第16話 十二角魔衆
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
『十彩獣団』第七章「選ばれし名、選びゆく道」、いよいよ最終話となる第16話をお届けします。
今回のタイトルは「十二角魔衆」です。
舞台は、夜明け前の平永寺と、夏空の下の寿満寺。
同じ朝が、二つの場所でまったく違う顔をして始まります。
片方では、十二人の少年少女が自分の足で法堂に立ちます。
もう片方では、十彩獣団が荷物を積み、笑いながら山を下りていきます。
この二つの場面は、あえて対になるように並べました。
どうか、その「差」を意識しながら読んでいただければ嬉しいです。
なお、この話には第七章全体の締めくくりとして、ある重要な一言が出てきます。
できれば、第1話から続けて読んでこられた方ほど、じっくり味わってください。
それでは、第七章の最終話をどうぞ。
夜明け前の平永寺は、静かすぎた。
国内でも名の知れた大寺院だった場所に、今は人間の気配がひとつもない。
風が木々を揺らし、闇の中で堂宇の輪郭だけが黒く沈んでいる。
時折、冥嶽十一尊の錫杖が鳴る。乾いた音が、伽藍の奥まで響いて消える。
法堂には、金津美里が座っていた。
背後には覇竜十傑が並ぶ。誰も口を開かない。
そこへ滄爪が、十二人の少年少女を連れて現れた。
県立福江西高校の不良グループ、通称「丸岡派」。
丸岡吉政。小黒歳久。荒町まり。長畝志穂。伏屋香枝。宇田竜次。山久保翔助。豊原きく。笹和田恵一。長崎あかり。篠岡鉄平。福庄奈美。
十二人だった。
縄で縛られてもいない。連れてこられたのでもない。
滄爪は、誰にも命令していない。
学校のこと。教師のこと。家庭のこと。進路のこと。将来のこと。ひとつずつ話を聞き、ひとつずつ「戻っても、何も変わらない」という言葉を積み重ねただけだ。
だから今、十二人は自分の足でここに立っている。
自分で選んだつもりで。
「後悔はない?」
美里が静かに問う。
答えるまで、しばらくの間があった。
「――戻ったところで、何も変わらねえよ」
代表するように、丸岡吉政が言った。声はかすれていたが、震えてはいなかった。
隣で荒町まりの肩が小さく震えている。
宇田竜次は歯を食いしばり、視線だけを美里に向けている。
福庄奈美は俯いたまま、指先を握りしめている。
強がる者。震える者。何も感じていないふりをする者。反応は十二通りある。
だが、誰も帰ろうとはしない。
美里にとって、大切なのは善悪ではない。成績でもない。進学でもない。社会的な価値でもない。
人間として生きることを、やめる覚悟があるかどうか。それだけだった。
美里の手が、腰の脇差にかかる。
国影。刀身に、暗赤色の鬼気がゆっくりと走った。
法堂の空気が、変わる。
◇
最初に選ばれたのは、丸岡吉政だった。
美里が国影の切っ先を、吉政の胸元へ触れさせる。皮膚を刺すのではない。刃を媒介として、暗赤色の鬼気が体内へ流れ込む。
「――っ、ぐ……ぁ……!」
吉政の背骨が軋んだ。肩幅が広がる。
皮膚の下を、何かが這うように動く。
青い装甲鱗が、腕から胸、そして顔の輪郭まで覆っていく。
額と眉の上から、三本の巨大な角が突き出す。首の後方には、フリルのような装甲が扇状に展開する。
全身を、青白い電流が走った。床板に稲妻が落ち、焦げた匂いが法堂に満ちる。
丸岡吉政だった少年は、青いトリケラトプス型の鬼へと変わっていた。
巨大な武器が、その手の中に形を成す。狂雷槍。石突きの先まで、青白い雷が纏わりついている。
吉政は、自分の手を見た。拳を握る。雷が爆ぜる。
鳥肌が立つ間もなく、指はもうその感触を手放そうとしなかった。
「あなたの名前は――狂雷」
美里が告げる。
「……狂雷」
吉政は、いや、狂雷はその名を繰り返した。拒む素振りはなかった。
「丸岡吉政」という人間の名前の上に、「狂雷」という鬼の名前が重なる。ふたつは、もう分かれない。
◇
残る十一人が、順番に鬼へと変えられていく。
小黒歳久は、抵抗せず目を閉じたまま鬼気を受け入れた。黒い装甲鱗、ディアブロケラトプスの太い角。狂雷の隣に立ち、静かに膝をつく。副官――黒魁。
