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終わりの日

 ―――あさ、起きるとリンジーと


 お花の飾りのドレスに、着替えるの。


 ピンクのリボンで、結ってもらうのよ。


 父上様と母上様にごあいさつして


 それからお歌を唄って、お花を摘むの。


 それがわたしの毎日なの。



 ―――五日目アリシア達は、森から山の中へと入っていた。



 平坦なそれまでの道とは違い石が転がり傾斜の険しい山道をくぼみに足を取られ、つまづき、時には倒れこみながらも、ひたすら進んで行く。


 ……街道は使えない。おそらく敵国の兵士がアリシア達を捕らえる為に、待ち構えてることが、分かりきっていたからだ。



 ―――敗国の王家の成人男子は抹殺、利用価値のある年頃の女子、子供は奴隷とす。価値なき者は弑す。



 敵国の残酷な決まり事、その運命から逃れようとアリシア達は、足掻きもがいていた。



 ………痛い、ははうえ、歩きたくない、ちちうえに会いたい、おばあ様、あねうえ



 母に手を引かれ 嫌、最早引きずられる様に無理やり一歩、一歩と歩んでいた。



 ―――歩き始めてから、七日目の夜の事だった。



 山の頂きで、それぞれに身を寄せ合い、暖を取っていた。


 アリシアは母と、従兄弟達はそれぞれに、娘を拐われた母親達と……


 互いの体の温もりだけが、冷たい絶望で満たしている心と体に僅かだが、力を与えていた。



 絶望の神が、三度アリシア達に微笑む。



 ………ガサガサッ、ザザザッと漆黒の茂みの中で何かが音をたてて近づいていた。ハッ、ハッと聞こえる息遣い、大人の膝元位の位置に、多数光る双瞳……



 即座に衛兵達が、抜刀しながら皆に指示を出す!



「逃げろ!狼だ!走れ!」


 ――――ウォーン!と遠吠えが、闇の静寂を破ると、一斉に襲いかって来た。



 僅か先に衛兵の男が王妃の背中を押し、アリシアの腕を掴むと、脱兎の如く駆け出す。


 狼へ、自ら「死地」へと、盟友が立ち向かって行く。

 

 アリシアに聞こえる、闇をも引き裂く断末魔の叫び声。幼い彼女の心を喰いつくそうと、逃げる背中を追いかけてくる。


 従兄弟の兄とは、舞踏会で初めて一緒に踊った。二人の助けを求める叫び声が聞こえる。共に歩いてきた奥方達の悲鳴も……


 ………かみさま、かみさま、かみさま





「これは、皇帝陛下からの命令だ。我々がいる間、旅人には何人も話すことも、施す事も禁じる」

 

 山裾にある小さな集落に突然、帝国の兵士が御触れを告げに来た。



 村人を広場に集め、訝しげであり、冷徹な命令を下す。それに対し、


「し、しかし、あの山を越えて来る旅人にその様な無慈悲な事は出来ません。神が御許しにはならないでしょう」

 


 善良な村の司祭が、兵士に異を唱えると、司祭は即座に切り殺された。


「逆らえばこうなる。女も子供も関係無くな。1人でも命令を破れば、村ごと焼き付くす。我らはしばらくの間、空いた司祭の家にいる、お前達を見張るため」




「この子に一口の食べ物を頂けませんか………」



 訝しげな御触れから数日後、山からまるで幽鬼の様な旅人が村へとたどり着いた。



 幼い女の子は男に背負われ、眠っているのか動かない。共にする二人の女性も、生きる屍の様な姿………



 ……この者達の事か?



 声をかけられてきた村人は、咄嗟に分かった。先に帝国が、ある小国に戦を仕掛けたと聞く、恐らくこの旅人はその国の……



 それにしても酷き姿だった。狼に襲われ逃げてたのであろう、



 あの山は獰猛な狼の住み家。その中を女子供と共に生きて、この村にたどり着く事など奇跡に近い事。



 助けてやりたいと思った。この者達に罪が無いことも分かった。しかし……



 ………すまん、すまん、ワシらを許してくれ



 村人はその旅人達から即座に逃げ出した。己の命と村を守る為に………




 ―――冷たい闇夜が、アリシア達を包み込んでいた。



 誰も彼も、一

行の姿を見ただけで、逃げ出し、勿論、手を差しのべる者などいなかった。



 ……寒い、ははうえ、そばにいるの?



