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襤褸と光条

 松山製鋼に在籍する≪ラシェミ≫の搭乗員である樫出省吾(かしいでしょうご)は、絶対の脅威を前に半ば諦めの境地にあった。


 鏡界における脅威とは、基本的に「ジャバウォック」と呼ばれる流動生命体を指す言葉だ。故に松山製鋼に所属する≪ラシェミ≫のパイロットたちは、ジャバウォックへの対策を講じ、常に実行し続けている。

 それでも、死傷者が出ることはある。それ自体は周知徹底している事実であり、彼の部下たちも皆覚悟していた。

 しかし――――同じ人間(・・)に殺されるなど、果たして誰が予想できることだろうか。



「くそったれ……!」



 黒い襤褸(ぼろ)を纏ったかのような外見のロボット。樫出の部下たちを撃墜し、殺めた者の正体はそれだ。

 ジャバウォックの擬態ではないことは確かだ。それに誰が搭乗しているのか、何に所属しているのかまでは不明だが、機体から漏れ出す罵声と嗤笑は、否応なしにそれが「敵」であることを樫出たちに訴えかけていた。



『隊長ォ! このままでは……!』

「分かっている!」



 恐慌状態に陥った部下が、樫出に指示を求めている。隊長としてその責務を負わねばという思いはあるが、それは難しいというのが正直なところである。

 相手の「襤褸(ぼろ)」は、鏡界調査を旨とする≪ラシェミ≫と異なり対ロボットを視野に入れた装備を所持している。ガトリング砲やマイクロミサイル、熱を用いて焼き切ることを目的としたヒートブレード……火炎放射器以外の装備を有していない≪ラシェミ≫にとっては、悪夢のような相手だ。

 どうあっても、真正面からでは勝てない。それが樫出の出した結論だった。



「……応援に応じてくれればいいのだがな……!」



 以前、松山輝の存在を最初に視認したのは樫出であった。ジャバウォックを感知するセンサーが輝に対して強く反応したことで、咄嗟の判断で攻撃を仕掛けてしまったのだが――今になって、樫出はその時のことを後悔した。

 もし輝が来ないとなっても、それは恐らく自業自得だろう。そもそも、樫出は輝に攻撃を加えた事実を本人に明かしてはいないが、だとしても事実は変わらない。ここで死んだとしても自業自得だな、と樫出は軽く自嘲した。


 至極つまらなさそうに、「襤褸(ぼろ)」が≪ラシェミ≫の残骸を見下ろすように滞空している。

 松山製鋼の側には、単独で人型機動兵器を空に飛ばす技術は無い。鏡界の技術でそれを為すことができないとは言い切れないが、未だ実験段階の域を出ていないというのが実情だ。何にせよ、既に制空権は奪われている。元軍人の樫出は、その絶望的な状況をよく理解していた。



「お前は退け!」

『なっ!? しかし……』

「いいから退け! 我々では勝てん!」



 それは純然たる事実だ。勝ち目は無く、この場にいる者は皆殺しにされる。

 そうなる前に、自分を除いた唯一の生き残りである部下を元の世界に戻さねばならない。それが隊長としての樫出の義務だった。



『クハッ』

「ッ――動く! 急……」

『はっ……え?』

「!?」



 ――――その指示を出した瞬間、樫出の背後にいたはずの部下の≪ラシェミ≫は、搭乗員ごと縦に両断されていた。



『たいちょ』

「朝倉ァァァァァァァァァッ!!」



 直後、≪ラシェミ≫の内部ジェネレーターが熱によって崩壊し、爆発した。

 その背後に、やはり「襤褸(ぼろ)」はいた。オイル塗れのその姿は、樫出が想像しうる「悪魔」のそれと何ら相違ないほどに禍々しい。



『ケェハハハハハハハハハッ!! ヒャハッ、ハハハッ! ケハハハハハハハァッ!! オイオイオイオイオイオイ逃げんなよォなァオイ! うごく! いそげ! なぁぁぁぁんてさぁ! 健気だぁねえ!! ゲハハハハ!!』



