35 大戸2
35 大戸2
家を出る時に飲み物一口飲んで行きたくなることない?ラーメンのスープ飲んで水やウーロン茶で口の中を綺麗にしたのに、いざお会計して店を出る時にやっぱ最後にスープ飲みたくなるみたいな現象である。上級者は無限ループしてラーメンのスープを飲み干して仕方がないから出ていくまである。
つまり、東列島へ行く前に串焼きを買いたくなってしまった。私の主要拠点はマルタの予定なので、もうここの串焼きが食べられなくなる訳ではない。が、とにかく食べたい!
「串焼きを普通のサイズで10本ちょうだい!」
「おう、お嬢ちゃん、ちょっと待っててくれ…」「はい、銀貨二枚確かに…この容器も持って行っていいからな。いつもありがとうな!」
「おじちゃんありがと~」
とりあえず10本買ってしまった。ここでシエラと一本ずつ食べる。残りは時空アイテムボックスに仕舞う。
学園の地下にある転移魔方陣までやって来た。学園の学生が往来している。中世風の内装なのに地下鉄みたいになっているのがなんとも言えない。
立て札で分かりやすく案内が出ている…精神が電車モードになり、感情の起伏がなくなってくる。電車に乗る事を強いられるとストレスマッハだよね~。
東列島行の転移魔法陣の元へ行く。守衛さんが居た。ん~、自信ないけどこの人門番もやってた人かな。
「今晩は朧先生、噂によると東列島に行くと聞き及びましたが…」
私の情報を知っている様だ、情報元はシーゼルあたりだろう。それにしても前は対幼女対応だったのにこんな堅苦しい言い回しをしてきやがって…。
「門番さんがよそよそしいよぅ…いつも会ってるのに…」
「ご、ごめんよ朧ちゃんっ、ほらクッキーあげるから許してくれ」
コイツ、なんでクッキーなんて持ってるんだよっ!一応アイテムボックスから取り出したみたいだし、食べやすい保存食のつもりなんだろう。
さっき串焼き一人前食べたばっかりで、今クッキーを食べる気分ではないんだが…無下にするわけにもいかないな。
「お兄さんありがと~」
ちょっと苦しいがクッキーを腹に詰め込む。お腹いっぱいの時の、そんなに甘くないパサパサクッキーは水なしコッペパンに匹敵する強敵だ。
幼女にもっさりパサパサ系は耐え難い。大人になれば耐性が付くと思うが、その時は永遠にやってこない。ポッコリお腹に更に詰め込んでいくと、ちょっと目が潤んできた。守衛さんが背徳的な物を見る目でこちらを見ている。シエラはこちらを無表情に観察している。
よかった、守衛さんに敵意は向いてない。
天界ネクターを飲む。ポッコリお腹が引っ込んでクッキーもおいしく感じられた。最初に天界ネクターを飲めばいいと思うかもだが、最後の方で飲みたかったんだよね、締めとして。
このやり取りの間に転移者が居そうなものだが、東列島行の魔法陣は増設されているらしく、そちらに行く人がチラホラと居る。転移は守衛が順番に飛べるように整理しているようだ。まんま駅の改札みたいな感じだね。私は突っかかってる人みたいな……うっ社畜脳が反応してくる
「も~、パサパサ系には飲み物が必要だよ?」
とりあえず次回があった時の為に忠告しておく。
「ごめんね朧ちゃん。今持ってるのは酒とポーションだけなんだ」
「モモじゅーす!」
そうこうして
「朧ちゃんは魔法の先生だったよね?済まないけど自前の魔力で転移してくれるかい?思ったより転移する人が多くてね…」
「大丈夫、ついでにその魔水晶の魔力を満タンにしておくね~。ももじゅーすね~」
かなり大きいサイズの魔水晶を加工した魔道具に魔力を流し込む。むむむ、結構な容量がある。私の魔力の半分くらい持って行かれた。
「朧ちゃん、凄い魔力量だね…ありがとう。向こうは今、午前中だと思うから生活リズムには気を付けてね」
「時差だね、わかったよ~オレンジゅーすもおっけ~」
「うっ……できるだけ探してみるよ」
マルタからの転移が午後だったのは、向こうが朝になってから為かな?転移魔方陣を起動し、東列島に転移した。
東列島のアカデメイア学園の地下の間取りはマルタとそう大差はない。ただ、壁は石を切り出して積み上げたものではなく、表面は漆喰でならしてある。和風の蔵とかにありそうな感じだ。
扉の付近に門番さんが立っていた。
おー、恰好が和風っぽい鎧だ。帷子とかの形が見えるが、日本の武士の様に硬い布材などを多用する感じではなく、金属板を上手く合わせて使っている。これは防御力ありそう。
大抵のゲームでの『武士』の傾向は防御を捨てて攻撃重視だと思うが、防御も結構イケそう。まぁ盾が無いんだけど。
「学園のカードを見せて貰っていいかい?」
「いいよ~」
「先生でしたか、ようこそアカデメイア大戸分校へ」
「うん、この学園の偉い人ってどこに居るかわかる?」
