↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれし名、選びゆく道  作者: 孔雀丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/16

第16話 十二角魔衆

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

『十彩獣団』第七章「選ばれし名、選びゆく道」、いよいよ最終話となる第16話をお届けします。


今回のタイトルは「十二角魔衆」です。

舞台は、夜明け前の平永寺と、夏空の下の寿満寺。

同じ朝が、二つの場所でまったく違う顔をして始まります。


片方では、十二人の少年少女が自分の足で法堂に立ちます。

もう片方では、十彩獣団が荷物を積み、笑いながら山を下りていきます。


この二つの場面は、あえて対になるように並べました。

どうか、その「差」を意識しながら読んでいただければ嬉しいです。


なお、この話には第七章全体の締めくくりとして、ある重要な一言が出てきます。

できれば、第1話から続けて読んでこられた方ほど、じっくり味わってください。


それでは、第七章の最終話をどうぞ。

 夜明け前の平永寺(へいえいじ)は、静かすぎた。

 国内でも名の知れた大寺院だった場所に、今は人間の気配がひとつもない。

 風が木々を揺らし、闇の中で堂宇の輪郭だけが黒く沈んでいる。

 時折、冥嶽(めいがく)十一尊(じゅういっそん)の錫杖が鳴る。乾いた音が、伽藍の奥まで響いて消える。

 法堂には、金津美里(かなづみり)が座っていた。

 背後には覇竜十傑(はりゅうじゅっけつ)が並ぶ。誰も口を開かない。

 そこへ滄爪(そうそう)が、十二人の少年少女を連れて現れた。

 県立福江西(ふくえにし)高校の不良グループ、通称「丸岡派(まるおかは)」。

 丸岡吉政(まるおかよしまさ)。小黒歳久(おぐろとしひさ)。荒町(あらまち)まり。長畝志穂(のうねしほ)。伏屋香枝(ふせやかえ)。宇田竜次(うだりゅうじ)。山久保翔助(やまくぼしょうすけ)。豊原(とよはら)きく。笹和田恵一(ささわだけいいち)。長崎(ながさき)あかり。篠岡鉄平(しのおかてっぺい)。福庄奈美(ふくしょうなみ)。

