悲鳴
あの不思議な悲鳴を聞いてから数日経った。
その後は特に何事もなく、何回か依頼を受けて森に行ったりもしているけれど、何も変わった様子はない。
……あれは何だったんだろうね、本当に。
まぁ何はともあれ、今日も依頼を受けるためにギルドまでやって来ました!
「今日は何の依頼を受けようか」
「……そろそろ戦いにも慣れてきたし、コボルトの依頼を受けてみるのはどうだ?」
コボルトかぁ。サミさんたちの話によると、群れで行動するんだっけ?群れってことは連携してくるだろうから、パーティーでの戦いの練習にぴったりだよね!……いや、魔物相手なんだから練習じゃないけど。
「うん、そうだね、リツ。パーティーの連携を強化したいし、コボルトに挑戦してみようか。受付に行ってくるね」
「じゃあここで待ってるね!」
受付に依頼を受けに行くリンを見送り、律とナナと一緒に雑談しながら待っていると、背後からふと気になる会話が聞こえてきた。
「なぁ、聞いたか?噂なんだけどよ、最近近くの森で幽霊が出るらしいぜ!」
「はぁ?幽霊?何言ってんだよお前、正気か?」
「正気に決まってんだろ?!」
私たちのすぐそばを通りすぎていく二人の男の冒険者たちの会話が少し気になって、聞き耳をたててみる。
だって、森での不思議な噂なんて……しかも幽霊なんて気になるよね?今からその森に行くんだし。
正気を疑われた男がもう一人の男をキッと睨み付けてから、ため息をついて話し始めた。
「……はぁ。なんか最近よくあの森で若い女の悲鳴が聞こえるんだとよ。そこまではまぁ大したことじゃないんだが、悲鳴が聞こえた方に駆け付けても何にもないらしいぜ。戦闘の痕跡も、悲鳴を出したヤツも、誰かがいた痕跡さえ、何も」
「……なんだそれ?」
「さぁな。で、あまりにも何もないから『幽霊が現れた』って噂になってんだよ」
その後も何やら話しながら冒険者たちは去っていったけど、私は彼らが話していた『噂』に身に覚えがありすぎて混乱し、その後の話は全く耳に入ってこなかった。
俯いて何も言わなくなった私を見て、律とナナが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「……柚華?どうした?」
「ユズカー?大丈夫ー?」
私は混乱しながらも、ひとつの確信をもって顔を上げ、律とナナに視線を合わせる。そして、さっき聞いた噂によって得たひとつの確信について話そうと口を開く。
「律、ナナ!やっぱりこの間森で聞いた悲鳴は、勘違いじゃなかったかも!」
「……何でいきなりそうなるの?」
ナナがこてんと首をかしげながら私に問いかける。
どうやら二人は話に夢中になって冒険者たちの話は耳に入っていなかったようなので、私がさっき聞いた話を二人に伝える。
「今すれ違っていった冒険者の人たちが噂してたんだよ!『幽霊が現れた』って言ってた。最近森で奇妙な悲鳴が聞こえて、そこに行っても何もないんだって。これって、私たちが聞いたのと多分同じだよね?」
すると、律が少し考えるように顎に手を当て、ナナは『幽霊?!何それ、面白そう~~!』と瞳をキラキラさせた。
ナナってそういうの平気なタイプなんだね?
私はお化け屋敷とかの作り物は全然平気だけど、廃墟とか心霊スポットとか本物が出そうなところはちょっと無理かな……。
なんて私の思考が明後日の方向になっていると、律が眉をひそめながら口を開いた。
「『幽霊』ねぇ……。叫び声をあげて消えるだけなら害はないけど、気になるな」
「だよね!何か気になるし、今日森に行ってもしまた悲鳴を聞いたら、今度はもっと真剣に追ってみよう!」
「うん、そうだね。もし悲鳴が聞こえたら、ユズカとリツはそっちを全力で追っていいよ。僕とナナで依頼はやっておくから」
「っ……い、いいの?」
律とナナに向かって話していたため、受付から戻ってくるリンの姿が見えなかった私は、背後からいきなりリンの声がして本気でびっくりした。それに気づいたのは律だけだったけど。
……肩、震えてるよ、律。そんなに笑いたいならいっそ思いっきり笑ってくれればいいのに!
