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幕間 ─秘密同盟─

「いや、まいった」

戦いの痕跡も新しい練兵場の直中にて新緑が首を搔く。視線の向く先は不格好に抉れた地面と少々の血痕があるのみで、残滓を残した当事者達の姿はどこにも無かった。

「陛下の事だ、万一の備えの一つや二つは用意があるだろう、とは思っていたが。術式、媒体無しでの転移とは恐れ入る。あれが噂に聞く竜玉かね?本来ならばグランの至宝をイーヴィスの王が所持していることに疑問を挟むべきなのだろうが、彼の国の献身を鑑みる限りそこに思考を費やすだけ無駄だろうな」

イーヴィス王家の血を繋ぐ為に、自ら進んで公家の姫を貢物として送り付けるようなとち狂った連中だ。例え神の遺産だろうと魔王が望めば一も二もなく差し出すだろうし、望まずとも過剰な献身の末に密やかな献上に至っていたとしても不思議は無い。

「……ふむ、行き先を察する術はないが、流石に少年の快進撃も終わったと判断すべきか」

ミンス卿の見た限り、竜玉は公に知られている以上の、正しく神の御物と呼ぶに値する能力を秘めているように思える。円滑な使用には身体の頑強さを求められると言うが、それはつまりその程度の不都合しか無い転移装置であるということ。

恐らく、イーヴィス王城にある転移の間は竜玉の模造品だろう。竜玉の仕組みを解析すれば、似たようなものを作り出すことは可能なように思える。しかしあれは、起動には超大規模容量の魔力貯蔵装置を必要とし、全く同じ作りの部屋を用意して同一化を図らねば機能しないという劣化品だ。逆に言えば、それだけの機構を用いなければ実現不能な術を手のひらに乗る程度の大きさで現実のものとするのだから、竜玉も正しく神の作りたもうた遺物である。不便利を挙げるとすれば、二個一対であるが故に片道手形にしかならないのではないかという点くらいか。もしかすると往復も可能なのかもしれないが、傍目から起動を目撃した程度でそこまで推し量ることは出来ない。

「どうしたものか」

横道に逸れだした思考を、声を出して修整する。今すべきは竜玉の考察ではなくアールマンの安否確認と自身のとるべき行動についてだ。

前者についてはどうしようも無い、というのが正直なところではあるが、考えなくて良いという理屈にはならない。とはいえ、行き先に当たりがある訳でもなければ転移の痕跡を追えるような能力がある訳でもなく、やはりどうしようも無いという結論に至った。

「詰みだな。まあ、良い様になるだろう。あの方は馬鹿でも阿呆でも無い」

そう頷いて振り返る。リィンは未だ昏睡の中にあるから放っておくとして、早急に対処せねばならないのは土塊の内に捕らえてある者だ。

そちらに取り掛かる前に自身と土塊を囲う防音壁を張っておく。人の気配は無いが、念の為というやつだ。

「そら」

土塊を解して中にいた娘を地中を盛り上げて押し出してやる。生き埋めの状態からいきなり押し上げられた娘は体勢を崩して尻餅を突いたが、無理矢理跳躍させられたようなものなのだから多少の無様は仕方あるまい。

「えほ、えほ……。もう少し丁寧に扱って欲しいわぁ」

「生首のままが良かったなら今から埋め直しても良いが。そんな事よりも、聞かねばならぬ事がある。お前、俺の洗脳が効いていないな。理由を問う。もしや被虐が趣味とは言わないだろうな」

「大外れやね。元々毒には耐性があるんよ。そういうのばっかりやったからね」

土気色に汚れた衣装を手で払いながら返す娘に小さく息を吐く。

「閉所に暗所。人が大きな不安を感じる環境を作った上で俺はお前に洗脳術を施した。お前の言うただの毒ではない、ルーフェに由来する特別製だ。平常であっても精神を冒し潰す劇毒を『耐性』の一言で流せるわけが無かろうよ」

「そうは言われてもそういうものとしか言えんよ。洗脳術?そういう、言葉に魔力を乗せて言う事聞かせようとする人にも覚えがあるしな。……あー、もしかしてあれ、ルーフェが絡んでたんかな?アロットでのことなんやけど」