荒町まりは、変化の途中で一度だけ悲鳴を上げた。赤い鱗、スティラコサウルスの放射状に伸びた角。悲鳴は途中で、獣の唸りに変わった。朱牙。
長畝志穂は、最後まで目を開けていた。紫の鱗、アンキケラトプスの重い頭骨。変わりながらも、周囲を観察する視線だけは変わらなかった。参謀――紫蓮。
伏屋香枝は、黄色の鱗を纏い、シノケラトプスの独特なフリルを広げる。砂妃。
宇田竜次は、緑の鱗の下で筋肉が隆起し、カスモサウルスの大きなフリルが背中まで覆う。緑剛。
山久保翔助は、白い鱗が全身を包み、ペンタケラトプスの五本の角が顔を彩る。白閃。
豊原きくは、桃色の鱗、パキリノサウルスの瘤状の突起。妖桃。
笹和田恵一は、茶色の鱗、ロキケラトプスの複雑に曲がった角。断角。
長崎あかりは、橙の鱗、モノクロニウスの一本角。灼角。
篠岡鉄平は、灰色の鱗、トロサウルスの巨大な頭骨。鉄角。
福庄奈美は、黄緑の鱗、ナースケラトプスのしなやかな体軀。翠棘。
十二体が、法堂に立った。
青。黒。赤。紫。黄。緑。白。桃。茶。橙。灰。黄緑。
十二色の鱗。十二の異形。十二の角。
だが、人間だった頃から積み上げてきた結束だけは、失われていなかった。
狂雷が振り返れば、十一体がすぐに視線を返す。かつて丸岡派だった呼吸の合わせ方が、まだそこにある。
◇
美里が立ち上がった。十二体を見渡す。
「今日から、あなたたちは丸岡派じゃない」
十二体の目が、美里に集まる。
「――十二角魔衆よ」
狂雷が、狂雷槍の石突きを床へ打ちつけた。轟音が法堂を震わせる。残る十一体も、それぞれの武器を、あるいは拳を構えた。
総大将――狂雷。
副官――黒魁。
参謀――紫蓮。
そして残る九名。
高校の不良グループが、そのまま武装した鬼軍団へと姿を変えた。その異様さを、美里は満足げに見つめていた。
◇
夜明けが近づく境内へ、十二角魔衆が出る。
狂雷が角から青白い雷を放つ。石灯籠の脇に、放電の跡が黒く残った。
灼角が周囲の空気を熱で歪ませる。
白閃の装甲に、淡い光が滲む。
鉄角がただ足を踏み下ろしただけで、石畳が震えた。
他の者たちも、それぞれ武器や身体能力を確かめる。すべての力を見せることはしない。だが、そこにまだ見せていない力があることは、誰の目にも明らかだった。
その様子を、法堂の縁側から美里と滄爪が眺めている。
◇
滄爪が、十二角魔衆を見ながら口を開いた。
「次は、何人集めますか」
美里は、すぐには答えなかった。
十二人。一度に十二人の人間が鬼になった。これまで美里たちは、傷を持つ者、社会を憎む者、復讐を望む者、居場所を失った者を、ひとりずつ探してきた。
だが、それではまだ、美里の側が「選ぶ側」でしかない。
「集める必要なんてないわ」
「――と、言いますと」
美里は、平永寺の向こうに広がる福江市を見やった。
学校へ行く人間。会社へ行く人間。試験へ落ちた人間。選手になれなかった人間。仕事を失った人間。家庭から逃げたい人間。誰からも必要とされていないと思っている人間。
「そのうち――向こうから来るようになる」
滄爪は、しばらく黙っていた。数秒かけて、美里の狙いを理解する。
「兵を集めるのではなく……兵になりたい人間を、増やす」
美里は、否定しなかった。
第三の進路とは、進学でも、就職でもない。人間社会へ適応することですらない。鬼になる。社会から抜ける。力を持つ。そして最終的には、社会そのものを壊し、作り直す。
これまでは、個人に差し出す誘惑だった。しかしこれからは違う。噂。思想。憧れ。反抗。絶望。逃避。それらを通じて、人間の側から鬼になることを望ませる。
「鬼になることが……普通の選択肢になる社会ですか」
「普通じゃないわ」
美里は、一拍おいて続けた。
「普通を壊すのよ」
美里は、自分が狂人だとは思っていない。既存の社会から選ばれなかった者に、主権を返す。本気でそう考えている。
その思想には、確かに一理あるように聞こえる部分がある。
だが実際には、その手で救おうとした相手の未来を、「鬼になる」というただひとつの道へ、固定してしまっている。
滄爪は、それ以上何も言わなかった。
◇
七月二十八日。夜明け。
