act2-5
『戦女神の蹂躙戦車』に乗り込んだ一行が向かうのは光学迷彩魔法を周囲に展開し、知覚されないよう移動を続けている飛空城。それだけでも厄介だというのに何重にも張り巡らされた魔力障壁によって物理的な衝撃を無力化するため、現代文明の武器では傷をつけるどころか城の内部に侵入することすら不可能に近い。
「いやはや、実に気分がいい。今の僕の気分を例えるなら、最上級の最高を超えてしまっている。僕のことをシムが頼ってきてくれたばかりか、一緒に戦ってくれる。しかも僕の見せ場をこれ以上ないぐらいに用意してくれているのだから。これはもう帰ったら是非とも評議会に今日を記念日にする法案を通さなければならないね」
緊張感をどこに捨て去ってしまえばそこまで気分を高揚させられるのか、普段にも増してテンションの高いマルコは先程からしきりに自分の『魔闘兵装』であるナイフで自分の表情を映し、左目の眼帯をすぐにでも外せるように左手を添えている。
『魔闘兵装』。
魔導書が魔法を起動するために必要なスイッチだと例えるのであれば、魔闘兵装は攻撃系魔法を効率よく展開するだけでなく増幅させるブースター。
「マルコ、うるせぇよ。でもまぁ、見せ場云々はともかくとして頼りにはしてる」
「ああ、今日のシムはいつになく素直で愛らしい。これがデレというやつだね? ふふっ、これから戦場に赴く僕の士気を今以上に上げてくれるなんて、君はどれほど僕を虜にすれば気が済むのか」
「どうでもいいよ、そんなの。それよりも一応、敵側の情報も買っといたから各自目を通しておいてくれ。最悪、目的達成したら俺が首謀者ぶちのめすまで俺に合流しないで逃げ回っててくれて構わないから」
白夜が立てた作戦は非常にシンプルなもの。
夜空にマルコ、悠斗の三名で場内に配備されている魔人の注意を引きつけ、その間に城を動かしている機動コアをヨシュアと伊月、ロンファの三名で順次破壊。各人が与えられた仕事をこなしているうちに白夜が十三位を叩きのめす。
厄介なのは二十四時間という時間制限だけではない。
白夜が大枚叩いて購入した情報が正しければ飛空城にはグレゴリオに同調の意を示した二桁台、しかも十番台の魔法士が五人ほどいる。魔法士序列一桁台が三人いるとしても確実に勝てるとは言い切れない。しかも相手側にこちら側から乗り込んでいく状況。相手は万全の状態で待ち構えているだろうし、地の利は相手側にある。
「うわぁ、最悪だろ。俺、あんなのくっつけた覚えないんだけど」
白夜が愚痴ってしまうのも仕方ない。彼らに向かってきているのはミサイル。しかも一基や二基どころではなく複数。迎撃は制空権に入ったことを意味するのだが、残念ながら白夜が『神秘術』で作り上げたこの戦車には迎撃用の装備が一つもない。回避できないこともないが、下手に回避して都市に着弾なんて結果を招いてしまったら目も当てられない。うかつに回避することもできなければ迎撃の術もない。
「まったく、お主は計算高いのか抜けているのか。妾にはやはり判断材料が足りないらしい。婚姻よりも先に蜜月を重ねる方が得策かもしれぬな」
対策を捻り出そうと頭をフル回転させる白夜だったが、彼の望む答えはどうやっても弾き出すことができない。そんな彼を見かねたように立ち上がり、隣に立ったロンファが扇子を振るえば彼女お得意の空間魔法がミサイルを囲むように展開され、ミサイルを圧縮して爆風すら凝縮させて消滅させてしまう。
「『空間固定』と『圧縮消滅』の並行起動。こんな芸当、とてもじゃないけど俺には真似できねぇな。ありがと、恩に着る」
「ふんっ、このような些事で礼など口にするでないわ。助力を求められた側としての当然の責務を果たしたまで。妾を褒め称えるというのであればこの件を終息させてからにせよ。そうすれば存分に受け取ってやる」