 十二人だった。

 縄で縛られてもいない。連れてこられたのでもない。

 滄爪は、誰にも命令していない。

 学校のこと。教師のこと。家庭のこと。進路のこと。将来のこと。ひとつずつ話を聞き、ひとつずつ「戻っても、何も変わらない」という言葉を積み重ねただけだ。

 だから今、十二人は自分の足でここに立っている。

 自分で選んだつもりで。

「後悔はない?」


 美里が静かに問う。

 答えるまで、しばらくの間があった。

「――戻ったところで、何も変わらねえよ」


 代表するように、丸岡吉政が言った。声はかすれていたが、震えてはいなかった。

 隣で荒町まりの肩が小さく震えている。

 宇田竜次は歯を食いしばり、視線だけを美里に向けている。

 福庄奈美は俯いたまま、指先を握りしめている。

 強がる者。震える者。何も感じていないふりをする者。反応は十二通りある。

 だが、誰も帰ろうとはしない。

 美里にとって、大切なのは善悪ではない。成績でもない。進学でもない。社会的な価値でもない。

 人間として生きることを、やめる覚悟があるかどうか。それだけだった。

 美里の手が、腰の脇差にかかる。

 国影(くにかげ)。刀身に、暗赤色の鬼気がゆっくりと走った。

 法堂の空気が、変わる。

 ◇

 最初に選ばれたのは、丸岡吉政だった。

 美里が国影の切っ先を、吉政の胸元へ触れさせる。皮膚を刺すのではない。刃を媒介として、暗赤色の鬼気が体内へ流れ込む。

「――っ、ぐ……ぁ……!」


 吉政の背骨が軋んだ。肩幅が広がる。

 皮膚の下を、何かが這うように動く。

 青い装甲鱗が、腕から胸、そして顔の輪郭まで覆っていく。

 額と眉の上から、三本の巨大な角が突き出す。首の後方には、フリルのような装甲が扇状に展開する。

 全身を、青白い電流が走った。床板に稲妻が落ち、焦げた匂いが法堂に満ちる。

 丸岡吉政だった少年は、青いトリケラトプス型の鬼へと変わっていた。

 巨大な武器が、その手の中に形を成す。狂雷槍(きょうらいそう)。石突きの先まで、青白い雷が纏わりついている。

 吉政は、自分の手を見た。拳を握る。雷が爆ぜる。

 鳥肌が立つ間もなく、指はもうその感触を手放そうとしなかった。

「あなたの名前は――狂雷(きょうらい)」


 美里が告げる。

「……狂雷」


 吉政は、いや、狂雷はその名を繰り返した。拒む素振りはなかった。

「丸岡吉政」という人間の名前の上に、「狂雷」という鬼の名前が重なる。ふたつは、もう分かれない。

 ◇

 残る十一人が、順番に鬼へと変えられていく。

 小黒歳久は、抵抗せず目を閉じたまま鬼気を受け入れた。黒い装甲鱗、ディアブロケラトプスの太い角。狂雷の隣に立ち、静かに膝をつく。副官――黒魁(こくかい)。

 荒町まりは、変化の途中で一度だけ悲鳴を上げた。赤い鱗、スティラコサウルスの放射状に伸びた角。悲鳴は途中で、獣の唸りに変わった。朱牙(しゅが)。

 長畝志穂は、最後まで目を開けていた。紫の鱗、アンキケラトプスの重い頭骨。変わりながらも、周囲を観察する視線だけは変わらなかった。参謀――紫蓮(しれん)。

 伏屋香枝は、黄色の鱗を纏い、シノケラトプスの独特なフリルを広げる。砂妃(さひ)。

 宇田竜次は、緑の鱗の下で筋肉が隆起し、カスモサウルスの大きなフリルが背中まで覆う。緑剛(りょくごう)。

 山久保翔助は、白い鱗が全身を包み、ペンタケラトプスの五本の角が顔を彩る。白閃(びゃくせん)。

 豊原きくは、桃色の鱗、パキリノサウルスの瘤状の突起。妖桃(ようとう)。

 笹和田恵一は、茶色の鱗、ロキケラトプスの複雑に曲がった角。断角(だんかく)。

 長崎あかりは、橙の鱗、モノクロニウスの一本角。灼角(しゃくかく)。

