1.王子の誕生
「はぁ、もうこんな時間か」
部屋中に響き渡るアラームの音で目が覚める。
時刻は朝の四時。
憂鬱そうにしながらベッドから起き上がる。
いつものように準備を済ませると、静かな部屋を後にした。
辺りはまだ少し薄暗い。
普段と変わらぬ景色の会社までの道をゆっくりと歩く。
会社へ行き仕事をして、家に帰って寝る。
ごく普通の生活。それの繰り返し。
特別楽しいことも嬉しいこともなく代わり映えのない時間を過ごす日々。
ただ今日だけは違った。
いつもより少しだけフワフワとした気分であった。
どこか足取りが軽いように感じていた。
そんな足取りで道を渡る。
その瞬間……
「えっ……」
右側から迫っているトラックに寸前で気づいた。
だが気づいた時には遅く、勢いよく迫るトラックと男が衝突した。
当然、撥ね飛ばされたのは男の方。
「お、おい兄ちゃん大丈夫か?」
一部始終を見ていた周りの人や、トラックの運転手は慌てて男に駆け寄る。
既に大量の血を流す男には、周りの声はハッキリと聞こえていなかった。
痛みが全身を巡るよりも先に意識を失いかける。
朦朧とする意識の中で男の頭に浮かんだのは一つだけ。
―あれ、信号って赤だっけ青だったけ―
それが男が最後に考えたこと。
そのまま男は息を引き取った。
この瞬間、男の二十七年の人生が終わりを告げた。
そう、終わりを告げた筈だ。
だが男は目を覚ました。
もしかしてあの状態から助かったのか、と男は考える。
体に痛みはない。
治療が済んだのか?
もしや見慣れないこの天井は病院のものか、などと男の脳内に湧く疑問がつきない。
「あっ、目を開けられましたよ」
視界に可憐な女性が映る。
この人が看護師なのかと思い、話を聞こうとする。
しかし、彼女が喋る言葉を理解することが出来なかった。
それだけじゃなく、男が喋ろうとしても上手く言葉を発せられない。そんな姿を彼女だけじゃなく周りにいる人まで笑顔で見ていた。
―ここはヤバい―
そう悟った男は、自分の目で状況を確認しようとした。
だが、声を発しようとした時と同様に上手く体を動かせなかった。
何がどうなっているのか理解が追いついていない。
必死に体を動かそうとする。
すると、それを見ていた女性の一人が男を抱き抱えた。
抱き抱えられる?
それは子供の時以来の体験であった。
あり得ないことが起こっている、と思っていたら、さらにあり得ないものが鏡に映る。
―な、なんだと―
鏡に映っていたのは赤子を抱える女性の姿。
その女性は今、男を抱き抱えている。
それが分かれば嫌でも察してしまう。
つまり、鏡に映る赤子こそ今の男の姿である。
―これは俗に言う異世界転生というやつではないか―
転生したと考えれば、一連のことにも納得がいく。
ただ転生したとするならば決定したことが一つ。
―そうか、俺は死んだんだな―
突きつけられる現実。
自分が死んだことを知っても男に悲しむ気持ちが湧くことはなかった。後悔するほどの人生を送ってきてなかったからかもしれない。
むしろ、新たな人生への期待に溢れていた。
よく見れば、高そうな家具やインテリアの数々。
メイドと思われる人たち。
裕福な家に生まれたのは間違いないだろう。
「ルーク様、眠たくはありませんか?」
やはり、彼女たちが何を言っているのかは理解が出来ない。
日本語でも英語でもない全く別の何か。
この時はまだ、男は自分が王族として生まれたことを想像すらしていなかった。
だが、すぐに知ることになる。
自分がアルバス王国の第十王子ルーク・フォン・アルバスであることを。
「あぅ」




