《銀翼館》の幹部の方々〜後半〜
(うわぁ〜……結構、ヤバイことしちゃったかなぁ〜……)
ラナは小走りでキッチンに向かう。
危機察知による条件反射とはいえ…一応は雇い主の一人であるレオンに紅茶をブチまけた。
自分がメイドを雇う立場ならばそんなメイド、雇いたくない。
(…………解雇かな…)
冷静になればなる程、先程の失態を悔やんで仕方なくなる。悩んでも仕方ないと思っていても…もう少し気の利いた言葉をレオンに言えていたら。
もう少し……あの二人がフォローしてくれていたら。
(……………責任転嫁だな…)
ラナは大きな溜息を吐いて、自分の首を押さえる。
あの二人がフォローしてくれたら…なんて思うのは身勝手だ。
自分の始末は自分でつける。
それは父親に付き合わされていたから、嫌という程に知っている。だから、身勝手にそう考えてしまうのは…八つ当たりに過ぎない。
反省しながらキッチンに入ろうとしたラナは、そこにいた先客を見て立ち止まる。
二人の青年がキッチンにある簡素なイスに座って、小さなテーブルの上に乗ったお菓子を食べながらお茶をしていた。
「………あ…ラナ」
「………ノヴァさん…」
「…………ノヴァ…で…いーよ…?」
一人は先程にも会ったノヴァだ。紅茶を飲みながら、首を傾げる。
「誰ですか?」
もう一人は男にしては女性らしい印象を受ける人物だった。長い黒髪を一つに結い…漆黒の瞳が疑うように向けられる。
ラナはその人の格好に……硬直した。
「……………………」
何度も瞬きを繰り返して…夢かと疑うかのように何度も目を擦る。しかし…目の前の彼の格好は変わっていなくて。
本気で……目を疑った。
(…………ピンクのフリル……)
そう…女性的な印象を受けても、彼は男だと思われる。……多分…女性ではない……。
そんなキチンとした洋装の彼がつけているのは……ピンクのヒラッヒラなフリルのエプロン。
どっかのベタな恋愛小説…もとい新妻でもそんな格好するか?と疑うようなベタなエプロンだった。
「……………あの…わたしは貴女が誰かと問うているのですが?」
いつまでも反応しなかったラナに対して、不愉快そうに顔を歪める彼。ラナの代わりに答えたのは、ノヴァだった。
「……ラナ…新しい…メイド…」
ラナもそう言う彼の言葉にハッとして、慌てて頭を下げる。
「ラナです…よろしくお願いします」
「……新しいメイド……?あの廊下をちゃんと渡りましたか?」
皆、そこに着眼するのかっ‼︎と思わずツッコミそうになったが、ラナはなんとか堪えて頷く。彼は驚いたように目を見開くと、立ち上がって綺麗な一礼をする。
「初めまして、わたしはマルクと申します。ここではユリウス様の参謀役として働いております。以後、メイドである貴女は僕の管轄下に入ると思って下さい」
そう言ったマルクはノヴァに振り向き、険しい顔をする。
「新しい人が増えたならば、何故言わなかったのですか」
「………………知ってる…かと……」
「知り得ている訳ないでしょう。ユリウス様がそんな報告すると思いますか」
「……………しない…」
マルクは大きな溜息を吐くと、ラナの方を見て疑わしそうに顔を顰める。
「で?貴女は何をしにここに来たのですか?その様子では……わたしに仕事を仰ぎに来たという訳でもないでしょう」
「……あっ…紅茶と氷っ‼︎」
「紅茶と氷?」
マルクはキョトンとした顔でラナを見る。
ラナは簡潔にであるが…先程の説明をする。
それを聞いたマルクは「はぁっ⁉︎」と大声を出して、頭を抱えた。
「仮にもメイド風情の身分で…一応ではありますが、雇い主である幹部に紅茶を掛けるなど…言語道断でしょうっ⁉︎」
「………でも…レオンも…悪い……」
ノヴァはラナをフォローするように言う。しかし、マルクはそれに「分かってますよっ‼︎」と反論する。
