはありそうなこん棒、その顔と体は愚鈍で鈍重そうだが、圧倒的な破壊力をその身に宿している事は誰が見ても明らかだ。
「っち」
ハンスはまずは盗賊の相手を優先する。こちらに走ってきた盗賊に一射、トロールを連れてきた盗賊の、粗末な革鎧を貫通した矢は盗賊の胸を貫いた。一拍おいて盗賊は足を縺れさせながら崩れ落ちる。
「く、くるぞっ」
傭兵の隊長が声を出す。茂みに潜んでいたであろう盗賊達が矢を放ってくる。馬車を守ろうと円形に傭兵は並び、盾を構えて矢を防ぐ。しかし全ては防ぎきれない。矢は傭兵の足を傷つけ、鎧をすり減らす。だが、まだ大丈夫か。
≪旋風よ奔れ――ウインドプロテクション≫
ハンスが風の障壁を馬車の円周に展開する。馬車に飛んでくる矢の速度が大幅に減衰し威力が落ちる。
「ぐがぁあああっ!」
トロールが興奮しながら、ハンスの矢を受けて転倒した盗賊にこん棒を振り下ろす。既に死に体だった盗賊が、まるで水の詰まった袋を割り砕くように、周囲へ血肉を飛散させながら挽肉に変わる。
ピュッピューィイ!
「一旦引く!」
ハンスと矢を射掛け合っていた盗賊達は馬車に構うのを止めて遠ざかっていく。
「っち、トロールなんて止められねぇ」
ハンスは悪態を付く。そうでもしなければやってられない状況であった。
馬車を守らなければならない以上、トロールから逃げるわけにはいかない。
ハンスは無事だった自分の馬に跨り、トロールの顔を狙って矢を放つ。トロールはその緩慢で愚鈍そうな顔を大きく顰め、片手で顔を覆い隠しながら、ハンスの方に歩いていく。
――ブンっ、――ブンっ
トロールはこん棒を片手で闇雲に振り回しながら、矢の飛んでくる方向に迫っていく。
「俺はこいつを引き付ける!後は頼んだぞ!」
ハンスはそう言ってトロールの顔に向かって矢を放ちつつ、馬車から離れていく。より危険と思われるが、やはりジェイドも心配なのかハンスは谷の方へとトロールを引き連れていった。
引き打ちするハンスに、正面から馬を駆りながら全力でこちら側に向かって来る盗賊、それを追いかけるキラーグリズリー二頭が目に入った。ハンスはすぐさま手綱を引き、馬を茂みに突っ込ませた。咄嗟の判断だった。
キラーグリズリーは冒険者ランクBでも危ういとされる魔物である。特に、興奮したキラーグリズリーに出会ったらまず助からないと言われる凶暴な魔物だ。
キラーグリズリ―は大きなトロールに目を付けた。トロールに飛びかかり腕を振るう。一瞬で首の肉をその爪で切り飛ばし、トロールの首が宙を舞う。そしてそのまま、逃げる盗賊を追いかけて行った。
運よくハンスの馬は木の根で転倒したりせずに済んだ。ハンスはそこで一息付いた。
これはもうどこかでジェイドと合流して逃げた方がいいのではと考えた。
その矢先、ハンスの横には、髪も白、耳も白、全体的に白の多い猫耳メイドがジェイドをお姫様抱っこして立っていた。
ハンスには、とにかく意味が分からなかった。
「よおハンス、生きてたか」
「……は?」
そしてハンスもまた理解した。このメイドは人外の何かだと。
気負い無く、無駄のない所作。つまらないモノを見る眼。回りには一切警戒も要らないと言わんばかりの、しかし全く隙の無い佇まい。完全装備の大の男という重量物を抱えるその細腕、筋肉は力の入れ方から隆起の様なんかが現れる物だが、まったくの平坦。空気を抱えているかの様だ。
さっきやり過ごしたキラーグリズリーよりも遙かに恐ろしい何かであることは明白だ。毛穴が前回になり、冷や汗が全身を伝うのが分かる。
ただ、狂気や殺意はないので敵対する、いや、自殺志願する必要はなさそうだと、ハンスはとりあえず内心で安堵した。
「馬車を確認しました。それでは」
人形の様に整った猫耳のメイド、シエラはそう言って、ジェイドを茂みに怪我をしないように、粗雑に放った。そして影も残さない速さで消える。
シエラが馬車まで走ると、そこには盗賊らしき死体が数体、馬車の護衛と思われる装備の傭兵の死体が2体ほど転がっていた。
死体の損傷具合から、キラーグリズリーの仕業と分かる。そのキラーグリズリ―は馬車の周りにいる傭兵に腕を振り回して大立ち回りをしている最中だ。もう一頭居るらしく、そっちは盗賊を追いかけて馬車を素通りした様だ。
シエラは馬車に向かって走りながら、手に短槍の形状をした氷を出現させ、投擲した。
キラーグリズリーは傭兵の盾を弾き飛ばし、大上段から腕を振り下ろそうとした姿勢のままに、氷の短槍を胸から生やした。そして瞬時に身体を凍らせた。
「大丈夫ですか?」
「はっ?えっ、あ、あ、あんたは?」
「メイドです。道すがら、この様な場面に出くわしてしまったので、助太刀に来ました」
「そ、そうか、助かった」
「では残党を追いますので、これで」
シエラはそう小さく一礼しながらまた走り出した。
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みんな何かしら動いてる中、私はやることが無くなってしまった。私もシエラと一緒に行けば良かったかな?
