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ヒガンバナ  作者: douce et amere
第1章―怪異の章
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空燃ゆの縁


化野市(あだしのし)は北には緑生い茂る山や田といった自然が残り、中央部は比較的栄え繁華街など活気に溢れている、南にも多く自然が残り化野市の7分の1を占める氷純湖(ひずみこ)がある。そしてその湖に注ぐ一本の貴説川(たかときがわ)が化野市を縦断するように北から流れていた。

化野北高校に通う2年生の湖上辰巳(こじょうたつみ)は、貴説川に架かる赤く塗装された橋を渡っていた。川岸に立ち並ぶ桜も花びらがすっかりと散り、葉桜になっている。辰巳はそれを目の端に捉えながら学校に向かっていた。2年生となりクラス替えから1ヶ月ほどたったが、いまだにクラス全員の名前と顔が一致しない。今日こそは少しでも覚えようと意気込んでいると、後ろから肩をポンと叩かれた。


「おっはよ、辰巳!」

「あぁ・・・おはよ、卯兎」


声をかけたのは小学校からの幼馴染である清水卯兎(しみずうと)。彼は神社の息子で黒いふわふわした髪、目は飴玉のようにくりくりと大きく可愛らしい顔立ちであるのだが、中身が伴っていない。もう一度言う、彼は中身が伴わない顔面美少女である。女顔だと馬鹿にした奴には胸倉掴んで脅しをかけるは、女だと勘違いして迫ってくる奴には鳩尾に一発食らわせて相手をのしてしまうは…中身は猛禽類のように鋭い男である。


「そういや、お前さ・・・昨日腹減ってた俺にいかにも手作りっていうクッキー分けてくれたよな。なんで俺にあげちゃうんだよ!女の子から貰ったやつだったって聞いたぞ!?俺知らなかったとはいえ食っちまったじゃねぇかぁ!!」

「…え、だめだった?いっぱい作りすぎたからあげるって言われたんだけど・・・」

「ほんと鈍いなお前」


一方辰巳は髪が全体的に長く、片方の襟足は肩まで届いている。明るい栗色の髪は、太陽の光に照らされると透けるように輝き、耳につけている露草色のピアスが風に浚われた髪の間にちらちらと覗く。本人は鈍感で気づいていないが、常に無口で窓の外を見て教室で過ごす彼は女子の間ではミステリアスな魅力がいいとイケメン認定されている。

そんな彼らはたわいもない会話をしながら学校への道を歩いていた。歩道の横の道を軽トラックが走る。二人とも真面目であるため、時間に余裕をもって家を出ていた。橋を渡った先には山に続く細い道があり、自分たちが歩く歩道側には田んぼや畑があって、歩道と田んぼ道の間には桜の木が植えられ並木となっていた。もちろんすっかり花は散っているため、緑の葉が生い茂り木漏れ日がきらきらと歩道を照らしている。そんな木の根元の影でちょろちょろと何かが動いているのに辰巳が気づいた。


「?」


じっと何かが動いたあたりを見ていると、今度ははっきりその姿が木の陰から現れる。

手のひらに乗るぐらい小さな真っ白いお団子が、紺の着物を着ていた。頭の部分がお団子のようにもちもちしていそうで小さなうさ耳も生えている。黒い点を三つつけたような顔があって、そいつはきゅうっとしかめた表情で、紺の着物のそでをぶんぶん振ってこちらにアピールしてきた。何かこちらを呼んでいるようだが、手のひらぐらいの大きさではこちらまで距離がありすぎて声が届いていない。


「…あの」

「だめだぞ。妖に関わってたら学校に遅れるからな。」


そう、辰巳と卯兎の二人には普通の人間にはない力がある。辰巳は生まれつき、卯兎は神社の家系だからなのか、二人は小さな頃から妖や霊が見えていた。それはいくら普通でなかろうと、もう二人にとっての日常である。そんな日常を過ごしてきたからか、妖も霊も悪しきものばかりではないということを二人は経験から知っていた。今回二人に手を振っている小さな妖も可愛いだけで、害はなさそうである。見た目だけで判断してはいけないのだが、辰巳はそれが顕著だった。困っている妖を見れば助けようと力を貸し、霊と普通の人間との区別がつかず、道連れにしようとする霊に好かれたこともある。危なっかしい辰巳を支えているのが卯兎だった。今回も妖に話しかけようとする辰巳の腕を掴んでそれを止める。団子みたいな顔の小妖怪が悪しきものでなかろうと、関わってしまえばその小妖怪の欲することを解決するまで付きまとわれるだろうと卯兎は考えていた。今は学業が優先である。