「もちろん!全員で追いかけたらもしも何かあったときの連絡係がいなくなっちゃうし、かといって一人だけお留守番は危ないから、名残惜しいけど『幽霊』の件はユズカとリツに任せるよ!」
「そうそう。それに、ユズカとリツの二人で行く方がスピードも早いでしょう?僕たちはその間に腕を磨いて、今度はついていくからね」
そう言ってニヤリと笑うリンに、私たちは笑ってしまった。
今回だって別についてきてくれて良いのに、と思うけど、まだ戦闘中の魔法の扱いに自信が持ちきれないらしい。
私もまだ水以外の魔法は手足のように、とまで使いこなせてはいないから、気持ちは分かる。
その状態でひとつでも自由自在に操れる属性を持つ私たちについていくのは危険だし足手まといになる、と判断したみたいだ。
そこまで言われると無理に誘うわけにもいかないよね。
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さて、ギルドを出た私たちはその足で森までやって来た。
とりあえず『幽霊』に関しては悲鳴が聞こえないことには何も出来ないので、採集の依頼を進めながらコボルトを探す。
しばらくそうして採集し、ふと顔を上げると、周りの景色に何か違和感を感じた。
何だろう……別にさっきと変わらないのに…?
…あれ、今あそこの草、変な揺れ方したような……あー、なるほど。
「律、リン、ナナ。何かに囲まれてるよね?」
「うん。多分何かの群れだね!」
「ああ。今魔法で探索してみたら、コボルトの群れだった。連携の練習だし、一人だけ突っ走るなよ、柚華」
「ひどっ?!そんなことしないよ!もう!」
私が律に文句を言ったのと同時に、「ガァッ」と雄叫びをあげながらコボルトが木陰から飛び出してきた。
……10匹以上はいるみたいだね。
私の方へ前から2匹ほど走ってきたと思ったら、その2匹と接触する前に後ろから2匹が飛びかかってこようとしたので、振り向き様に剣を横に一閃する。
そして振り向くと、前から私の方に迫って来ていた2匹は、横にいた律が倒してくれていた。
「ありがと、律!」
「どういたしまして」
短くお礼を言い、次々に襲いかかってくるコボルトたちを冷気を纏わせた剣で一掃し、リンとナナも、お互いをフォローしながら倒していく。
……私たちは二組とも双子だから、やっぱり四人で連携するより双子同士で連携する方が息が合っててやりやすい。
基本は双子同士のペアで戦って、片方のペアが危なそうだったらもう片方のペアが助けに入って……って感じの連携が一番私たちの良さが活かせそうだね。
そして、あと数匹で全滅する、というところで、待っていたものが聞こえてきた。
『きゃああぁぁ!!』
「!……悲鳴!」
「リツ、ユズカ、行って!あと数匹だし、コボルトは僕たちに任せて!」
「分かった!」
闇魔法でコボルトを拘束しながら振り向いたリンの言葉に従って私たちは悲鳴が聞こえた方へ走り出す。
身体強化の魔法がかかっているので、大して苦労することもなく木々の間をすり抜けながら全速力で悲鳴が聞こえた方へ向かった。
到着して、きょろきょろと何かいないか探しながら律に話しかける。
「確かこの辺りから聞こえたよね、律?」
「あぁ。俺が魔法でここの周りを探索するから、柚華は何か痕跡が残ってないか鑑定してくれ」
「分かった!」
律に言われた通り、鑑定を使いながら周りを見回す。
でも、やっぱり気になるところはない。
何でだろう……足跡はないし、やっぱり戦闘の跡もないし、まさか本当に幽霊とか……?!
(リト、何か感じる?)
『…うーん…確かに足跡とかはないけど、ここにいただろうものの魔力はかすかに残ってるよ。ユズカなら感じ取れるはずだ』
(あ、そっか、魔力か!やってみる!)
意識を集中させて、木や草花以外の魔力を探ってみる。
……ん、これかな?
いくつかあった魔力の残り香の中で、一番強く残っているものが森の奥へ続いているのを見つけた。
そちらに視線を向けると同時に、律が戻ってくる。
「ダメだ、この辺りには動物や魔物が多くて探索の魔法じゃどれが原因なのか分からない」
「律、一応ここにいた魔物?の魔力は探知できたよ!それが原因かどうかは分からないけど、追ってみよう!」
「そうか。なら、案内してくれ」
「りょーかい!」
返事をしてから、魔力を追って走り出す。
走っていくと、だんだん魔力の気配が強くなっていくので、恐らく近づいてはいると思う。
何があるか分からないので、私たちはあまり音を出さないように気を配りながら走り、会話もしないで進んでいた。
すると、またしても悲鳴が聞こえてきた。
「律、今向こうから悲鳴が聞こえたよね?!」
「あぁ、俺たちの進行方向だな。ってことは、柚華が見つけた魔力はビンゴってことだ」
「ふふん、褒めても良いんだよ律!」
「さすが柚華、まさかいきなり本命を一本釣りするなんて思わなかった」
「…むー…なーんか変な意味で感心されてる気がするー!……まぁいっか。それより、スピードあげるよ、律!」
「了解」
そう言うや否や、私たちは走るスピードをあげて全速力になる。
これを逃したら次も見つけられるとは限らないし、また探すのは手間がかかるし、今追い付くのが一番いいからね。
しかし…こんなに走ってるのにぜんっぜん息が切れないし疲れないのって、シェリの祝福でステータスがプラス1000になってたからなのかな?
