《銀翼館》の幹部の方々〜前半〜
住み込みで働ける仕事先を探していたラナ。
役所のようなところである《銀翼館》の居住館のメイド募集に応募し、即採用になったのだが……凄まじい罠に襲われる。
しかし…人生で培った知識と身体能力でなんとか乗り越え……無事にメイドに就職したのだが……。
*****
「うーん…その格好じゃなんか締まりがないな」
「…………は?」
共有エリアのソファに座ったユリウスが、キッチンから持って来たお茶セットでお茶を入れるラナの格好をジロジロと見る。
「メイドならメイドらしい格好ってのがあるじゃん?」
ラナの格好は至ってシンプルな洋服だった。
冒険している時は、ズボンスタイルだが…この服装は一般的なスタイルだ。
ラナに取ってはこれでも充分だと思うのだが、ユリウスはそうでもないらしい。
「あ、確か…メイド服があったな」
「メイド服があるのっ⁉︎」
「あ、丁度いいところに……ノヴァ‼︎」
ユリウスは廊下を歩いていた人物に声を掛ける。そこには…濃紺の髪にオリーブ色の瞳を持つ、こちらも美青年が立っていた。
「………ユリウス様と…誰?」
彼はテケテケと歩いて来ると、ラナを見て首を傾げる。それに答えたのはユリウスだった。
「新しいメイド」
「……新しい…メイド……?……アレ…クリアしたの……?」
信じられないと言うように彼は目を見開く。
ラナは先程の罠を思い出して、顔を顰めた。
「……ラナです…宜しくお願い致します……」
「………ぼく…ノヴァ……ユリウス様とレオンとマルクの……共同制作をクリアしたの…すごいと思う」
「………レオン…マルク…?」
ノヴァはラナの反応に頷く。しかし、ユリウスは二人の会話を無視してノヴァに話しかけた、
「ノヴァ、メイド服」
「………了解…」
「今ので分かったのっ⁉︎」
殆ど会話がないのに、話が成り立つのは…仕事仲間ゆえなのか。
ラナにしてみたら…誰かと長い時間を過ごしていてもそんなこと、出来る気がしなかった。
ノヴァがパタパタと駆けて行く。
どれくらい待っていただろうか……暫くしてから戻って来た彼はメイド服を持ちながら、眼鏡を掛けていた。
(………あれ…?)
容姿、服装は同じだが……纏う空気が変わっていて、ラナは首を傾げる。ユリウスは戻って来た人物を見て、驚いたように首を傾げる。
「あれ?エヴァが持って来たのか?」
「あぁ。ノヴァはマルクに仕事について質問されたから代わりに持っててって言われて来たんだ…ってか、何に使うんだ?」
「その子」
ユリウスはラナを指差す。彼はラナを見て、ぎょっとする。
「えっ⁉︎誰っ⁉︎」
「新しいメイド」
「あの《地獄回廊》をクリアしたのっ⁉︎」
「何その物騒な名前っ⁉︎」
彼の口から出た物騒な名前に思わずツッコミを入れる。彼は鬼気迫る顔で「そうじゃないかっ‼︎」と叫ぶ。
「だって…完全にクリアさせる気もなく、脅す気が満々な廊下じゃないかっ⁉︎」
「確かに‼︎脅すってレベルじゃなかったけどねっ⁉︎完全に排除する気満々なレベルだったけどねっ⁉︎」
二人揃って頷く。それを見たユリウスは「失礼な」と少し不服そうだ。
「そんなことないだろ?アレ、殆ど幻覚なのに」
「………………は…?……幻覚…?」
ラナはユリウスの言葉に目を疑う。
(あの……罠が……幻…?)