「放課後、まだいたら話聞いてやろうぜ」

「…わかった」





辰巳は昼休みお弁当を卯兎と共に食べた後、ぼんやりと窓の外を眺めていた。青い空に羊のような雲が何頭もゆっくりと流れていく。今、卯兎は女の先輩から呼び出しを食らっている。ぼおぉっとしながら思い出していたのは今朝の小妖怪だった。


(…なんか伝えたいことがあったんだろうか…)


そのままぼんやりとしていたら暖かい陽気に誘われ、瞼がどんどん重くなってきた。目をしぱしぱと開閉してみても、どんどんまどろみに落ちていく。ぐたぁっと完全に机に頭を突っ伏したとき、自分の頭を何かがぺちぺちと叩く音がした。


「ん、んんぅ?」


のそのそと目をこすりながら顔を上げた辰巳の目線の先にいたのは今朝の小妖怪だった。そいつは机の上に乗っていて、顔を上げた辰巳を覗き込んでいる。


「―っ、うわっ!?」

「どうした湖上?」


驚きのあまり突然声を上げた辰巳を心配してクラスメイトが声をかけてくる。もちろん彼に小妖怪は見えていない。


「なっ、なんでもない…っ」


あわてて辰巳は首をぶんぶんと振った。その間にも小妖怪は辰巳の手をぺちぺちとたたいている。何か話したそうだが、さすがに教室で誰もいない空間に向かっておしゃべりをするわけにはいかない。辰巳は小妖怪の体をそっと持ち上げると、手のひらでそっと支え教室を飛び出した。


「俺っ、ちょ、ちょっとトイレ!!!」

「お、おう…」


挙動不審な辰巳の様子に心配していたクラスメイトだったが、あわただしく教室を駆け出していった辰巳の様子に冷静に突っ込む。


「…別に言わなくても…な」





駆け出していった辰巳が行き着いたのは屋上への階段だった。普段立ち入り禁止であるため、KEEP OUTの文字が書かれたテープが行く手を阻んでいたが、結局形だけのものである。辰巳は小妖怪を落とさないよう両手でお椀のように支えながら、テープを掻い潜って屋上のドアを開けた。屋上に出てすぐ、その場に座る。


「えっと…俺に何か用?」

『わたしの名は蜜藻(みつも)だぞ、人間!』

「あ…、うん。蜜藻、俺は辰巳。何か俺に話したいことがあるのか?」


辰巳は手の平に載せた蜜藻と目線を合わせて会話ができるよう、手を目の高さまであげた。蜜藻は、えっへんといった感じで胸をそらし名乗る。その声は高く、まるで幼い子どものような話し方だった。


『わたしはずっと隠世(かくりよ)に暮らしてたのだ!だがこの前小さなにじみを見つけてな、ちょっとぐらいならいいかと現世(うつしよ)に出てきたのだ!』

「かくり…よ?うつしよ…って?」

『浅学だな人間。お前たち人間の住む世界が現世、わたしたち妖が住むのが隠世だ!現世で暮らす妖もいるみたいだがな!』

「そう…なんだ。君たちには君たちの世界があるんだな。」

『そうだぞ!恐れ入ったか人間!』

「はは」


再びえっへんと胸をそらす蜜藻に、辰巳は笑いかけると、群青から明るい青色へ濃淡に彩られる空を見上げた。雲が流れては山の向こうに消えていく。


(妖たちの世界…か、行って、みたいな…)


またぼぉっとしていたようで、話を聞いてほしい蜜藻がぺちぺちと辰巳の頬を叩いた。


『頼みがあって、お前について来たのだ、人間!』

「たのみ…?」

『うむ!わたしは現世を知らぬ、故にわたしに、現世の美しき景色を見せてくれ!!!』


蜜藻はすがるように、自分がちょこんと座っている辰巳の指にしがみついた。





「くっそ、なんだあの先輩…『あなたが可愛いから私が目立たないじゃない!』っなんて知るか!!俺だって好きで女顔に生まれたわけじゃねぇよぉ!!!」


卯兎は憤慨しながら廊下を歩いていた。告白を振ったらそんな理不尽なことを言ってくる先輩をなんとか撒いてきたばかりでへとへとである。

ガララララ

と教室のドアを開ける。ふと自分の幼馴染の席に目をやったが辰巳はいなかった。いつもはご飯の後寝てるはずなのに…と疑問に思う。すると突然後ろからクラスメイトに羽交い絞めにされた。