 篠岡鉄平は、灰色の鱗、トロサウルスの巨大な頭骨。鉄角(てっかく)。

 福庄奈美は、黄緑の鱗、ナースケラトプスのしなやかな体軀。翠棘(すいきょく)。

 十二体が、法堂に立った。

 青。黒。赤。紫。黄。緑。白。桃。茶。橙。灰。黄緑。

 十二色の鱗。十二の異形。十二の角。

 だが、人間だった頃から積み上げてきた結束だけは、失われていなかった。

 狂雷が振り返れば、十一体がすぐに視線を返す。かつて丸岡派だった呼吸の合わせ方が、まだそこにある。

 ◇

 美里が立ち上がった。十二体を見渡す。

「今日から、あなたたちは丸岡派じゃない」


 十二体の目が、美里に集まる。

「――十二角魔衆(じゅうにかくましゅう)よ」


 狂雷が、狂雷槍の石突きを床へ打ちつけた。轟音が法堂を震わせる。残る十一体も、それぞれの武器を、あるいは拳を構えた。

 総大将――狂雷。

 副官――黒魁。

 参謀――紫蓮。

 そして残る九名。

 高校の不良グループが、そのまま武装した鬼軍団へと姿を変えた。その異様さを、美里は満足げに見つめていた。

 ◇

 夜明けが近づく境内へ、十二角魔衆が出る。

 狂雷が角から青白い雷を放つ。石灯籠の脇に、放電の跡が黒く残った。

 灼角が周囲の空気を熱で歪ませる。

 白閃の装甲に、淡い光が滲む。

 鉄角がただ足を踏み下ろしただけで、石畳が震えた。

 他の者たちも、それぞれ武器や身体能力を確かめる。すべての力を見せることはしない。だが、そこにまだ見せていない力があることは、誰の目にも明らかだった。

 その様子を、法堂の縁側から美里と滄爪が眺めている。

 ◇

 滄爪が、十二角魔衆を見ながら口を開いた。

「次は、何人集めますか」


 美里は、すぐには答えなかった。

 十二人。一度に十二人の人間が鬼になった。これまで美里たちは、傷を持つ者、社会を憎む者、復讐を望む者、居場所を失った者を、ひとりずつ探してきた。

 だが、それではまだ、美里の側が「選ぶ側」でしかない。

「集める必要なんてないわ」


「――と、言いますと」


 美里は、平永寺の向こうに広がる福江市を見やった。

 学校へ行く人間。会社へ行く人間。試験へ落ちた人間。選手になれなかった人間。仕事を失った人間。家庭から逃げたい人間。誰からも必要とされていないと思っている人間。

「そのうち――向こうから来るようになる」


 滄爪は、しばらく黙っていた。数秒かけて、美里の狙いを理解する。

「兵を集めるのではなく……兵になりたい人間を、増やす」


 美里は、否定しなかった。

 第三の進路とは、進学でも、就職でもない。人間社会へ適応することですらない。鬼になる。社会から抜ける。力を持つ。そして最終的には、社会そのものを壊し、作り直す。

 これまでは、個人に差し出す誘惑だった。しかしこれからは違う。噂。思想。憧れ。反抗。絶望。逃避。それらを通じて、人間の側から鬼になることを望ませる。

「鬼になることが……普通の選択肢になる社会ですか」


「普通じゃないわ」


 美里は、一拍おいて続けた。

「普通を壊すのよ」


 美里は、自分が狂人だとは思っていない。既存の社会から選ばれなかった者に、主権を返す。本気でそう考えている。

 その思想には、確かに一理あるように聞こえる部分がある。

 だが実際には、その手で救おうとした相手の未来を、「鬼になる」というただひとつの道へ、固定してしまっている。

 滄爪は、それ以上何も言わなかった。

 ◇

 七月二十八日。夜明け。

 昨日までの不穏さを忘れさせるほどの、青空だった。

 寿満寺(じゅまんじ)の境内には、蝉の声と強い夏の日差しが満ちている。宿坊の前には荷物が並んでいた。スポーツバッグ、着替え、飲み物のペットボトル、『寿満寺縁起(じゅまんじえんぎ)』の写し、そして十二個の珠。