白夜としては素直な感想を述べただけだったのに、ロンファの機嫌はそれだけで良くなっている。女心がいまいち理解できていない彼は気づいていないが、自分が惚れている異性に褒められて気分を害する女性はいない。それが自分を頼ってきている立場であればなおさらのこと。この状況ではどうあっても彼の役にたてないヨシュアと伊月の二人は、彼の隣に腰を下ろし、腕を絡ませて自分の胸に彼の腕を引き寄せて勝ち誇った表情をしている彼女を睨みつけるぐらいしかできない。
「白夜、念の為に聞いておくがこれ以上揺れることはあるのか? 流石にこれ以上揺れが悪化すれば俺の胃がもたない」
「この状況で乗り物酔いって、兄貴の神経の図太さには呆れを通り越して感心するよ。一応俺のバッグに酔い止めとエチケット袋があるけど」
「それを先に言って欲しかったな」
血色が悪くなってきた夜空が白夜の言葉通り酔い止めとエチケット袋を彼のバッグから取り出して自分の席へと戻る。正直、完全に緊張感というものが欠如してしまっている。いい意味でも悪い意味でも白夜の周囲にいると緊張感が失われてしまう。彼がいるというだけで安心感というものが体の芯を支えてくれるというのだから不思議でならない。
「さて、それじゃそろそろ僕の出番だね。六位、いい加減僕のシムから離れて僕に席を譲ることを推奨するよ。一緒に斬られたいというのなら別だけどね?」
舌を出して口にするマルコがどこまで本気化は当人にしかわからない。仕方なく席を譲ったロンファは恨めしそうに睨みつけるが、彼にしてみればその程度の敵意はそよ風に等しい。
バルベリオス・アロンダイト。
かつてアーサー王の下に集った円卓の騎士たち。そのうちの一人ランスロットが使用していた聖剣を称号として与えられた彼。称号の方が有名すぎて名前が消えて他人には伝わってしまっているが、本名はマルコ・バルベリオス。しかし彼はそれでもいいと思っている。自分の名前を赤の他人に呼ばれるつもりはない。自分の名前は自分の大切な人間に呼んでもらえさえすればそれでいい。
眼帯を外したマルコの左目が赤い光を放つ。
義眼でありながら、マルコの魔導書でもある左目は全ての魔法をありのまま見ることができる。光学迷彩魔法でいくら隠そうが彼が左目を解放した時点で魔法の展開術式が左目にしっかりと映る。誰もが反則技だと口にする彼の魔法だが、特別難しい魔法を展開しているわけでも、威力が高い魔法を使用しているわけではない。彼はただ魔法のつなぎ目にナイフを滑り込ませているだけ。複雑であれば複雑であるほどつなぎ目は多く、単純であれば穴を開けてナイフを突き刺すだけでつなぎ目を探す必要だってない。
『解析』と『切断』、初級階梯の魔法士でも使えるシンプルな魔法を同時に展開することで全ての魔法を容赦なく切断する。それに必要なのは膨大な魔力ではなく、知識とタイミングを見逃さない判断力だけ。
「我は魔法士序列二位、バルベリオス・アロンダイト。僕は剣だ。僕は刃だ。今の今まで自由気ままに動いてきたけど今は違う。持つべき人がいる。従うべき主がいる。さぁ行こうか。僕こそが『蛇』の道を切り拓く唯一無二の『誇り高き騎士の聖剣』だ」
何重に魔力障壁を展開していようが関係ない。ただ一直線に主の進むべき道を切り開ければそれでいい。他は何もいらない。栄誉も名誉も勲章も欲しければ他人にくれてやる。本当にマルコが欲しがったものはここにある。白夜がすぐそばにいる。自分を色眼鏡で見ることなく、地位や階梯も気にせず接してくれる友人はここにいる。
「喧嘩を売る相手を間違えたね、十三位。形や方法はどうであれ、君はシムに、僕の親友に対して引き金を引いた。本当は僕直々に切り裂いてあげたいけど、今回の僕は助っ人であって主役じゃない。君を叩きのめす役目は主役に譲る。だから恐怖しろ、後悔しろ。君が喧嘩を売ったのは世界最強の魔法士じゃない。世界最高の魔法士だ」