「レオンも背後から短刀で襲い掛かろうとするなど、愚者のやることです。しかし、レオンはここでは軍部担当ですから…強襲は当然の判断と言えましょう……だが、そう簡単にやられ返されてはこちらとしては困りものなのですよ。一体誰がここの維持に貢献してるかと……」
「……………ユリウス…様…でしょ…」
「それはそうですがっ‼︎王政に提出する書類などを作ってるのはわたしですからねっ⁉︎まぁ…《銀翼館》がこの人数だけで、しかも警備兵もなしでいれるのは、ユリウス様が国王陛下に進言して下さったお陰なのですが……」
「……………」
ラナは真剣な顔ながらも心ここに在らずでその話を聞き流す。
結構、真面目な話をしているのだが…マルクのピンクのフリルエプロンが気になり過ぎて話が耳に入ってこなかった。
「…まぁ…あの廊下を通って来たということは、それなりの能力があるということでしょう。後は〝信頼〟に足る人物かどうかの問題です」
ジロリと品定めされるかのような視線にラナは、狼狽する。
マルクの言葉を要するに…身体能力の高さは認めるが、密偵者とか暗殺者とかじゃないのかと疑っているという意味だった。
ラナは困ったように苦笑する。
「えーっと……信頼してもらえるかどうかは…私はなんとも言えないなぁ……だって、信頼して下さいっ‼︎って言っても説得力ないだろうし」
「……………では…どうする気ですか?」
「うーん………」
ラナは困った顔で腕を組む。
暫く沈黙した後、パッと閃いたように顔を持ち上げて親指を突き立てた。
「じゃあ、マルクさんが私のことを調べればいいんだよ‼︎」
「はいっ⁉︎」
ラナの言葉にマルクは明らかにギョッとする。ノヴァも少し驚いたようだった。
「だって、私の言葉は信用力ないでしょう?なら、マルクさんが調べればいい。そうすれば…貴方が自分の目で見たことだから信用出来るでしょ?」
「な…にを……」
「うん、それがいいよ。私、調べられて困るようなモノもないし…身体も何もかも、好きなだけ調べていいよ?」
名案だと言わんばかりの満面の笑顔を浮かべるラナにマルクは言葉を失くす。
ノヴァはそんなラナを見て…流石に眉間に皺を寄せた。
「…………ラナ…それは流石に…ダメだと思うの……」
「えー?」
「あのね……マルクは…地味に初心だから…女性から…地味にそんな大胆なこと…言われると……壊れるから……」
「…………大胆…?」
不思議そうにするラナにノヴァは益々、渋顔になった。マルクは真っ赤になりながら呆然としている。
「………………あ…これ…ダメなやつだ…」
「え?」
「………うーん……取り敢えず…ラナは…そんな爆弾を…言わないように……しようね…」
「んん?」
普通のことを言ったつもりが普通ではないことを言っていたようだ。しかし…どんな普通じゃないことを言ったのかをノヴァは濁す。
ラナはスッキリしないまま、手で持っていたティーポットに気づいて本件を思い出す。
「あぁっ…また忘れてたっ……‼︎」
ラナは教えてもらっていた場所から茶葉の缶を取り出すとティーポットに茶葉を入れようとして……。
「ちょっと待ちなさい」
「ん?」
ラナは手首を掴まれて茶葉を入れようとするのを止められる。
その手の先を見ると、かなりの至近距離にマルクが立っていた。
「……今…何をしようとしました……?」
「………え…?茶葉を入れようと……」
「なってないっ‼︎淑女たる者、紅茶くらい入れられなくてどうしますかっ‼︎」
マルクはラナの手から茶葉の入った缶を奪うと、その缶を見る。
「これよりは東の島国の緑茶というものです。ティーポットで入れるものではありません」
「えっ⁉︎そうなのっ⁉︎」
「……紅茶くらい入れたことあるでしょう…?缶の外を見ればこれが紅茶じゃないことくらいわかるじゃないですが……」
呆れたようなマルクの声にラナは恥ずかしそうに頬を掻く。
「お恥ずかしい話…紅茶を余り飲んだことがありませんでして」