 今日は、特別合宿の最終日だった。

 翔一(しょういち)が荷物をワゴン車へ積みながら、ため息まじりに言う。

「いやあ、長かったような短かったような」


「昨日の夜にも同じこと言ってただろ」


 健太(けんた)が突っ込む。

「感慨深いんだよ」


「猿に追われて、鬼に襲われて、古文書読んで、それで感慨深いのか」


「青春ってそういうもんじゃね?」


「違うと思うぞ」


 友紀(ゆき)と南海(みなみ)が、その様子を見て笑った。昨夜までの緊張を知らないような、いつもの空気だった。

 ◇

 それぞれが、自分の珠を丁寧にしまう。

 慎悟(しんご)――理の蒼珠。

 友紀――情の紅珠。

 南海――慈の桃珠。

 蓮(れん)――静の淡珠。

 翼(つばさ)――誇の翠珠。

 翔一――勇の橙珠。

 健太――耐の黒珠。

 歩美(あゆみ)――希の黄珠。

 綾実(あやみ)――澄の紫珠。

 伊織(いおり)――浄の白珠。

 美奈子(みなこ)――祈の銀珠。

 莉奈(りな)――仁の陽珠。

 翼が丁寧に布へ包み、蓮がケースへ収める。美奈子は銀珠を両手で包んだまま、しばらく動かない。

 銀色の光の奥で、何かが小さく疼いた。天井の曼荼羅に描かれていた、名前の掠れた龍と、同じ気配がする。

「……この子と、あの龍って、何か繋がってるのかな」


「……これ、なくしたら怒られますよね」


「たぶん四百年くらい怒られる」


 翔一が言い、翼が慌てる。

「洒落にならないから本当にやめて」


 小さな笑いが起きる。

 一方で、歩美だけは落ち着かない様子だった。何度もスマートフォンで時刻を確認している。

 今日は夏の高校野球福江県大会決勝。清王学園(せいおうがくえん)対宮王(みやおう)高校。勝てば甲子園だ。

 歩美は選手ではない。打席にも立たず、マウンドにも上がらない。それでも、スマートフォンの画面だけは、誰よりも忙しなく点いては消えていた。

「歩美、さっきから五回くらい時間見てない?」


 友紀に笑われ、歩美は苦笑いする。

「私が試合するわけじゃないのにね」


「だからこそでしょう」


 寿蒙(じゅもう)が静かに言った。

「支える側も、一緒に戦っています」


 歩美は少し驚いた顔をして、それから笑った。選手ではないことと、必要ではないことは、違う。

 ◇

 荷物を積み終え、慎悟たちは寿蒙へ挨拶をした。

 この数日を振り返る。老猿。斬牙(ざんが)。布目優(ぬのめゆう)。無縁墓。絵巻。『寿満寺縁起』。四百年前の曼荼羅。十二個の珠。

 綾実は、あの朝引いた「戦車」の正位置をふと思い出していた。

 異なる方向を向く二頭の獣が、ひとつの意志へまとまった時にだけ前へ進める――そう解釈したカードだった。

 十二個の珠を手にした十彩獣団(じゅっさいじゅうだん)と、美奈子、莉奈の姿を見渡し、綾実は小さく頷く。

 まだ全員の心が完全に重なったとは言い切れない。それでも、条件は少しずつ揃い始めている。

 慎悟は、山門を、石段を、夏の境内を見た。蝉の声が耳に残る。

 理の蒼珠を握る。脇腹の痛みが、すっと消えた。身体が軽くなる。

 だが今回は、以前のように「これなら戦える」とは思わなかった。

 痛みがなくなったことと、傷が治ったことは違う。力があることと、無茶をしていいことも違う。

(理とは、感情を捨てることじゃない。現実を見た上で、選ぶことなのかもしれない)