「ん~、八束太刀さんかな。理事長…の様な人だね」
「それどこまでが名前?苗字?」
「全部名前だね。東列島ではほとんど名前だけで、苗字を名乗る事は少ないよ。一応苗字はあるんだけどね。
この地下から道なりに進んで外に出て、一番近い建物の一階の応接間か、三階の理事長室に居ると思うよ」
「ありがと~」
八束太刀か、どんな戦闘狂なんだかな…そういえばダリアの関係者かなぁ。十中八九アブナイ奴なんだろうなぁ。
部屋の外に出る。地下の間取りは他のアカデメイア学園と大差は無かった。和風っぽい地下通路を抜けて地上に出る。
ほほ~、日本の庭園と言うほどは凄くないが、生えている木が和風の物が多い。桜、楓、松、銀杏、…っぽい。
おそらく伏流水かなんかが湧き出していて、澄んだ清水で出来ているだろう池もある。地面は苔をはじめ、色々な植物が生えている。
さて見える建物は、遠くに法隆寺スタイルの塔が一つ。石で組まれた小さめの砦が一つ。長屋の一階立ての建物が何棟かある。
昭和の木造建築の学校をもっと近代風にアレンジした様な学校。一番近くには木造だが豪華に装飾がなされている屋敷のがあり、学校と廊下で繋がっている。
何人か学生と教員と思われる人間が散見される。恰好も和洋様々だ。まずは近い屋敷の方に行くことにした。
屋敷に入ると玄関の脇に旅館の受付みたいな所があり、30歳前半程に見える割烹着の給仕さんが居た。
「お早うございます。朧様ですね?あちらの応接間で八束太刀様がお待ちです。ぜひお立ち寄りください」
「あっちだね?ありがと~」
さて応接間です。ダリアグループでは、天使、ドラゴン、魔族と来ている…次はどんな奴なのか。シエラのメイドスキルがオートで発動し、応接間をノックする。
「どうぞ」
扉をガチャリンコ、中に入る。
「朧さんだね。こちらに座ってください。僕は八束太刀、ここの学園の理事長をしているよ」
長い黒髪を後ろで束ねていて黒眼、浪人スタイルの和服、腰には大小二本差している20歳後半に見える男が出迎えてくれた。
内装は落ち着いている。飾ってある品は刃物しかない、キラリ。地球ではヤクザの屋敷でしか見られないような威圧感が出ている。粗相をすると叩き切られそうですね(棒)。とりあえずソファーに座ります。相手を見ます。
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名前:八束太刀
種族:付喪神
性別:なし
年齢:2316
職業:学園理事長、収集家
賞罰:大量破壊
称号:不変の剣、夷羅波流開祖
~~中略~~
状態:擬態
物理耐久:SS/SS
精神耐久:S/S
魔力:B/B
筋力:SS
精神力:S
対物理性能:S
対魔法性能:B
俊敏性:S
器用さ:S
知力:B
魔力運用効率:C
発動可能魔法種:火魔法、水魔法、土魔法、回復魔法、付与魔法、時空魔法、古代魔法、無属性魔法、生活魔法、固有魔法(付喪神、龍種)
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なんだよこいつ 付喪神って神だよな。でも理の神ほどヤバい存在ではないらしい。地上の神、ってことかな。まぁだいたいそんな気はしていた。
称号の【不変の剣】は、剣を使っても一切消耗・損壊しないらしい。夷羅波流と言うのは、『攻撃こそが最大の防御』を地で行く流派のようだ。最終的に刃の届く位置の物はなんでも切る様になるらしい。
20歳後半に見える給仕さんがやってきてお茶を二つ、煎餅を置いて出て行った。八束は腰に差した刀が邪魔にならない様に座れる椅子に腰かける。変な挙動を取ったら一瞬で切りかかりそうな躍動感がある。
全く動いてない状態なのに躍動しているという不思議な感じだ。この空間はあの腰に差さっている刀が支配している。そう思える。
「ダリア様からこちらに来る事は聞いてるけど、東列島には何をしにきたのかな?」
「ん~、東列島はあんまり開拓が進んでないから、お手伝いしながら観光かな?。でも前線には行きたくないかなーって」
「町を見ながら、開拓のお手伝いになる事をするってことかな?」
「道具屋とかそんなかんじだよ~」
「一応ここの学園でも部屋を用意できるけどどうする?もう和風の部屋しかないんだけど…」
「和風のおへや…!まだまだ学生が集まると思うから、その人達に充ててあげて」
ここは涙を呑んで見送る…、取りあえず目の前にある煎餅に手を伸ばして、食べる。旨い!緑茶を一口、旨い!玉露かな?幼女も楽しめる苦さに、ほんのり甘さが口に広がる。
「この学園の理事長として恥ずかしい限りだけど、正直そのとおりの状況なので助かるよ」
「うん、私は魔法で転移してもいいし、時空魔法で家を作ってもいいからね」
