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第9話:今更遅い救出劇

波一つない穏やかな海面を、帝国の紋章を掲げた巨大な軍艦が威圧的に進んでくる。


その前方に展開する数十隻の黒翼大艦隊に対し、帝国艦隊の旗艦から真鍮の拡声器を通した男の声が響き渡った。


「助けに来てやったぞ、哀れなセレスティア」


旗艦の甲板の最前列で、リオン公爵が芝居がかった仕草で両手を広げている。


「野蛮な海賊どもに囲まれ、さぞ恐ろしい一年だっただろう。だが安心したまえ。今すぐ私に縋り泣いて許しを請うなら、過去の汚れは不問にしてやろう」


その恩着せがましい声が海風に乗って黒翼号に届くと、甲板に並ぶ海賊たちは一斉に殺気を放ち、剣の柄に手をかけた。


ヴァルクが大剣を引き抜き、船首からあの馬鹿公爵を真っ二つにしてやると身を乗り出しかけたその時。


セレスティアの開いた扇子が、ヴァルクの分厚い胸板をピタリと制止した。


彼女は優雅な足取りで船首の最前部へと進み出る。紺色の特注ドレスが潮風に美しく翻り、その凛とした姿は最新鋭の帝国艦隊を前にしても微塵も揺るがない。


セレスティアは手渡された拡声器を口元に当て、一切の感情を排した冷徹な声を海原に響かせた。


「救出ですか? 却下します。今の私には必要ありません」


短くも冷酷な拒絶に、リオンの広げていた両手がピクリと止まった。


「それに、勘違いなさらないでください。私は囲まれているのではなく、彼らを束ねているのです」


黒翼号の合図と共に、背後に控える数十隻の海賊船が一斉に大砲の門を開き、完璧な陣形を展開する。一糸乱れぬその統率力に、帝国艦隊の兵士たちの間に明らかな動揺が走った。


思い通りに泣きついてこない元婚約者の堂々たる姿に、リオンの顔が怒りでみるみる赤く染まっていく。


「たかが海賊風情が、帝国の艦隊に勝てると思っているのか」


リオンは声を荒らげ、拡声器を力任せに握りしめた。


「貴様らはただ海の上を逃げ回るしか能がない無法者だろうが!」


リオンのヒステリックな負け惜しみの叫びが、海上に虚しく響き渡る。


セレスティアは冷ややかな目で元婚約者の醜態を見下ろすと、静かに拡声器を下ろし、横に立つヴァルクを見上げた。


「交渉は決裂ですわ。次の一手に出ます」


「おう。いつでもいけるぜ、俺の女神」


ヴァルクの獰猛な笑みに頷き返し、セレスティアは帝国艦隊を崩壊させるための、完璧な実務計画を実行に移し始めた。

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