谷の底は広いらしく、この兎蔵でも進むことができそうだ。ならば、いつか抜けなければならないのだし、今からでもゆっくりと谷を進んでしまおう。
……。
「お嬢様」
シエラが帰ってきた。盗賊に襲われた馬車に助太刀に行って来たらしいが、思ったより早い。時間にして十数分くらいか。こっちはまだ谷の間を移動中である。
「シエラ、どうだった?」
「はい。馬車は盗賊と、盗賊のけしかけた魔物に襲われていましたが、脅威の排除は終わりました。既に馬車の護衛に死傷者が出てたようです。ひとまず安全は確保しました」
「その馬車の人たちはどうしたの?」
「大戸方面への行程の途中だそうですので、もう少ししたらすれ違うかと思います」
「あー、じゃあまずはこっちが谷を越えないとね」
この谷で馬車とコンビニがすれ違うスペースは流石にない。そうこうしていると、スズカ、レミ姉、盗賊の捕虜だった五人がこちらにやってきた。盗賊頭を見て捕虜の5人の顔色が変わる。何人かは小さく悲鳴を上げた。
氷漬けになって物言わぬ状態と分かると、捕虜だった5人の過剰な反応は段々と鳴りを潜めた。
「朧ちゃん、この人たちは疲れているから部屋で休ませるわね。何か話があったら聞いておくわ」
レミ姉がそう断りを入れて捕虜だった五人の背をいそいそと押していく。スズカは残った。
「う、うぅ…ぐす…すん」
スズカは泣き出した。そして制御室のモニター前の椅子に座る私のお腹に顔を突っ込み、ぐりぐり押し付け、抱きしめて泣いた。
あー、盗賊に捕まった女子供の待遇の痕跡に触れてしまったに違いない。うーん、どうしたらいいんだろうな。
私はおませな幼女であってそこまでの精神的動揺は感じないが、お風呂で捕虜のお世話をしたスズカはその傷跡を見て、感じて、想像してしまったのだろう。
私にできることなどない。スズカの頭を乱暴にワシャワシャした。
そして、谷を通過しきると馬車とその護衛、そして冒険者が二名、そこに待っていた。このまますれ違ってさようならというのは現代日本の狭い車道だけの話だろう。
話を聞かねば。
谷を越えた脇で停店する。
彼らはすぐに谷に入っていく様子はなく、こちらを見ている。モニターの監視カメラ越しにはその感情は読み取れないが、ポカーンとこの謎の物体を見上げているに違いない。
今の所、モニターでは遠くにポツポツとこちらを警戒しているであろう魔物が少し見えているだけで、直ちに危険はなさそうだ。
新たに来たのは冒険者二名、傭兵四名、行商人二名だ。色は緑。敵対反応は無い。この敵味方識別反応はどういう基準で判断されているのか。どこまで信用できるのか。謎であり心配だ。
まぁシエラの近くに居れば大丈夫だよね。目を真っ赤にしている泣き腫らしたスズカは人前に出せない有様なので、よしよししておく。
私はお店の階段部分を下ろし、店の扉を開錠する。因みにシエラは屋上から出入りしている。シエラとソルティアを伴ってお店の入り口の方に移動する。
うーたんはお店のカウンターの方へ行き、移動で乱れた商品の位置などを直している。屋上と壁面も泥まみれ砂まみれで汚れきっているので後で掃除する必要があるだろう。
屋上のカメラを見たら、ビックうーたんは足だけ屋上から出して仰向けに倒れていた。体は土煙で汚れていた。ぬう。
そして行商人一行が来た。目の前で止まって、階段が出てきて、そして扉があるのだ、とりあえず訪ねてくるのは自然なこと。
ガラス張りで中が見えている事で、出待ちの罠は無さそうであるし、商品の陳列棚も見えているので何かしらの商いをしているのも見た目に明らかである。
行商人から見たら、この移動するコンビニも行商の一つなのかもしれない。