「っおい!なにすんだこら!」

「やぁ、モッテモテの卯兎ちゃ~ん」

「俺らにもモテ運わけてくれよ~」

「知るか!自分を磨けよ!」


2人の男子に肩を組まれる。告白された後にクラスの男子にからまれるのは毎回のことで、卯兎はうんざりする。だが相手は悪気があってかまってくるわけではないので本気で抵抗はしなかった。それでもやはりうんざりする。


「やっぱあれか~、家柄か!俺、神社の息子になって神剣で妖怪ぎったんばったんに倒す!!そしたらモテんじゃね!」

「どこの厨二設定だよ」

「『俺は安部清明の子孫だ!!』」

「俺んち陰陽師じゃねぇよ」

「さっすが、卯兎!ナイスツッコミぃっ!!」


だはははっと笑った二人は未だに卯兎と肩を組んだままである。身長165cmの卯兎は他の二人と比べると小さく、なかばぶら下がっている状態だ。


「そういや妖怪っていえばさぁ…」


あほな会話を見守っていた他のクラスメイトが口を挟む。


「こわ~い噂、聞いたことあるぜ」


なになに~都市伝説?と卯兎と肩を組んでいた奴らが興味津々で乗り出す。


「あくまで噂だけどな。繁華街の路地のあちこちで血の水溜りがあるんだって。でも死体も何もねぇの」

「なんだそれこっわ」

「ただの喧嘩じゃねぇの~」


クラスメイトがふざけている中で卯兎は少し思案するように口元を手で隠した。


(…血の水溜りはあっても死体はない…。人間を食うような妖でもいるのか?)


もう少しその噂の情報が欲しかったが、チャイムが鳴り、5時間目の科目の先生が教室に入ってきたため、みんな一斉に着席し出した。「すいません、遅れました!」とあわてた様子で辰巳も教室に駆け込んでくる。真面目な辰巳がぎりぎりまで教室に帰ってこないなんて珍しい…と卯兎は疑問に思ったが、先生が開ける教科書のページを話し始めたため、授業に集中することにした。





授業がすべて終わり、辰巳と卯兎は家路に着いていた。日は傾きかけているが、まだ空は青い。帰り道の途中、卯兎はずっと疑問に思っていることがあった。隣を歩く辰巳がずっと手の平の何かを隠すように包み込んでいるのだ。


「…おい辰巳」

「…っ、何?」

「お前なんか…俺に隠してねぇか?」

「ななな、なんのこと???」


辰巳は平然を装うとしているが、もともと嘘をつくのが苦手な男である。冷や汗たらたらで目はまったく卯兎を見ていない。声も動揺しているのか震えて、体までも連動するようにぷるぷると震えていた。体全体で「はい、何か隠してます!」と言っているようなものである。


「た~つ~み~???」

「え…と…」


辰巳は観念したようで、そろ…と包んでいた手のひらを開いた。途端にばあっ!っと紺の着物の袖を広げて蜜藻が手のひらから飛び出してくる。


『やぁ人間2号!わたしは蜜藻だ!!』

「……やっぱり」


卯兎は呆れたように頭を抱えた。


「み、蜜藻は悪い奴じゃないんだ!」

「まぁ、低級の妖っぽいし、害がないのはわかる…が、ほんとにお前危機感持てよ?まさかまた名前名乗ったりしてねぇよな…?」

「…あ」

『案ずるな人間2号!わたしの目的は、そんな野蛮なことではないぞ!まぁ、わたしも人間1号が自分から名乗ったときは、ちょろい奴だとは思ったがな!』

「あう…」


辰巳はしょぼんと肩を落とす。その衝撃で手元が揺れ、蜜藻はあわあわと指にしがみついていた。妖や神に関わる場合は決して真名を明かしてはいけない。神隠しにあったり、取り込まれてしまうのだ。卯兎ははぁぁっと長いため息をついたが、辰巳の肩を軽くぽんとたたく。その衝撃でまた手元が揺れ、蜜藻はあわあわしていた。


