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第8話:帝国の動きと元婚約者の思惑

帝国の中心にそびえ立つ白亜の宮殿。その一角にある豪華な執務室で、薄いクリスタルグラスが砕け散る甲高い音が響いた。


床に散らばった破片と、血のように赤いワインの染み。リオン公爵は手の中で割れたグラスの残骸を乱暴に払い落とし、マホガニーの机に広げられた報告書を強く叩きつけた。


「私の所有物を奪い、あまつさえこれほどの莫大な富を築いているだと」


苛立ちに震える声が室内を震わせる。報告書には、ここ一年で近海の無法者たちを完全に統率し、巨大な経済圏を作り上げた黒翼大艦隊の女帝に関する詳細な調査結果が記されていた。そこに描かれた似顔絵と特徴は、一年前に海賊の襲撃に遭った際、汚れた女として彼自身が見捨てた元婚約者、セレスティアそのものだった。


執務室のドアの前に直立不動で控えていた海軍将校が、顔を青ざめさせて一歩前に出る。


「閣下、お怪我を。すぐにお医者様を」


「黙りたまえ。そんなことより、今すぐ帝国海軍の精鋭艦隊に出撃の準備をさせろ。私自身が総司令官として旗艦に乗る」


将校は戸惑いの表情を浮かべ、言葉を濁した。


「し、しかし閣下。相手は海を熟知した海賊の連合艦隊です。海戦は風と潮を読む経験が全て。いくら正規軍とはいえ、海に出たこともない閣下が直接指揮を執られるのは」


「うるさい。たかが海賊風情が、帝国の最新鋭艦隊に勝てると思っているのか」


リオンは血の滲む指先を絹のハンカチで乱暴に拭いながら、苛立たしげに窓の外の海を睨みつけた。


「奴らは海の上だからと調子に乗っているだけだ。海だろうが陸だろうが関係ない!帝国の圧倒的な大砲の数を見せつけ、私が直々に迎えに行けば、あの哀れな小娘も己の愚かさを悟って泣いて喜ぶだろう」


リオンの歪んだ笑みが、薄暗い執務室に不気味に浮かび上がる。


「海賊どもの薄汚い命などどうでもいい。奴らが不当に集めた財宝と、私の正当な所有物であるあの女を、根こそぎ私の手元に取り戻すのだ」


自らの傷ついたプライドを癒やし、莫大な富を独占するため。傲慢な公爵の歪んだ欲望を乗せた帝国の巨大艦隊が、いま静かに動き出そうとしていた。

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