「紅茶を余り飲んだことがない?……でしたら…貴女にお茶を入れることの何たるかを教えて差し上げましょう」
マルクはニコリと微笑む。
それを見たノヴァは「あーぁ…」と同情するような声を漏らす。
「…マルクの…小姑モード……」
ノヴァは不吉な言葉が聞こえた時には、マルクの紅茶講座は始まっていた。
「紅茶を飲むというのはこれよりも今のシーズンはダージリンのファーストフラッシュが良いでしょう。時期によって適する茶葉は違いますから、気をつけて下さい」
違う缶を棚から取り出してラナに見せる。
「次は熱湯をティーポットに入れます。その量は適当でいいですが…入れ過ぎないように。また、大切な行程ですから忘れずにやって下さいね」
コンロの上でお湯を沸かしてから、ティーポットにお湯を入れて温める。マルクはティーポットが温まったのを確認すると、そのお湯を流しに捨てた。
「茶葉の量もちゃんと測って下さい。入れ過ぎ、入れなさ過ぎは厳禁です。適した量というものがありますから。その後お湯を入れます…新鮮なお水を使って下さいね。これだけでも味がかなり変わりますから」
無駄ない手捌きでお湯を入れ終えると静かに蓋をして、マルクは自身のズボンから懐中時計を手にすると時間を計り始める。
「最後に蒸らします。今回はストレートなので、それ程時間は掛かりません。その間にティーカップを用意して下さい」
ラナはそう言われて、食器棚からティーカップを取り出す。それをマルクに渡すと、彼は「ありがとうございます」と微笑んだ。
「蒸らし終えたら…ゆっくりとティーポットを揺らして均一にし…茶こしを使ってティーカップに注ぎます。これで完成です」
綺麗な色が出ている紅茶を差し出されたラナは目を輝かせる。
紅茶というものがこんなにもいい匂いのするものだとは知らなかった。
「お召し上がり下さい」
「……頂きます…」
ラナはゆっくりとティーカップを口につける。そして、目を見開いた。
「美味しい……‼︎」
「……っ…‼︎………そうですか…ここの連中は味覚馬鹿ばかりですからね…素直に美味しいと言って頂けて満足です」
嬉しそうに微笑むマルクにラナも笑い返す。
それを見ていたノヴァは怪訝な顔で自身が使っていたティーカップを差し出す。
「……味覚馬鹿って…何……」
「ノヴァだって胃に入ってしまえば同じと言うではありませんか」
「……だって…同じ……」
「ちゃんと手間暇掛けて美味しく入れてるのに失礼でしょうっ⁉︎」
「………煩い…マルク…」
なんだかんだと言い合いしながらも、紅茶を入れてあげてるのだから実際は仲が良いのだろう。
「……因みに…キッチンは…こいつの…聖域らしいから……」
「聖域なんじゃありませんっ‼︎他の奴に料理させたら爆発するでしょうっ⁉︎」
「………今日は…ピーピー煩い……ラナも…料理は…こいつにやらせたら…いいよ……」
ニコリと微笑むノヴァだが、その台詞は辛辣なものだぅた。
ラナは引き攣った苦笑を浮かべる。
「まぁ…料理の腕は分かりませんし……最初は取り敢えず…わたしと共に住居館の家事をこなしていくということで」
「………はい」
「…………紅茶…早く持ってて…あげれば……?」
ノヴァはそう言ってマルクの手からティーポットを奪ってラナに渡す。ラナは受け取ると、「ありがとう」と微笑んだ。
「………マルク…氷……」
「分かってますよっ‼︎」
「……無駄口…叩かない…」
ノヴァにパシられるマルクはせっせと氷を用意して、ラナに手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。いい加減、待ち侘びているでしょう。早く行ってあげて下さい」
「………また…後でね…ラナ…」
ラナはもう一度頭を下げると、その場から立ち去るのだった……。
*****
「おっそい」
帰って早々言ったのは満面の笑顔を浮かべるユリウスだった。
