act2-3
女性陣の口論がいつまでたっても終わらず、そこに仲裁を入れられる豪の者が誰ひとり存在しなかったため、仕方なくその場所で白夜は一枚の設計図を広げる。そこには城の内部構造が事細かに記載されていることから、彼が城を作るときに作成した設計図であることが見て取れる。男性陣は改めて目の前にいる人物のすごさを実感すると同時に呆れてしまう。白夜がこれを完成させたのが八歳。どうして今まであの城を利用して人類側に宣戦布告をしようと考える魔法士がいなかったのか。疑問は尽きないが、有力な結論としては彼の人間をたらしこむという最も恐ろしい才能はこの時から開花していたのだろう。
「一応、三人に対しては説明しておこうか。俺のプランではマルコの魔法で魔力障壁を突破してから、三人には魔人の無力化を頼みたい」
「無力化? 白夜、お前の言う無力化とはどの程度のことを指す?」
「言葉通りだよ。あれはもう生ける屍人、生命活動停止させなきゃ無力化できない」
白夜の言葉が悠斗に重くのしかかってくる。
いくら思考能力をなくしているといっても元は魔法士。自分の手を血に染めることでしか、相手を殺すことでしか止めることができない状況。それが例え戦争を回避するためのことであったとしてもすんなり納得できるほど悠斗の精神は強靭にできていない。知らず知らずのうちに彼の手は恐怖を訴えるように震えてくる。
「悠斗、怖いか?」
「怖いっすよ。誰かの命を奪うことが怖くないわけないじゃないっすか」
「だよな、俺も怖いよ」
悠斗の素直な思いに対し、白夜も飾らない言葉で答える。マルコと夜空は既に魔法士として完成に至っているため、誰かを殺すという行為で心が揺らぐことはない。だが二人は違う。二人はまだ魔法士として完成しておらず、人間としての心を捨て去っていない。
「でもさ、ここで動かなかったら俺らの大切な人たちが大勢傷つくことになる。俺はそんなこと嫌だからさ、自分の手を汚すよ。俺が汚れて罪を背負うことで俺の世界を守れるって言うんなら、俺は罪を背負う。本当は誰ひとり傷つかない方法ってやつがあれば一番いいんだけど、どうやらそれを見つけるほど時間的な余裕がないみたいだから」
そこで白夜が悠斗の方に軽く手を置く。よく見てみれば彼の手も震えている。自分で自分を奮い立たせなければ崩れ落ちてしまうのは彼も同じ。彼は覚悟を決めてこの場所に立っている。だったら、この先も彼と一緒に歩いていくために自分も覚悟を決める必要がある。
「自分、白夜さんのそういう大事なことを相談もなしにひとりで勝手に決めちゃうところ大っ嫌いっす」
「自覚してるよ」
自分の肩に置かれた白夜の手を握り返し、悠斗は覚悟を決める。
「それとおんなじぐらい、自分を犠牲にしちゃうところも嫌いっす。でも、それ以上に自分は白夜さんの凄いところや優しいところを知ってるっす。自分、あんまり頭良くないからうまく言葉にできないっすけど、失いたくないから、守りたいって思うから自分も覚悟決めるっす」
「お前、ここぞとばかりに追い討ちかけてくるな。本当に悪いとは思ってるけど、付き合ってくれ。その代わり、悠斗が耐えらんなくなったら俺が支えてやる。逆に俺が崩れそうになったら」
「自分が支えるっすよ」
大きく音を立ててハイタッチを交わしてから、互いに微笑して固く握手を交わす。それを雛鳥が巣立つときの親鳥のような心境でマルコと夜空は見ていたが、未だに終わらない女性陣の口論で爽やかな気分が台無しになってしまう。
「なぁマルコくん、この場合に限らず義理の妹が増えていくということは一応可能性として考慮しておいたほうがいいのだろうか?」
「僕に聞かれても困るんですけどね。ただ現時点でシムの妻になりたいって思っている女性が三人いて、僕の予想だとシムは女性に対してガムシロップレベルで甘いですからいきなり三人義理の妹が出来る可能性は否定できないです。ヘタをすれば男漁りが趣味の七位と同じぐらい増えるかもしれません」
当事者を放っておいて別の心配をする二人のもとに近寄ってきた白夜は、兄である夜空の肩に手を置き、
「兄貴、悪いけどひとつだけ頼み事してもいいか?」
「即答は避けるが、可能な限り答えよう」
「別に難しいことじゃねぇよ。最初の実戦ってやつは流血錯乱になる可能性が一番高い。悠斗のことを頼む。あいつは俺にとって必要なやつであると同時に大事な友達なんだ」
「なら、俺にとっても大事な弟分ということか。任せろ」
頼み事をして、その返事が満足いくものであったため微笑する。
流血錯乱。
日常的に死や流血に接してしまう魔法士が最もかかる可能性が高いと言われる精神的疾患であり、一度発症してしまうと流血なしでは正気を保つことすら難しくなってしまう。魔法士を処理する立場である対魔法士はこの精神的疾患をあえて発症させることが多々あるが、悠斗は違う。そのことが気がかりだった白夜は既にこの症状の兆候が出始めているマルコではなく夜空に頼んだのである。
そして純粋に夜空は白夜に頼まれたという事実が嬉しかった。戦力として宛にされていたということもそうだが、彼は自分のことを必要として頼ってきてくれている。兄として名誉を挽回する機会を自分から与えてきてくれている。
「白夜、今度兄弟水入らずで酒でも飲むか?」
「せっかく誘ってもらって悪いけど俺、酒弱いからパス。なんつ~か、記憶ねぇんだけど酔っ払うと泣き上戸になるらしい。さすがにカッコ悪すぎだろ?」
「意地っ張りめ」