昨日までの不穏さを忘れさせるほどの、青空だった。
寿満寺の境内には、蝉の声と強い夏の日差しが満ちている。宿坊の前には荷物が並んでいた。スポーツバッグ、着替え、飲み物のペットボトル、『寿満寺縁起』の写し、そして十二個の珠。
今日は、特別合宿の最終日だった。
翔一が荷物をワゴン車へ積みながら、ため息まじりに言う。
「いやあ、長かったような短かったような」
「昨日の夜にも同じこと言ってただろ」
健太が突っ込む。
「感慨深いんだよ」
「猿に追われて、鬼に襲われて、古文書読んで、それで感慨深いのか」
「青春ってそういうもんじゃね?」
「違うと思うぞ」
友紀と南海が、その様子を見て笑った。昨夜までの緊張を知らないような、いつもの空気だった。
◇
それぞれが、自分の珠を丁寧にしまう。
慎悟――理の蒼珠。
友紀――情の紅珠。
南海――慈の桃珠。
蓮――静の淡珠。
翼――誇の翠珠。
翔一――勇の橙珠。
健太――耐の黒珠。
歩美――希の黄珠。
綾実――澄の紫珠。
伊織――浄の白珠。
美奈子――祈の銀珠。
莉奈――仁の陽珠。
翼が丁寧に布へ包み、蓮がケースへ収める。美奈子は銀珠を両手で包んだまま、しばらく動かない。
銀色の光の奥で、何かが小さく疼いた。天井の曼荼羅に描かれていた、名前の掠れた龍と、同じ気配がする。
「……この子と、あの龍って、何か繋がってるのかな」
「……これ、なくしたら怒られますよね」
「たぶん四百年くらい怒られる」
翔一が言い、翼が慌てる。
「洒落にならないから本当にやめて」
小さな笑いが起きる。
一方で、歩美だけは落ち着かない様子だった。何度もスマートフォンで時刻を確認している。
今日は夏の高校野球福江県大会決勝。清王学園対宮王高校。勝てば甲子園だ。
歩美は選手ではない。打席にも立たず、マウンドにも上がらない。それでも、スマートフォンの画面だけは、誰よりも忙しなく点いては消えていた。
「歩美、さっきから五回くらい時間見てない?」
友紀に笑われ、歩美は苦笑いする。
「私が試合するわけじゃないのにね」
「だからこそでしょう」
寿蒙が静かに言った。
「支える側も、一緒に戦っています」
歩美は少し驚いた顔をして、それから笑った。選手ではないことと、必要ではないことは、違う。
◇
荷物を積み終え、慎悟たちは寿蒙へ挨拶をした。
この数日を振り返る。老猿。斬牙。布目優。無縁墓。絵巻。『寿満寺縁起』。四百年前の曼荼羅。十二個の珠。
綾実は、あの朝引いた「戦車」の正位置をふと思い出していた。
異なる方向を向く二頭の獣が、ひとつの意志へまとまった時にだけ前へ進める――そう解釈したカードだった。
十二個の珠を手にした十彩獣団と、美奈子、莉奈の姿を見渡し、綾実は小さく頷く。
まだ全員の心が完全に重なったとは言い切れない。それでも、条件は少しずつ揃い始めている。
慎悟は、山門を、石段を、夏の境内を見た。蝉の声が耳に残る。
理の蒼珠を握る。脇腹の痛みが、すっと消えた。身体が軽くなる。
だが今回は、以前のように「これなら戦える」とは思わなかった。
痛みがなくなったことと、傷が治ったことは違う。力があることと、無茶をしていいことも違う。
(理とは、感情を捨てることじゃない。現実を見た上で、選ぶことなのかもしれない)
そんなことを、漠然と考えた。
南海が隣に来る。
「慎悟?」
「ん?」
「また無茶しようとしてない?」
「今日はしない」
「今日は?」
慎悟は少し口ごもり、言い直した。
「……これからもしないようにする」
「よろしい」
南海が柔らかく笑った。
◇
慎悟たちが車へ乗り込み始める。
彼らはまだ知らない。
平永寺が陥落したこと。国内でも名高い大寺院が、鬼の本拠地となったこと。
冥嶽十一尊が復活したこと。覇竜十傑が強化されたこと。五天王が強化されたこと。
死者の霊魂を消し、罪悪感から遠ざける「救済」が与えられていること。
そして、十二人の少年少女が人間をやめ、狂雷、黒魁、朱牙、紫蓮、砂妃、緑剛、白閃、妖桃、断角、灼角、鉄角、翠棘――十二角魔衆となったことを。
美里の目的が、鬼をひとりずつ増やすことではなく、人間が自ら鬼になりたがる社会を作ることへと変わったことも。