「流石ですね。ダリア様から、気ままな魔法の神様で、怒らせると世にも恐ろしい目に合うと…」
なんだろう、合ってるような、間違ってるような…私はかわいい幼女だよ。
「わたしはエルフだよ?神と言えば八束さんも付喪神だよね?」
「む、流石ですね。付喪神が人間に擬態しているのは分かりにくいハズなんですけど…。僕の名前がそのまんまだけど、数千年前に龍を倒した太刀に宿ったのが僕の由来」
「その言い方だと、太刀の前にもなにかあったの?」
「まぁ、その倒された龍だったね」
「なんと、倒した仇は…?」
「ダリア様です」
「え!?それじゃあ奴隷的な何かにされたりとか…恨んでたりする?」
「いや、寧ろ感謝してますよ。あの頃の僕は生きがいの様な物も無く暴れていただけだったからね。生まれ変わったとさえ思っているよ」
「禍根は無いのね。よかった。それでこの近辺で開拓してて、でも上手く進んでいないと聞いたけど、どんな感じ?」
「うーんそうだね、大戸の町は柵と大きな掘りで囲まれてて安全なんだけど、その先の開拓がなかなかね。厄介な「面」と呼ばれる…あれは妖怪かな?ある意味付喪神とも言えるけど、その面達が山から度々下りて来て、開拓村を潰してしまうんだ」
「対策の目途はたってる?」
「面への対策はあまり立たないね。明かりを嫌がるから襲来は夜だけ、柵や篝火で来ない様にして祈るだけだね。僕が出ていけば勝てるだろうけど、ここを動くわけにはいかないんだ。
他の問題と言えば、面以外にも魔物、特に妖怪が強くてこれも問題だね。後は物資が不足気味って所かな。アカデメイアが援助してるけど、開拓が上手くいかなくて町人に活気が無い。開拓の為の戦力も欲しいね。東列島を修行で行脚している陰陽師集団、『光陰衆』が来てくれればいいんだけど、今は幽山谷にいるらしい」
「魔物や妖怪で強いのは例えばどんなのが居るの?陰陽師ってどのくらい強いの?」
「大鬼や大蛇、巨大猪、落武者、亡霊武者なんかが魔物では強いね。他にもたくさんいるよ。妖怪には魔核があるタイプと無いタイプがいるんだけど、魔核が無いタイプが特に厄介なんだ。他の大陸で言う所の魔族に近いかな?天狗や面、幽霊、鬼、動物の妖怪なんかがそうだね。意思疎通ができる者もいるから、上手く話し合いになればいいんだけどね。
陰陽師の個々人はギルドのランクで言うとBランクくらいなんだけど、戦闘準備で格段に強くなるね。式神や陣、強力な装備や結界、大人数での陣形を組むことで強くなるんだ。準備万端なら一人でもAランク相当、複数で陣形を組むとSランク相当になるよ」
「おーなるほど~。今日から遠征演習がはじまったみたいだけど、どんな感じ?」
「引率の教員と生徒十人前後で開拓村の支援をしてもらってるね。死者が出ない様に、身代わり人形と転移札を持たせてるよ」
「沢山こちらに学生が来てるみたいだけど、その身代わり人形とか足りるの?」
「足りてないね。危ない所にはなるべく行かない様に注意してもらって消費を抑えている状態かな。 身代わり人形は貴重な物だからね。教員と人形が足りない場合は大戸の堀の内側で活動してもらってるよ。後は危険だけど、腕に覚えのある学生と教員で夜に交代で開拓村の周辺探索に出てく班もあるよ」
「大体わかったよ~、和食を食べるには何処に行ったらいい?」
「ごめんね、今は町全体でもう嗜好品の類、食材が足りてないんだ」
「……わかった、大戸の近くで安定している開拓村はある?他の開拓村への中継になるような所で」
「それなら大戸を東門から出てそのまま東にいった所にある開拓村だね」
「私は取りあえずそこで雑貨屋さんしようと思うけど大丈夫かな?」
「それは日帰りかな?お店に住み込みかな?」
「一応住み込みの予定だよ?必要あれば転移すると思うけど。そう言えば、こっちから他の大陸への転移って午後から?」
「そうだね、今日の午前中は受付だけだね、こっちからの転移は午後から開始だね。こちらの学園の学生で他の大陸へ行きたいと言う人もいるね」
「住む場所も転移も自前で何とか出来るけど、気が向いたら学園を利用するかも…連絡は念話で大丈夫?」
「うん、では何かあったら念話するね」
「わかった~、こっちもなにかあったら念話するね~」
八束に挨拶をすませ、応接間を後に…する前に御煎餅をぼりぼりと食べますよ。
この御煎餅の為にも、開拓を進めて土地を増やさねばなるまい。体内時間は午後六時くらいだが、お茶の影響か和食の為にか、やる気は十分。学校併設の屋敷を後にして大戸の町へ向かう。
和風で開拓村と言ったら丸太ですかね?
担いで走って突撃、一人破城槌、振り回して大旋風、盾によし、加工してよし、燃やしてよし、皆で担いで一夜城もよし、川を渡る時は浮かべてよし(※ただしガチムチに限ります、※丸太はイメージです効果には個人差があります)