ニヤつく国王陛下と、まだ気づかない穏やかな時間
短めです
「ねぇねぇ、ロドリゲス商会の会長に告られて拒否ったんだって?」
「…………………」
目の前でこの国の国王陛下シリウスがニマニマ笑う。
住居館の一階廊下…ラナは掃き掃除をしながら、目の前の国王を見つめていた。
「…………どうやって住居館に…?」
あの《地獄回廊》を普通の国王が渡って来たのだろうか。
「前にも言ったと思うんだけど…ユリウス特製の転移魔法の魔法道具だよ」
シリウスはそう言うと懐から金色の鍵のようなものを取り出す。
扉の鍵穴に突き刺せば、指定してあった場所に行ける仕組みになっているのだと。
「……というか…何故ご存知で…」
「ふふふ〜僕の情報網をなめちゃダメだよ?」
「………………」
ラナは少し怖いなぁ…と思う。
しかし、詳しく知りたいと思うのは何故だか分からなくて…不思議に思う。
「でも、なんで知りたいんですか……?」
「ん?あー…あのね、僕の友達が君の出身国にいるんだよ」
シリウスは愉快そうに微笑む。
その笑みがとっても楽しそうで…流石兄弟。ユリウスと同じ笑い方だった。
「へぇ……それとどう関係が…?」
「その子、小説家なんだ」
「ん?」
「でね…この国のことを知ってもらおうと思って、《銀翼館》のことを小説にしてもらってるの」
「はいっ⁉︎」
ラナはその言葉に変な声を上げてしまった。
シリウスは胸を張りながら宣言する。
「これにもちゃんと理由があるんだよ?イメージ戦略で親しみやすさを感じてもらうためってのあるし〜…舞台となった《銀翼館》を訪れる人が増えれば、観光客も増えてこの街も儲かる。一石二鳥作戦だよ」
そう言ってウィンクをするシリウスに…ラナは口を開けて、固まってしまった。
「だから〜詳しく教えてくれると僕的には嬉しいなぁ〜♪」
「…………………」
ラナはあの時のことを思い出して…顰めっ面になる。
詳しくも何も…一夫多妻制の国出身の人に九人目の妻として求婚されましたが、拒否しました。
それだけしかないのだが……。
「あ、詳しくって…メイドちゃんはユリウスの言葉にどう思ったかだよ?」
「へっ⁉︎はっ⁉︎えっ⁉︎」
しかし、シリウスが指し示した詳しくはそっちじゃなかったらしく……ラナは箒をギュッと握り締めながら、真っ赤になって困惑した声を漏らす。
シリウスの心を読んだかのような言葉に狼狽してしまった。
「あのマイペースな弟君が君のために発言するなんて…レアなんだよ?そんだけメイドちゃんがユリウスに取って大きな存在ってことだと思うんだぁ〜」
「………っ…‼︎」
ニタニタと笑うシリウスに、ラナは耳まで真っ赤になる。
あの時…ユリウスにされたことを思い出してしまったからだ。
強く抱き締められた。
至近距離で言われた言葉。
信じられないくらいに…熱くなった。
その感触は…今でもラナの身体に残っていて。
「しっ……知りませんっ……‼︎」
ラナが勢いよく顔を背けて、逃げようと後ろを振り返る。
「うわっ⁉︎」
「きゃぁっ⁉︎」
しかし、そこには当の本人がいて……ラナはユリウスの胸に飛び込むような風になってしまった。
「…………っ⁉︎」
「急に振り返ったら危ないだろ…怪我ないか?」
ユリウスが心配するように顔を覗き込む。
至近距離で彼の顔を見て、ラナは完全に停止してしまった。
「ふふふふふっ〜…レオンが言ってた通りかなぁ〜……」
楽しそうなシリウスの声で、ユリウスは兄がいることに気がついた。
「……ん?…なんで兄貴がいるんだ?」
「やっほー。あのね〜…メイドちゃんにお話を聞いてたの、会長君の求婚話」
「…………」
その時のことを思い出したのか、ユリウスは顔を顰める。
「どうしたの?」
「……………いや…」
シリウスはニタニタとしながら、弟を見つめる。
俯き気味だったユリウスは顔を上げると…ニッコリと微笑んだ、
「………兄貴、こいつ借りていいか?」
「うん?」
急にそう言ったので、ラナとシリウスはキョトンとする。
「いや、兄貴のじゃないし…聞かなくてもいいのか。こいつは連れて行く」
「えっ⁉︎」
ユリウスは返事を聞く前にラナの手を取り、歩き出した。
ラナが話を無理矢理切り上げてしまったことに心配で振り返ると…彼は楽しそうに手を振っていて。
ラナはそのままユリウスに連れて行かれたのだった……。
*****
「ユーリ?」
ユリウスは何も言わずにラナを彼の部屋に連れ込んだ。
そして、握り締めたままだった箒を奪うと床に投げ捨てて…ラナの身体を押して、ソファに座らせた。
「⁉︎」
「眠い」
「えっ⁉︎」
ユリウスはそう言うと…ラナの膝を枕にしてソファに寝転んだ。
俗に言う…膝枕だ。
ラナは目を閉じるユリウスを見つめながら…急な展開に頭がついていかず、困惑する。
「えっと…なんで……」
「枕を干してるんだ」
「え?」
「今日、いい天気だろ?」
ユリウスが目を閉じたまま、窓の方を指差す。
窓の外のテラスには、柵に干される枕があった。
「…………要するに…枕が欲しかったの…?」
「そうだ」
「…………何それ…」
ラナは呆れたように溜息を吐いた。
ユリウスのマイペースに巻き込まれて…膝枕をさせられているのだと気づき…悲しいような、落胆するような気分になった。
「それ…私以外でも良くない?」
「なんでだ?」
「枕が欲しかったんなら…タオルとか布を丸めたりとか…他の人とか」
「……………………それも…そうだな…」
ユリウスは今気づいたと言うよう声で、呟く。
ゆっくり目を開いた彼は…困ったように苦笑した。
「なんでか分からないけど……メイドじゃなきゃ嫌だと思ったんだ」
「………………えっ…」
「なんでだろうな?」
不思議そう…楽しそうにクスクスと笑うユリウスに…言葉を失う。
ラナだって分からない。
自分がどうして…こんなにもこの人の言葉です一喜一憂してしまうのか。
胸がドキドキと高鳴ってしまうのか。
分からないけど……分かっているようで。
分かっているようで……分からない。
自分の気持ちが…ユリウスに翻弄されるのは、分かっていた。
でも、こんなの初めてで……どうしてなのかは分からない。
(……でも…この気持ちは…不愉快じゃない……)
理由が分からないのに居心地のいい…気持ちだった。
「メイド」
そんなラナに、優しい声が掛けられる。
名前を呼んでもらったことはないけれど…嬉しく感じてしまうその呼び方。
優しい声で呼ばれる呼び方。
ユリウスは再び目を閉じて…優しい声で囁く。
「寝る」
「……………………うん…」
「側にいてくれ」
「…………うん…」
ラナは返事を返しながら、彼の頭を撫でる。
どうしてそうしたのかは分からない。
してあげたかった。言われた訳ではない…自分の意思で撫でてあげたかった。
穏やかな時間。
愛おしくも思えるような時間。
初めてのこの気持ちに…まだ……二人は気づかない。