 アリシアは目が霞んでいた。


 耳元では始終、ザワザワと嫌な音がしていて、よく聞こえない。




 ふっくらとした薔薇色の頬は、今は青く痩け、栗色の髪も煤けて、かつての面影は何処にもない………




 王妃は我が子をしっかりと抱き締めた。



 そしてゆっくりとこの場に居合わせる、今迄共に生きるべく戦った者達を見回す。




 ――――無言の同意がなされた。



「あっ!」



 母に抱かれているアリシアの背中から、鋭く熱い何かが入る。不思議と痛みは感じない。




 ぽたぽたと、顔に温かい物が落ちてきた。



 僅かに残った力で目を開き、見上げるとそこには口元から血を、目から涙を流しながら、微笑む母の笑顔……


 ……ははうえ、おけがされてるの?



 そこで彼女の意識は途絶えた。



 ―――翌日、村外れの森の入り口に、祀られている祠の元で、あの旅人達が無残な姿を晒していた。



 その屍を「物」の如く判別する帝国の兵士達、やがて彼等も確認がとれたのか、無造作に埋める様にと言い残し、村を後にする。



 善良な村人達は、己の贖罪の為に、哀れな彼女達を、丁重に祠近くに埋葬したのだった。




 …………奇異が起こったのは、それから数日後の事だった。



 男が1人、村へ急いでいた。所用で遅くなり辺りはもう既に夜の領域………


 ……遅くなってしまった。暗いときにあの祠の側を通るのは


 しかし帰り道はそれしかない。男は気を引き締めながら歩く。そしてらその近くに近づいた時、



 ……この子に一口の食べを。



 幽かな声と共に、ちらりちらりと、地面から鬼火が姿を現し、男にまとわりついてきた。



 男は脱兎の如く村へと駆け出した。その姿はまるで気が触れたかの様、


 ガチガチと震えながら、村へと転がり込んだ男の様子を、怪しく思った村人達が、子細を聞き出す。



 そして村人達は、真意を確かめるために森へと向かった。



 ―――この子に一口の食べ物を頂けませんか?一口の………



 松明を片手に、祠へと近づいた村人達の前に、声と共に



 ちらり、ちらりと近づく鬼火………



 そしてその夜以来、毎夜毎夜、声と共に鬼火が舞う。



 哀しい声で、幼いこの子に食べ物をと………




 闇に乗じて、或いは偶然を装い、あの旅人に一口の食べ物を、与える事はできたはず。



 しかし村人は誰1人として、動かなかった。己の保身の為に………




 殺された司祭が言ってた、厳かな慈悲の言葉が、彼等に重くのし掛かる。



「無慈悲な事は、神が御許しには、ならないでしょう」



 しかし、もう遅かった。




 せめてもと、村人達は一つ一つ祠を造り、祀る事にした。供える物は何でも良かった。


 小さな団子でも、畑で採れた野菜でも、森の木の実でも、ほんの一口供えれば鬼火は、静かに眠っているのだった。

 


 そしてそれは、今でもその村に続いてる。




 先人の無慈悲な行いを、二度とせぬ戒めの為に……




 ――――あさ、起きるとリンジーと


 お花の飾りのドレスに、着替えるの。


 ピンクのリボンで、結ってもらうのよ。


 父上様と母上様に、ごあいさつして


 それからお歌を唄って、お花を摘むの。


 それがわたしの毎日なの。




「完」



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― 新着の感想 ―
[一言] 救いがない…悲しいお話でした。でも戦争ってこんなもの。やるせない…。
[一言] 戦後、ずいぶん経ってから生まれた私には、小説の中のこういう描写も想像はできますが理解ができるかと言われるとよくわかりません。他国のニュースなどを見て憤りを感じてもどこか現実味がなくて。16年…
[良い点] 戦乱故に踏みにじられた願い… 現実でも沢山あるんでしょうけど、なんというか、報われて欲しい。せめて来世では幸せにと祈らざるをえない描写に脱帽です…!! [気になる点] 最後の幽霊話は完全に…
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