「そう。レオンとマルクに協力はしてもらったが…基本構築は俺がやったんだ。俺の科学技術と魔法を舐めんなよ?」
「…………………カガク……マホウ…?」
ラナは聞いたことのない単語に首を傾げる。それを見た彼は「あー初めて聞くとそうなるよなぁ〜…」と納得する。
「先に挨拶しとくな?初めまして、おれはエヴァ。ノヴァの双子の兄貴だ。宜しくな」
「……えっと…ラナです、宜しくお願いします」
二人で頭を下げ合う。ラナはキチンと挨拶してくれるエヴァを見て、何故かホッとする。
今のところ、一番まともそうだった。
「って…頬、怪我してるじゃんか‼︎」
「……あ…忘れてた…」
《地獄回廊》なるものを渡って来た時、少し頬を切ってしまったのだった。しかし…ユリウスの話が本当なら、この傷は……。
思案するラナにエヴァは「ちょっと待ってろよ」と言うと…ポッケを漁って、絆創膏を取り出した。
「ちょっとごめんな?」
エヴァは律儀にラナの頬に絆創膏を貼ってくれる。ラナは一旦、考えるのを止めてお礼を言う。
「…あ……ありがとう…」
「どう致しまして。淑女に傷がついたら困るもんな?」
ニコリと微笑むエヴァが…何故か女誑しに見えたのは気の所為だろうか。
ラナは親切にしてもらったのにそんな考えは最低だと首を振る。
「いきなり首を振ったりして…可愛いな」
そういう台詞に耐性のないラナは少し困惑する。
なんとか幻覚なのに出来た傷についての思考に戻すが……幾ら考えたって、聞き覚えのないものを使って作られた罠で出来た傷だ。
自分に分かるはずがないと思ったラナは素直に聞くことにした。
「あの…カガクとマホウって……」
「あ…ごめん。科学と魔法の詳しい説明はおれじゃ分かんないから……ユリウスに聞いた方がいいよ」
エヴァはニコリと微笑むと、ユリウスを見る。ユリウスは面倒そうに顔を顰めるが…「仕方ない」と呟くと、なるべく分かりやすいように説明してくれた。
「魔法はこの世の理に魔の力を持って介入し、奇跡を起こす力のことだ。例えば…何もないところから火を出したりとかな」
「そっ…そんな力がっ……⁉︎」
「んで…科学ってのは、物質を合成して新たな物質を生み出したり…分解したりする技術だ。こっちは奇跡と言うよりはちゃんと仕組みがあって起きる現象だ」
「…………っ…⁉︎」
そんなお伽話みたいな力が存在するなんて…ラナは言葉を失くす。
「世界的に存在が知られないのは仕方ないんだ。科学と魔法を使う国は遠い島国で…しかも鎖国している状態。しかもこの力はユリウスが個人的に入手した技術なんだよ」
「…………え………?」
エヴァの台詞を聞いて、ラナは思わず疑うような視線でユリウスを見つめる。
鎖国の国からそのような技術を手に入れること……それがどれだけ凄いことかは、旅をしていたからこそ分かった。
鎖国していた国から食べ物や物など…況してや技術力を持ち帰ることが出来るなんて信じられない。
というか…鎖国の国に入って出て来れたことさえも凄い。
「信じてないだろうけど…ユリウスはそんなんだけど、凄いんだぜ?」
エヴァは自分のことのように嬉しそうに話す。
「俺自身がその技術を手に入れてくれば…カタチには残らないからな」
ユリウスはなんてことがないように言ってのけるが…そんな簡単に入手して、覚えられるものなのか。
凄まじ過ぎるユリウスの能力に……ラナは益々言葉を失くしてしまった……。
しかし、当の本人は空気を考えずに口を開く。
「そうだ……メイド、着替えて」
「…………………もう少し空気読んでよ……」
結構シリアスな空気だったのに余りに気の抜けた台詞にラナは頭を押さえる。ユリウスは不思議そうに首を傾げた。
「…?……まぁ、いいから早く」
急かすように手を仰ぐユリウスにラナは頭を抱える。
「どうしよう…まだ出会って数十分なのに…この人の性格が分かってきた気がする……」
ラナは険しい顔で呟く。
ユリウスは揺るぎなきマイペース。
完全なるワンマンプレイヤー。
本当に他人の話を聞きながらも我が道を行くタイプだ。