 通信機を伝って、嗤笑が響く。

 それは先程から数度に渡って繰り返された、悪魔の笑いだ。それが響く度に樫出の部下は死に、やがて、樫出は一人となった。


 ――――術理が、解明()えない。


 それは恐らく、この世界にとっては普遍的な。あちらの世界にとっては異端の技術。


 即ち、異能。


 松山輝が有し、ジャバウォックが有し、こちらの世界に「落ちてくる」ものが有する、奇跡の(わざ)

 それが、これほどのものであるとは。


 樫出は戦慄する。どれほど注視していてもなお視認すらできないその速度に。

 樫出は戦慄する。それを己がものとして使いこなし、殺戮を嬉々として行う異常者に。



『そろそろテメェも死ぬかァ!?』

「ッ――――」



 声と共に、「襤褸(ぼろ)」の姿が掻き消えた。

 その刹那、樫出は全力をもって地を蹴る。

 そして。



『あぁ?』



 ――――≪ラシェミ≫の左腕が、割断される。

 しかし、「襤褸(ぼろ)」に乗る男はその感触に納得がいかなかったらしい。一つ二つ、首を傾げるように機体が傾く。



「……やはり、獣か」



 背後から接近して唐竹割。それが、「襤褸(ぼろ)」が用いた戦術だ。

 術理は理解できない。しかし、行動パターンを読むことはできる。少なくとも急所を外す程度のことは、樫出にもできた。



「ぬおおおおっ!!」

『おがっ!?』



 その意識の虚を突いて、文字通りの鉄拳が「襤褸(ぼろ)」の腹部、コクピットが存在するであろう部位に突き刺さった。

 通信機から苦悶の声が漏れる。手ごたえを確信した樫出は、しかしこれ以上の攻撃は――そして、生存は難しいと理解した。この攻撃で死なないであれば、最早打つ手は無い。二度目の攻撃で、自分も部下のように散ることになるだろうと。



『テメェェェェェ!! この……下等生物の分際でェェェッ!!』



 無念と怒りを抱えながら、しかし樫出に打つ手は無い。このまま怒りに身を任せた「襤褸(ぼろ)」のパイロットに殺されることだろう。

 やるせない思いを抱きながらも仕方のないことと断じて、彼は衝撃が訪れるのを待った。


 ――――そして、その思いを掻き消すようにして、一条の光が「襤褸(ぼろ)」の胸部を貫いた。



「なっ!?」

『なん……だァァァッ!?』



 あらゆる意味で、想定外の事態だった。

 樫出にとっても、「襤褸(ぼろ)」に乗る男にとっても――「襤褸(ぼろ)」のコクピットを掠めてなお減衰することなく突き進むその一撃は、誰一人として想定が及ばなかったのだ。

 数秒もしないうちに、訪れる影がある。通常のものを遥かに超えた速度を有する、青と銀で彩られた≪ラシェミ≫である。



『――――無事ですか!?』



 それは、彼が待ち望んでいた人物の声だった。

 女性とも取れるような、しかし少年的でもあるような高音の声。樫出は以前確かにそれを聞いている。


 松山輝。本来、助ける義理など無いはずのその人物が、≪ラシェミ≫を駆って樫出たちのいる戦場へと向かっていた。



「まさか、こんなことが……」



 助けを求めたことは確かだ。しかし、よもや本気で助けに来るなどと。



『ごめんなさい、間に合わなかったし、仕留めきれなかった……!』

『のう輝や、儂は駆動部を狙うと聞いておったはずなんじゃが?』

『あ、うん。容赦なんかしてたらこっちが死んじゃうかなって思って』



 可愛い顔をしていてえげつないことをサラッとしでかす。その様子に思わず樫出は背筋を冷やした。



『それよりも! 状況はどうなっておる!?』

「どうもこうも、ヤツの襲撃で我々の部隊は壊滅……俺以外の面子は皆死んだ……!」

『っ……』

『この場は儂らが何とかする。貴様は逃げい!』

「了解した。救援に感謝する……!」



 情けないと思いながらも、樫出がそれを拒むことは無かった。

 状況が理解できないほどに愚鈍ではない。自分自身の手で部下たちの敵を討つことができればそれが最も望ましいが、現実的な話ではないことも確かだった。

 ならば、この状況で自分にできることは、ここまでに得た情報を二人に流すことだけだ。逃げ出しながらも、コンソールに情報を入力して輝たちのもとへと送信する。


 ――――勝利の可能性を、より高めるために。

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