「遅くなって悪かったわね…はい、氷」
ラナはレオンに氷を渡す。レオンは嬉しそうに「サンキュー」と微笑んだ。
「どうせ…マルクにでも捕まって料理講座でも始まったんだろ」
的を射たエヴァの言葉にラナは頷いた。
なんで分かったのか…と顔に出ていたらしいラナの疑問に答えるようにエヴァは微笑む。
「キッチンっていうか…ここの家事を全部仕切ってるのはマルクなんだよ。おれ達じゃなんにも出来ないからな。後、あいつ…料理好きでさぁ〜…おれ達が出来ないって知ってても料理講座をすんだよ」
「オレもあの時は『お前は二度と台所に立たないで下さい』ってすっごく怒った顔で言われたなぁ〜」
エヴァと氷で顔をひらしているレオンはウンウンと頷く。
新たに入れた紅茶を飲みながらユリウスは四角い板のような何をタップしながら、苦笑する。
「まぁ…あいつの手綱はノヴァが握ってるから……暴走はしないだろ」
ユリウスの言葉に納得したようにエヴァは伸びをした。
「うん…まぁ、そうだよな。よっし…おれも仕事あるし…そろそろ行こうかな」
「あ、オレも」
エヴァとレオンはそう言うと立ち上がり、ラナに笑い掛ける。
「また後でね、可愛いラナ」
「氷、ありがとうなっ‼︎ラナ‼︎」
「うっ…うん……」
二人が立ち去ると…ラナとユリウス。必然的に二人だけになってしまう。
しかし…ユリウスは何も言わずに四角い板をタップし続ける。
ラナはそんなユリウスを見て…不思議そうに首を傾げた。
「………ところで…さっきから何してるの…?」
ラナの質問にユリウスは顔を持ち上げずに答えた。
「ん?あー…端末を使ってあの廊下の設定。メイドの血液登録をしてるんだよ」
「血液登録って?」
「要するに…あの廊下にさっき入手したメイドの血を認識させて…次にメイドが通った時でも罠を発動させなくしたんだよ」
「そんなことが出来るのっ⁉︎」
「科学と魔法を使えばな。だから…甘く見るなよって言ったろ?」
ユリウスはそう言って、大きくタップすると「終了」と呟いて大きく伸びをする。
「もうラナがあの廊下を通って罠が発動することはないから安心して通ってくれ」
「本当?」
「本当だって。あんな面倒な廊下…またやりたくないだろ?」
「勿論だよ⁉︎」
ラナは外に出る度にあの《地獄回廊》を通らなくて済むことに安堵の溜息を漏らす。
何度もあんな思いをするのは…疲れるというか、面倒だった。
「ここでは上手くやってけそうか?」
ユリウスの優しい声が掛けられる。ラナは少し考える。
科学と魔法という…凄い技術が使えるユリウス。
ミステリアスでほんわかしているけれど…地味に辛辣なノヴァ。
紳士みたいだけれど…何故だか女誑しの気を感じるエヴァ。
物騒だし、肉体派っぽいけど…純粋(?)そうなレオン。
参謀役らしいけど…ツッコミ小姑っぽいマルク。
そんな…幹部達の姿を思い出して、ラナはにっこりと優しく微笑んだ。
「……うん…大丈夫だと思うよ」
「………そっか…」
ラナの笑顔に答えるようにユリウスはニコリと微笑む。
「まぁ、第一印象だけでそう思ってくれたなら良かったよ。ここ、別名《変人館》とも呼ばれるけど」
「………………………え?」
彼の言葉に凄まじい声が漏れる。
ラナは固まった笑顔で彼を見つめた。
「…………それ…は…」
「住居館にいるのは幹部達だけだけど…一癖も二癖も…いや、五癖くらいある奴らだからな。本館の役人達にはこっちは《変人館》とも呼ばれてんだよ」
「………………」
ラナは冷や汗を流す。
(…………どうしよう…今すぐ辞めたくなってきた……)
「まぁ?あの廊下をクリアした人間なんだ…簡単に逃がす気はないから…よろしくな?実験台兼メイドさん?」
目の前でニコニコと微笑むユリウス。
その顔はさながら……いい獲物を見つけた狼のようで……。
悪いようにはされないだろうが…ラナは自分がどうなるか心配で……仕方がなかったー……。