慎悟は、車に乗る直前、もう一度寿満寺を振り返った。
四百年前から、自分たちの霊護獣の名前は存在していた。だが、名前が先に存在していたからといって、人生まで決まっていたとは限らない。
力を与えられた。霊護獣に選ばれた。それでも、最後に何を選ぶかまで、誰かに渡す必要はない。
仲間を見る。
「行こう」
全員が頷いた。
◇
車が山道を下る。目的地は、福江県民球場。高校野球決勝。清王学園対宮王高校。
試合では、必ず誰かが勝ち、誰かが負ける。
ベンチ入りできた者。できなかった者。スタンドから応援する者。マネージャーとして支える者。
試合に出られないまま、高校野球を終える者もいる。
だが、選ばれなかったからといって、人生が終わるわけではない。
夢が潰れてもいい。立ち止まってもいい。逃げてもいい。別の夢を探してもいい。誰かを支えてもいい。やり直してもいい。
美里は、「選ばれなかった者」へ、鬼になるという明確な答えを与える。
慎悟たちは違う。答えを一つに固定しない。答えを自分で探す余地を、守ろうとする。
四百年前から名前が存在していても。霊護獣に選ばれていても。鬼の名前を与えられていても。学校から評価されなくても。選手になれなくても。進学に失敗しても。
最後にどの道を選ぶのかは、自分自身だ。
車内では、翔一が何かを言い、健太が突っ込み、友紀と南海が笑っている。歩美は決勝戦のことが気になって、まだ落ち着かない。
ごく普通の、高校生の夏だった。
◇
その頃、占領された平永寺の瓦屋根の上に、十二の巨大な影があった。
狂雷。黒魁。朱牙。紫蓮。砂妃。緑剛。白閃。妖桃。断角。灼角。鉄角。翠棘。
十二角魔衆が、朝日を浴びながら福江市を見下ろしている。
これまで恐竜の鬼は、夜、洞窟、地下室、廃墟、山中など、人間社会から隠れることが多かった。
だが十二角魔衆は違う。寺院の屋根という高い場所に、堂々と立っている。
まるで、もう隠れる必要はないと、宣言するように。
法堂の奥から、美里が福江市を見つめていた。隣には滄爪がいる。
その視線の先には、選ばれなかったと思う人間。居場所がない人間。人生に失敗したと思う人間。誰かを憎む人間。未来を諦めようとしている人間が、必ずいる。
美里が、小さく笑った。
恐竜の鬼たちは、領土を持った。組織を持った。そして今――
思想を、持った。
寿満寺での特別合宿は、終わった。
――次にこの名を聞く時、福江市はまだ、今日と同じ顔をしていられるだろうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて『十彩獣団』第七章「選ばれし名、選びゆく道」、全十六話が完結です。
まずは、第七章の連載を追いかけてくださった読者の皆様へ、心からお礼を申し上げます。
感想、ブックマーク、評価、そして何より、毎回読んでくださる存在そのものが、執筆の大きな支えでした。
本当にありがとうございます。
◆ 第七章で描きたかったこと
この章を書くにあたって、最初に決めていた問いがあります。
「たとえ何かに選ばれていたとしても、最後に自分の人生を選ぶのは誰なのか」
第六章では、「一度選んだ道から、人は選び直せるのか」を描きました。
第七章では、そこからもう一歩踏み込んでいます。
名前も、力も、役割も、過去も、あらかじめ用意されていた。
それでも、それを運命として受け入れなければならないのか。
その答えを探す章でした。
四百年以上前の絵巻に、覇竜十傑の名前が記されていた。
同じように、十彩獣団の霊護獣の名前も記されていた。
読んでいて、「じゃあ、全部決まっていたのか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
でも、あの古文書には、どちらが善でどちらが悪とも書かれていませんでした。
書かれていたのは、可能性だけです。
慎悟が健太に返した「決まってたんじゃないと思う」という言葉は、この章でいちばん大切にした台詞です。
◆ 美里の「第三の進路」について
第七章では、美里の思想が大きく動きました。
これまでは、彼女一人が個人に差し出していた誘惑でした。