 そんなことを、漠然と考えた。

 南海が隣に来る。

「慎悟?」


「ん?」


「また無茶しようとしてない?」


「今日はしない」


「今日は?」


 慎悟は少し口ごもり、言い直した。

「……これからもしないようにする」


「よろしい」


 南海が柔らかく笑った。

 ◇

 慎悟たちが車へ乗り込み始める。

 彼らはまだ知らない。

 平永寺が陥落したこと。国内でも名高い大寺院が、鬼の本拠地となったこと。

 冥嶽十一尊が復活したこと。覇竜十傑が強化されたこと。五天王が強化されたこと。

 死者の霊魂を消し、罪悪感から遠ざける「救済」が与えられていること。

 そして、十二人の少年少女が人間をやめ、狂雷、黒魁、朱牙、紫蓮、砂妃、緑剛、白閃、妖桃、断角、灼角、鉄角、翠棘――十二角魔衆となったことを。

 美里の目的が、鬼をひとりずつ増やすことではなく、人間が自ら鬼になりたがる社会を作ることへと変わったことも。

 慎悟は、車に乗る直前、もう一度寿満寺を振り返った。

 四百年前から、自分たちの霊護獣の名前は存在していた。だが、名前が先に存在していたからといって、人生まで決まっていたとは限らない。

 力を与えられた。霊護獣に選ばれた。それでも、最後に何を選ぶかまで、誰かに渡す必要はない。

 仲間を見る。

「行こう」


 全員が頷いた。

 ◇

 車が山道を下る。目的地は、福江県民球場。高校野球決勝。清王学園対宮王高校。

 試合では、必ず誰かが勝ち、誰かが負ける。

 ベンチ入りできた者。できなかった者。スタンドから応援する者。マネージャーとして支える者。

 試合に出られないまま、高校野球を終える者もいる。

 だが、選ばれなかったからといって、人生が終わるわけではない。

 夢が潰れてもいい。立ち止まってもいい。逃げてもいい。別の夢を探してもいい。誰かを支えてもいい。やり直してもいい。

 美里は、「選ばれなかった者」へ、鬼になるという明確な答えを与える。

 慎悟たちは違う。答えを一つに固定しない。答えを自分で探す余地を、守ろうとする。

 四百年前から名前が存在していても。霊護獣に選ばれていても。鬼の名前を与えられていても。学校から評価されなくても。選手になれなくても。進学に失敗しても。

 最後にどの道を選ぶのかは、自分自身だ。

 車内では、翔一が何かを言い、健太が突っ込み、友紀と南海が笑っている。歩美は決勝戦のことが気になって、まだ落ち着かない。

 ごく普通の、高校生の夏だった。

 ◇

 その頃、占領された平永寺の瓦屋根の上に、十二の巨大な影があった。

 狂雷。黒魁。朱牙。紫蓮。砂妃。緑剛。白閃。妖桃。断角。灼角。鉄角。翠棘。

 十二角魔衆が、朝日を浴びながら福江市を見下ろしている。

 これまで恐竜の鬼は、夜、洞窟、地下室、廃墟、山中など、人間社会から隠れることが多かった。

 だが十二角魔衆は違う。寺院の屋根という高い場所に、堂々と立っている。

 まるで、もう隠れる必要はないと、宣言するように。

 法堂の奥から、美里が福江市を見つめていた。隣には滄爪がいる。

 その視線の先には、選ばれなかったと思う人間。居場所がない人間。人生に失敗したと思う人間。誰かを憎む人間。未来を諦めようとしている人間が、必ずいる。

 美里が、小さく笑った。

 恐竜の鬼たちは、領土を持った。組織を持った。そして今――

 思想を、持った。

 寿満寺での特別合宿は、終わった。

 ――次にこの名を聞く時、福江市はまだ、今日と同じ顔をしていられるだろうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