なんて考えながら追っていると、魔力の気配がさらに強くなってきた。
多分もうかなり近い。
そう思い、スピードを緩めて周りを注意深く見ると、何かが結構なスピードで飛んでいくのが見えた。
「柚華、あれじゃないのか?」
「あ、私たちが追ってきた魔力と同じだ!…って、わぁっ?!」
「ちっ、こんなときに…!」
『ガァァァァァァ!!』
一瞬見えたその影は、いきなり飛び出してきた熊のような魔物によって遮られ、見えなくなってしまった。
もー、あともう少しだったのに!
不満をぶつけるように目の前の魔物を睨み上げると、私めがけて攻撃を仕掛けてきた。
避けたけど、攻撃が当たった地面が抉れてる。
……かなり強そうだけど、ここで倒さないと逃げても追ってきそうだし、倒すしかないね!
「律、倒そう!」
「あぁ、この魔物はシルバーベアだと思う!グレートベアの上位種で、Bランクだ!魔法を使ってくるから油断するなよ!」
「分かった!」
律に返事をして、即座に左手に氷剣を創り出しながらシルバーベアに向かって走る。
魔法を使う魔物は強いってリトが前に言ってたはずだから、油断は絶対にできない。
シルバーベアが攻撃しようと腕をあげて降り下ろしてきたので、それをひょいと避けてその攻撃の隙をつき、がら空きになっている腕の隙間から背後に回り込む。
シルバーベアが振り向く前に律が正面から攻撃を仕掛け、私の方に意識を向けきれなくしてくれている間に、私が首を狙って氷剣から大きな氷塊を飛ばした。
どうやって魔法を使うのかを見たくて様子見で放ったその攻撃は、一瞬振り向いたシルバーベアの魔法によって簡単に相殺され、氷塊は砕けてしまった。
うーん、この攻撃じゃ足止め程度にしかならないか……多分魔力に任せて連撃すればこの方法でも勝てるとは思うけど、それじゃ効率が悪すぎる。
下からの攻撃だと頭に届くまでに時間がかかってしまうため、不利だと判断した私は、近くの木に足をかけ、力を込めてジャンプする。
身体強化のかかった体は、一度のジャンプできちんと上の方の枝まで跳び、落ちることもなくしっかりと着地してくれた。
……ふむ、初めてやったけど意外と出来るもんだね。
けど何だろう、この……即座に謝りたくなるような背筋の寒気は。
……律は今の見えてないはずなんだけど……。
(……いや、今は戦闘中なんだから無視無視!それより……うん、ここからならシルバーベアの頭を剣でも魔法でも直接狙えそうだね!)
でも、ただ魔法を放てばさっきのように相殺されるだろうし、私が単身落ちていって直接狙うにしても魔法で何かされるだろう。
なら、落ちる私を見えなくすれば良い。
そう考えて、立っている枝からシルバーベアの頭に向かって勢いをつけて飛び降りる。
飛び降りる瞬間に、後ろの私が見えないように大きな氷塊を一つと氷の矢を十本ほど放った。
魔法は予想通り相殺されて氷塊が砕け、私の方へ飛んできた氷塊の欠片を足場にして軽く上に跳び、シルバーベアの後ろ姿が目の前に見えたと同時に、剣を横凪ぎに振る。
「はぁっ!……っ?!」
その瞬間、私が剣で切ったところから瘴気のような禍々しいもやが吹き出し、私は避けきれずにそれを吸い込んでしまった。
すると、急に意識が朦朧とし始め、力を失った私の体はそのまま地面へ落ちていった。
双子は双子同士が一番息が合いますよね。
四人での連携も考えたんですけど、なんかしっくり来なくてやめました。
そして、いきなり木の枝にひとっとびなんていう怖いことを平気でやる柚華。
見ている方はひやひやですね。
意識を失ったまま落ちていきましたが、柚華は大丈夫でしょうか。
次は悲鳴の正体です。