「ま、こいつは大丈夫そうだし、今度からは気をつけてくれよな。」

「わかった」

「で、蜜藻…だったか?あんたの目的は何なんだ?」

「手伝ってくれるのか、卯兎」

「お前一人じゃ今日だけじゃ足りなくて、明日学校休みそうだしな!手伝ってやるよ!」


卯兎の言葉に辰巳は嬉しそうに笑った。よかったな、と手の上の蜜藻にほおずりまでしている。蜜藻も嬉しそうに辰巳の頬を撫でてから、さきほどの卯兎の質問に答えた。


『人間1号には話したのだがな、わたしはこの世界の美しき世界が見たいのだ!見せてくれるか?人間2号よ??』


蜜藻は期待のまなざしで辰巳の手の上でぴょんぴょんとはねている。頭についているうさ耳のようなものがそれに合わせてゆらゆら揺れた。


「なんだ。そんぐらいのことだったのか。いいぜ、俺たちのとっておきを見せてやるよ!いくぞ、辰巳!」

「あ!あそこか!間に合わなくなっちゃうな、急ごう!!」


辰巳は蜜藻を落とさないよう胸に抱えると、先に走り出した卯兎の後を追って駆け出した。





「はぁ、っ、は」

「ふぃ~、最高新記録じゃねぇか」


息を整えている二人をよそに、蜜藻はぴょこっと辰巳の胸と手のひらの間から顔を出す。


『大丈夫か?ふたりとも??』

「ふぅ…あぁ」

「おう、ちょうどの時間帯みたいだしな!」

『?』


卯兎の意味ありげな言葉に蜜藻は頭にはてなを飛ばす。辰巳と卯兎が走り抜けて辿り着いたのは、卯兎の家が管理する豊慈神社(ほうじじんじゃ)へと続く長い石段だった。両側に木が生い茂る石段の先には赤い鳥居が見える。木の緑と鳥居の赤のコントラストが美しかった。豊慈神社は山の中腹に建てられていて、高いところにある。2人と辰巳の肩に乗せてもらった一匹は、ゆっくりと石段を上がっていった。自然豊かで高層の建物がないこの地域ではこの神社が一番高い位置にあり、美しき自然を有するこの町を見渡すことができる。だから2人は蜜藻をここに連れてきたのだ。しかし、この時間帯はその美しき景色がよりいっそう壮大なものとなる。石段をあがっていく最中、石段に反射する光、木の間の光は橙色に淡く輝き、鬱蒼とした木の奥の森は影をより濃くしていた。もうすぐで辿り着く真っ赤な鳥居にも橙色の光が注ぎ、黄金色にも見えてくる。


「っしゃ!着いたっと!」

「はぁ、到着!」


2人一緒に最上段に足を着く。太陽の橙色の光を背にしているお互いは影で暗くなっていた。降り注ぐ橙色の光も、赤さを増している。


「良い頃合だな!」

「じゃあ、振り向くよ蜜藻」

『うむ!』


「「これが俺たちのとっておきの美しい景色だ!」」


ぱあぁあああああああ

振り向いたとたん痛いくらいに目にいっぱいの光が溢れてきた。大きく燃えるような太陽が煌々と町を、田を、森を、川を照らしている。そしてその先に栄えた町や、その奥にある氷純湖もきらきらと水面が光り輝いているのが小さく見えている。そのすべてが黄金の光に包まれていた。蜜藻は小さな目をいっぱいに見開いて、その光景をじっと見つめていた。するとその目がうるうると潤みはじめる。それも太陽の神々しい光に反射して宝石のように輝いていた。


『現世は…きれいだな』


蜜藻がぽつりと呟いた言葉に辰巳と卯兎も顔を綻ばせる。

2人と1匹は日が完全に落ちるまでその光景に魅入っていた…。


挿絵(By みてみん)




群青があたりを包み、どんどん漆黒へと移り変わっていく。蜜藻はぴょんとしゃがんだ辰巳の肩から下りた。


『ありがとうな!』

「おう!」

「あぁ」


蜜藻がしゅばっと手をのばす。2人はその意図を理解して指先をそっと差し出した。その指にぎゅうぅぅっと抱きつく蜜藻。


『ほんとに良いものを見せてもらった!感謝する…友よ』


最後にそう言い残すと蜜藻はてててっとあたりを包む闇の中に消えていった。


「友だって」

「人間1号、人間2号から格上げだな」

「卯兎…」

「ん??」

「俺は妖だって信じるよ。人間と同じように」

「…そういうと思ったよ」


卯兎はふっと笑い、さぁ帰るか!と辰巳の背中を押した。闇夜に混じって家々の美味しそうなご飯の匂いがしてくる。家族の団欒の笑い声も聞こえてくる。


(蜜藻が言ってた隠世も行ってみたいけど、現世だってすばらしいところだ)


辰巳は燃えるような黄金色の景色の果てに見た湖の美しさを思い出していた。







To be continue


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