「ユリウスって凄いんだけど…どっか変なんだよなぁ。コツは諦めることだぞ」
諦めたような乾いた笑みでエヴァが言う。ラナは呆れ顔で彼を見た。
「エヴァさんはもう諦めてるの……?」
「おう。後、エヴァでいいよ」
「りょうか……」
「メイド、雇い主命令」
「話してる最中に遮るなっ‼︎分かったわよっ‼︎後、ラナだって言ってんでしょっ⁉︎」
半ギレラナはエヴァからメイド服を受け取る。そして、エヴァに案内されて…着替えに使える部屋に案内された……。
*****
「「おぉー…」」
ソファに隣り合って座っていたユリウスとエヴァはパチパチと拍手する。
白いブラウスに黒いリボンとサスペンダー式のロングスカートに身を包み…髪を結い上げてまとめた姿は紛れもないメイドだった。
「いい感じ」
「可愛いな、ラナ‼︎」
「…………ありがとう…」
滅多に褒められることがないから…そう褒められると少し照れてしまう。
最初は多少抵抗があったが…着てみると以外と動きやすかった。
「それ、スカートが二段式になってるらしいから…邪魔だったら下の部分外して普通のスカートにも出来るって‼︎」
「そうなんだ……」
エヴァの言葉にラナは関心の声を漏らす。ラナは服の可愛さより動きやすさを重視するタイプだ。思いの外、使い勝手がいい服らしい。
「メイド服があるってことは…他にもメイドさんがいるの?」
「いないけど?さっきも言ったけど…アレをクリアしたのはメイドが初めてだよ」
ユリウスはご機嫌そうにそう答えた。ラナは険しい顔で彼を見つめる。
「ってか…さっきアレを作ったって言ってたけど……」
「ん?あー…アレを作ろうと原案を出したのがマルク。どんな罠を仕掛けるかと提案したのがレオン。作ったのが俺」
何故、あんな傍迷惑な罠を作ったのか。いや、幹部達のメイドだからアレぐらい出来なきゃいけないと役人は言っていたが…そこまで命懸けの仕事なのか。
「で…幻覚なのに…傷ついたのは……?」
「基本は魔法の幻覚。殆どの罠がハリボテ。でも…つまんないから、科学力を駆使して人物をセンサーで感知して、掠めるだけの罠を作ってみました」
「技術力の無駄遣いかっ‼︎って言うか、センサーって何っ⁉︎それ以前にいい迷惑だわっ‼︎」
「なんで?」
ラナの鋭いツッコミに、本当に不思議そうにするユリウス。
彼は楽しそうにニコリと微笑む。
「皆、色々(・・)と協力してくれてるから…ここに入る人間がいるなら、そいつも協力するのが筋だろう?」
その言葉に〝何か〟含みを感じる。それを聞いたエヴァは真顔で呟く。
「………それ…協力じゃなくて……その力でどんなことまで出来るのか…幹部達で実験してるだけだよね……」
ラナはハッとしながら、エヴァに振り返る。
「………まさかっ…アレぐらいクリア出来ないとって意味って……‼︎」
「そう……」
エヴァが深刻な顔で頷く。
「実際にその力の餌食になるのは…住居館にいるおれ達なんだよ」
「……………っ…‼︎」
つまりはアレだ。実験台となるのは…ここにいるラナ達ということになるのだ。
「何を当たりま……」
「そそそそそっ…そうだっ‼︎私を雇う前はここのことは誰が代わりにやってたんですかっ⁉︎」
ユリウスの言葉を遮って…無理矢理、話を変えるようにラナは聞く。ラナの意図を読み取ったエヴァはニコニコと笑いながら親指を突き出す。
「おれ達の世話はマルクがメイド(⁉︎)代わりにやってくれてたんだよなぁ‼︎なぁっ⁉︎ユリウス⁉︎」
「………うん……?そうだな…そういえば、マルクが世話係だったなぁ〜」
エヴァがそう言うとユリウスは思い出し笑いをしながら頷く。
誤魔化すようにラナはエヴァの分の紅茶を入れながら、首を傾げた。
「そう言えば…さっきから出て来るレオンとマルクって人達はどんな感じの人達なの?」
「あー…それは………後ろにいる感じ?」
ユリウスが紅茶を持った手と反対の方をラナの背後に指差す。
次の瞬間、殺気を感じたラナは背後を振り向きながら、ティーポットのお湯を投げ掛けた。
「うぎゃぁっ⁉︎」