それが、覇竜十傑による勧誘、そして十二角魔衆の誕生を経て、社会へ広がり始めます。
美里は「集める必要なんてないわ」と言います。
「そのうち、向こうから来るようになる」とも。
あの場面は、書いていて自分でも少し怖くなりました。
怪物の軍団なら、倒せば終わります。
けれど、「鬼になりたい」と願う人間が増えていく世界では、敵を倒しても戦いは終わりません。
ここで、物語の勝利条件そのものが変わり始めます。
美里の言葉が、一見すると「選ばれなかった者の味方」に聞こえるように書いたのは、意図的です。
彼女は本気で、そう信じています。
だからこそ厄介で、だからこそ、慎悟たちと正面からぶつかる意味があります。
美里は、選ばれなかった者に一つの答えを与えます。
慎悟たちは、答えを一つにしません。
この違いこそが、敵と味方を分ける本当の線だと考えています。
◆ 日常の場面について
第七章の終盤では、高校野球の決勝戦前夜と、合宿最終日の朝を描きました。
戦いの本筋から見れば、少し穏やかすぎる場面だったかもしれません。
ですが、あの日常こそが、美里への最大の反論になっています。
歩美は選手ではありません。
それでも、支える者として確かにそこにいます。
寿蒙の「支える側も、一緒に戦っています」という言葉は、第七章を通して伝えたかったことの一つでした。
選手に選ばれなくても、前線に立てなくても、主役になれなくても、人には別の役割を選ぶことができる。
鬼にならなければ何者にもなれない、というわけではない。
そんな当たり前のことを、物語の中でちゃんと書いておきたかったのです。
◆ 珠と、これから
十二個の珠は、第七章で登場した大きな要素です。
「理」「情」「慈」「静」「誇」「勇」「耐」「希」「澄」「浄」、そして「祈」と「仁」。
あの珠は、単なるパワーアップアイテムではありません。
今のその人を表していると同時に、これから学んでいく心でもあります。
慎悟の「理」は、希望だけでなく現実も見る強さを求めています。
伊織の「浄」は、救いたい気持ちと、戦う責任の両方を背負わせます。
伊織が夢で見た「救えなかった一射」は、これから起こり得る失敗の形です。
布目優を取り戻すという約束は、決して簡単ではありません。
その重さを、慎悟たちはこれから本当に知っていくことになります。
また、名前の掠れた中央の龍。
美奈子の銀珠と、あの龍の気配。
美里が「焔羅」という名に選ばれているという事実。
回収しきれていない謎は、まだ数多く残っています。
気になった方は、ぜひ見守っていただければと思います。
◆ 次の戦いへ
平永寺は陥落しました。
冥嶽十一尊は復活し、覇竜十傑と五天王は強化され、十二角魔衆まで誕生しました。
鬼たちは、闇に隠れる集団から、領土と思想を持つ勢力へと変わりました。
十彩獣団は、そのすべてをまだ知らないまま、高校野球決勝の会場へ向かいます。
寿満寺での特別合宿は終わりました。
けれど、本当の戦いはここからです。
最後の一文に、次の章への思いをすべて込めました。
福江市が、今日と同じ顔をしていられるかどうか。
その答えは、次の章で描いていきます。
◆ おわりに
第七章は、書いている間ずっと、「選ぶとはどういうことか」を考え続けた章でした。
正解のない問いですが、登場人物たちが悩み、迷い、それでも前へ進もうとする姿を描くことで、少しでも読んでくださった方の心に残るものがあれば幸いです。
もし、この物語のどこかの場面が、皆様の背中を少しでも押せたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
次章でも、慎悟たちと一緒に、福江市の夏を駆け抜けていただけたら嬉しいです。
最後に、改めてお礼を申し上げます。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
感想や評価、ブックマークなど、お気軽にいただけると励みになります。
誤字脱字のご指摘も、ありがたく拝見しています。
それでは、また次の章でお会いしましょう。
孔雀丸