「何時の話かは知らないが、俺は二十年以上前にはルーフェを離れている。かかわり合いがあるとは思えんな。お前が見た目に反して三十に届いていると言うなら分からんがな」

「……見た目通りのお年頃やよ」

とん、と袴を叩いて娘がミンス卿を見る。

「それで、私を解放した理由は?そんなことを聞くだけやったら埋めたままでも十分やろ」

「いやなに、丁度良いと思ってな。これも尊き女神のお導きというもの。使える人材が欲しかったのだ」

「……自分の部下になれ、いうこと?」

「正確には違う。俺が欲しいのは協力者だ」

訝しげに眉を寄せる娘に向かって両腕を広げて見せる。

「どうにも城内の雲行きが怪しくてな。陛下はファルン卿──国政を担う重臣の一人と何やら思惑を巡らせているようだし、そのファルン卿自身も陛下に隠れて妙な動きを見せている。官僚貴族共にしても、陛下が攻め勝った国の支援、開発にばかり注力し国政を疎かにしている事に不安、不満を持つ者が出始めていてな。これらの動向を追い切り、いざという時には対処をしようにも、手が足りん。知っているかは知らんが、俺は現在大手を振って人を扱える立場にないのでな。無論、この提案を受け入れるならば其方にも必要な情報は提供しよう。程度にもよるが、情報以外の要求もある程度叶える」

「……どうしてそんな話を私に?もう一人の大大臣、プーシに頼ればええんちゃうの」

「あの御仁は放っておいても官僚貴族共を静める鎮静剤の役割を果たす。が、陛下とファルン卿に関しては動かんよ。あれは良くも悪くも面倒見が良すぎる。お前に話を持ち掛けたのは先も言った通り、丁度良いと思ったからだ。東海の女王ならば能力に不足はあるまいよ」

娘──ルリは素性が知られている事に驚きを見せたが、すぐに目付き鋭くミンス卿を睨む。

「名乗った覚えは無いんやけど?」

「名乗られた覚えも無いな。……簡単な推測だ。俺は自領に押し込まれている間も使える手札を使って情報収集は行ってきた。新しく参入したものに関しても種族に性別、外見に特徴的なものがあれば一両日中には把握できる程度に反応の良い網だ。ここ一年で水棲族がイーヴィスに加わったのは先のハイビス出兵後のみ。ハイビスからこの王城まで乗り込み魔王と相対するような行動力を持ったものが一介の将兵である可能性は相当に低い。決定打となったのは今の会話だ。アロットは中立だ観光だなどと平和ボケしているが、その中核は後継者争いの為に床を蛆で満たした伏魔殿と聞く。あの国で悪性に耐性が出来るような場所などそこくらいしかあるまいよ。女の身でアロット中枢にありながら生き残った者となれば、もはや選択肢など無いに等しい」

「……よう知ってはるね。アロットのお城はそういうこと表に出さんのやけど」

「イーヴィスは最も多くの種族が集まる国であると同時に、最も多くの間者を放っている国だ。調べる方法は星の数だとも」

その逆に最も間者を送り込まれている国でもあるが、それは今更言う事でもあるまい。

「はぁ……」

目を伏せたルリが大きく息を吐く。

「内のこと外のこと色々喋らはって。ええの?他の人に話すかもしれんよ?」

「情報の開示は交渉を円滑に進める上で必要な事だとも。特にお前のような疑心に寄る者には先にこちらの弱味を聞かせておいた方が信を得やすい。違うか?」

「……なんも言えんね」

事実その通りの気質であるルリは、降参とでも言うように首を振った。

そも、ルリがここに居るのはいつ裏切られるかもしれないという疑心を払うに足る材料が欲しかったからだ。アールマンはルリの身の安全を保証したが、それが確かなものだとどうして言えよう。いつ裏切られるか、いつ見捨てられるかと、あの場所で染み付いた不安を拭うには言質だけでは不足が過ぎる。アールマンの為人を知り、信頼出来ると判断するまで、ルリの心根からあの城で住み着いた蛆が消え失せることは無い。ルリを無下にできないような秘密の共有、もしくは弱味が得られれば良かったのだが、決裂し、目論見が外れた今となっては、別の有力者の庇護が得られると言う話は魅力的ではある。とはいえ、この男にも不明な点は多い。

「さっきの口振りやと、陛下の動向も探るように聞こえたけど。露見したら背信行為や言われても文句言えへんよ。その辺り、どうなん?」

「問題ない。お前は自分の保身の為にあくせく働いていればそれで良い」

「えらい自信満々やけど、何かあっても助けへんよ。私は自分の身が一番大事なんやから」

「構わん。これは取捨選択を行った者としての、果たすべき義務だ。俺がやらねばならん」

「取捨選択って?」

「……知らないのか、思い当たる程の詳細を得ていないのか。──まあいい、とりあえず移動するぞ。お嬢を運ばねばならんし、お前を含めた諸々の対処をつけねばならん。色々と回ることになるが、口裏は合わせるように」

「ちょっと、教えてくれんの?」

「歩きながらでも話せる。足りなければ後で時間を使ってやろう」


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