少し冷めて温くなった紅茶がその人物に思いっきり掛かる。
温い紅茶に怯んだ間にラナはその手から短刀を奪いその首に押し付ける。
「「うおー…凄い……」」
「誰?」
鋭い視線でラナが彼を見つめる。
短い褐色の髪に落ち着いた黄褐色の瞳の青年だった。
「それはこちらの台詞なんだが……⁉︎」
彼はラナを睨みつける。ユリウスは面白そうにケラケラと笑いながら、二人を交互に指差す。
「それがレオンな。で、こっちは新しいメイド」
「「…………………え?」」
二人の声が重なる。
驚いた顔で呆然とする二人に、エヴァは「ダメだろー?」と顔を顰める。
「レオン、淑女に対して背後から刃物を向けるのはダメだろ。ラナも淑女なんだから…刃物を持つのはダーメ」
地味に紳士なエヴァはラナの手から短刀を取ると、ゆっくりとテーブルに置いた。
「………メイド…?…不法侵入者じゃなくて?」
「あの廊下をちゃんと通って来たわ」
「嘘だろっ⁉︎」
「嘘つかないわよ」
ラナの反論に彼は目を輝かせて、興奮気味で彼女の手を握る。
「うぉーっ‼︎マジでかっ‼︎罠案を出した本人だけどっ…凄いなっ‼︎あ、オレはレオンハルトって言うんだ‼︎レオンでいいぞ‼︎」
先程とは打って変わった態度にラナはたじろぎながは、引き攣った笑みを浮かべる。
「わっ…私は……ラナ…よ…」
「ラナか‼︎よろしくなっ‼︎」
レオンは子供みたいにキラキラした笑顔を浮かべると、嬉しそうに彼女の身体を高い高いするように持ち上げて……クルクルと回り始めた。
「うわぁっ⁉︎」
「すげーっ…男でもあんなのクリア出来るとは想定してなかったんだけど…まさかの女がクリアするなんて‼︎お前、強いんだなっ‼︎今度、オレと手合わせしようぜっ⁉︎」
「そんなこと出来るかっ‼︎」
レオンはラナを簡単に持ち上げられるぐらきに体格がいい。
手合わせなんてしたから…完全にラナは無事では済まないだろう。
「えー…つまんないなぁ〜」
文句を言うように頬を膨らませるレオンの姿に…ラナは呆然とする。
しかし…やっぱりその場の空気を壊す人物が……。
「ねぇ、メイド。お茶、おかわり」
「あんたは本当に揺るぎなくマイペースだなぁっ⁉︎」
「いいから」
今回は男性のレオンに持ち上げられて恥ずかしかったから…ユリウスのマイペース発言は助け船だった。
ラナは直ぐに下ろしてもらうと、ユリウスにお茶を注ごうとする。
「………あ……」
思い出したら…さっき、紅茶を思いっきりレオンに掛けたばかりだった。
ラナは勢いよく振り返り、レオンに駆け寄る。
「さっきの紅茶は大丈夫っ⁉︎」
「ん?あー…大丈夫、大丈夫‼︎温かったし…それにオレ、頑丈だからさぁ〜」
「紅茶入れ直すついでに氷も持って来るわ‼︎」
「いや…大丈夫だって……」
慌て気味のラナを落ち着かせるようにレオンは笑う。しかし、ラナは凄まじい剣幕でビシッと指差した。
「温かったとはいえ、後で酷くなったら大変でしょうっ⁉︎」
「はっ…はいっ……‼︎」
余りの剣幕にレオンは軍人のように敬礼をする。
「大人しく座って待ってて‼︎」
ラナはレオンもソファに座らせると…ティーポットを持ってキッチンに向かう。
残された三人はその後ろ姿を見て…我慢出来ないといった様子で笑い出した。
「くははっ…あのメイド、最強だなぁ」
「流石…あの《地獄回廊》を乗り越えただけあるよ」
「幹部達にあそこまで張りあえる奴なんてそうそういないよなっ〜‼︎やっぱ、すげぇ〜‼︎」
普通…幹部達にあそこまでの態度を取る奴はまずいない。向こう見ずなのか…それとも、敢えてなのかは分からないが……いつも取り繕うような態度を取られるユリウス達に取ってはあのような態度を取れる人間は、珍しかった。
それだけで……充分に好感度が高い。
「いいメイドになってくれそうだな」
ユリウスの嬉しそうな言葉に…二人も賛同するように頷く。
「ついでにいい実験台になってくれそうだ」
「「……………………」」
しかし…ユリウスの楽しそうなその言葉に……二人は…哀れみの感情をラナに感じるのだった。