これにて『十彩獣団』第七章「選ばれし名、選びゆく道」、全十六話が完結です。


まずは、第七章の連載を追いかけてくださった読者の皆様へ、心からお礼を申し上げます。

感想、ブックマーク、評価、そして何より、毎回読んでくださる存在そのものが、執筆の大きな支えでした。

本当にありがとうございます。


◆ 第七章で描きたかったこと


この章を書くにあたって、最初に決めていた問いがあります。


「たとえ何かに選ばれていたとしても、最後に自分の人生を選ぶのは誰なのか」


第六章では、「一度選んだ道から、人は選び直せるのか」を描きました。

第七章では、そこからもう一歩踏み込んでいます。


名前も、力も、役割も、過去も、あらかじめ用意されていた。

それでも、それを運命として受け入れなければならないのか。


その答えを探す章でした。


四百年以上前の絵巻に、覇竜十傑の名前が記されていた。

同じように、十彩獣団の霊護獣の名前も記されていた。

読んでいて、「じゃあ、全部決まっていたのか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。


でも、あの古文書には、どちらが善でどちらが悪とも書かれていませんでした。

書かれていたのは、可能性だけです。

慎悟が健太に返した「決まってたんじゃないと思う」という言葉は、この章でいちばん大切にした台詞です。


◆ 美里の「第三の進路」について


第七章では、美里の思想が大きく動きました。

これまでは、彼女一人が個人に差し出していた誘惑でした。

それが、覇竜十傑による勧誘、そして十二角魔衆の誕生を経て、社会へ広がり始めます。


美里は「集める必要なんてないわ」と言います。

「そのうち、向こうから来るようになる」とも。


あの場面は、書いていて自分でも少し怖くなりました。

怪物の軍団なら、倒せば終わります。

けれど、「鬼になりたい」と願う人間が増えていく世界では、敵を倒しても戦いは終わりません。


ここで、物語の勝利条件そのものが変わり始めます。


美里の言葉が、一見すると「選ばれなかった者の味方」に聞こえるように書いたのは、意図的です。

彼女は本気で、そう信じています。

だからこそ厄介で、だからこそ、慎悟たちと正面からぶつかる意味があります。


美里は、選ばれなかった者に一つの答えを与えます。

慎悟たちは、答えを一つにしません。

この違いこそが、敵と味方を分ける本当の線だと考えています。


◆ 日常の場面について


第七章の終盤では、高校野球の決勝戦前夜と、合宿最終日の朝を描きました。

戦いの本筋から見れば、少し穏やかすぎる場面だったかもしれません。


ですが、あの日常こそが、美里への最大の反論になっています。


歩美は選手ではありません。

それでも、支える者として確かにそこにいます。

寿蒙の「支える側も、一緒に戦っています」という言葉は、第七章を通して伝えたかったことの一つでした。


選手に選ばれなくても、前線に立てなくても、主役になれなくても、人には別の役割を選ぶことができる。

鬼にならなければ何者にもなれない、というわけではない。


そんな当たり前のことを、物語の中でちゃんと書いておきたかったのです。


◆ 珠と、これから


十二個の珠は、第七章で登場した大きな要素です。

「理」「情」「慈」「静」「誇」「勇」「耐」「希」「澄」「浄」、そして「祈」と「仁」。


あの珠は、単なるパワーアップアイテムではありません。

今のその人を表していると同時に、これから学んでいく心でもあります。


慎悟の「理」は、希望だけでなく現実も見る強さを求めています。

伊織の「浄」は、救いたい気持ちと、戦う責任の両方を背負わせます。


伊織が夢で見た「救えなかった一射」は、これから起こり得る失敗の形です。

布目優を取り戻すという約束は、決して簡単ではありません。

その重さを、慎悟たちはこれから本当に知っていくことになります。


また、名前の掠れた中央の龍。

美奈子の銀珠と、あの龍の気配。

美里が「焔羅」という名に選ばれているという事実。


回収しきれていない謎は、まだ数多く残っています。

気になった方は、ぜひ見守っていただければと思います。


◆ 次の戦いへ


平永寺は陥落しました。

冥嶽十一尊は復活し、覇竜十傑と五天王は強化され、十二角魔衆まで誕生しました。

鬼たちは、闇に隠れる集団から、領土と思想を持つ勢力へと変わりました。


十彩獣団は、そのすべてをまだ知らないまま、高校野球決勝の会場へ向かいます。


寿満寺での特別合宿は終わりました。

けれど、本当の戦いはここからです。


最後の一文に、次の章への思いをすべて込めました。

福江市が、今日と同じ顔をしていられるかどうか。

その答えは、次の章で描いていきます。


◆ おわりに


第七章は、書いている間ずっと、「選ぶとはどういうことか」を考え続けた章でした。

正解のない問いですが、登場人物たちが悩み、迷い、それでも前へ進もうとする姿を描くことで、少しでも読んでくださった方の心に残るものがあれば幸いです。


もし、この物語のどこかの場面が、皆様の背中を少しでも押せたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。


次章でも、慎悟たちと一緒に、福江市の夏を駆け抜けていただけたら嬉しいです。


最後に、改めてお礼を申し上げます。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


感想や評価、ブックマークなど、お気軽にいただけると励みになります。

誤字脱字のご指摘も、ありがたく拝見しています。


それでは、また次の章でお会いしましょう。


孔雀丸

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。