第3話:略奪品の適正価格と海の掟
港町の外れにある、煙の立ちこめた薄暗い酒場。
木製の粗末なテーブルの上には、黒翼号が先の航海で手に入れた上質な絹織物が山積みにされていた。
「さあ、これだけ使い古された品だ。全部まとめて銀貨十枚。これで手を打とうじゃねえか」
脂ぎった顔の商人が、ニヤニヤと笑いながら薄汚れた革袋を放り出す。海賊たちは、まあそんなもんかと手を伸ばそうとした。
「ちょっとお待ちなさい」
冷徹な声が酒場の喧騒を切り裂いた。セレスティアが卓上の絹織物の一端をつまみ上げ、光にかざす。
「この繊維の密度、独特の光沢。これは東方諸国でしか生産されない最高級の品ですわ。それが、銀貨十枚ですか? 却下します」
「お、おい姉御……」
海賊たちが慌てるのを無視し、彼女は商人を真っ直ぐに見据えた。
「市場価格の五分の一以下ですわ。輸送コストとリスクを差し引いても、銀貨五十枚が妥当なライン。端数を切り捨てて差し上げますから、今すぐ銀貨四十五枚を用意しなさい」
商人の顔から笑みが消え、蛇のような目に変わった。
「へっ、小娘が。ここは海の裏社会だ。陸の法も理屈も通用しねえ。おい、野郎ども!」
商人が指を鳴らすと、酒場の影から武装した傭兵たちがぞろぞろと這い出してきた。抜身の剣が、セレスティアの細い首筋を狙うように囲む。
「暴力という非論理的な手段に訴えるのですか」
セレスティアが小さく息を呑み、足が一歩退きかけた、その時。
──ドォン!
地響きのような音がして、隣のテーブルが粉々に砕け散った。
「俺の女の計算にケチをつけるのか、ああ?」
座っていたヴァルクがゆっくりと立ち上がる。その手には、自らの背丈ほどもある巨大な剣が握られていた。ただ立っているだけなのに、酒場全体の空気が一瞬で凍りつくような圧倒的な殺気。
ヴァルクが剣の先で商人の喉元を軽く突く。
「四十五枚だ。今すぐ出せ。さもなきゃ、てめえの腹を割いて銀貨が入ってねえか確かめてやる」
「ひ、ひいいっ! わかりました、払います! 四十五枚、すぐに出します!」
商人は腰を抜かして這いつくばり、慌てて奥から金貨と銀貨の詰まった袋を持ってきた。傭兵たちは剣を握ったまま、ヴァルクの放つ威圧感に指一本動かせない。
ヴァルクは大剣を背負い直すと、満足げに鼻を鳴らした。
「聞いたか野郎ども! 姉御のおかげで今日の酒は倍のランクだ!」
「おおおおお! さすが姉御! お頭!」
歓喜に沸く海賊たちを尻目に、ヴァルクはセレスティアの顔を覗き込んだ。
「商談で相手を黙らせるあの鋭い舌先、最高に痺れるぜ! さあセレス、祝いに美味い肉を食わせてやる」
セレスティアは、まだ少し震えている自分の指先を隠すように、そっと胸の前で組んだ。目の前で豪快に笑う男を見る。
「……。暴力での解決は好ましくありませんが、効率的であったことは認めますわ」
冷たい言葉とは裏腹に、彼女の瞳には、ただの大型犬だと思っていたヴァルクに対する、確かな敬意の色が混じり始めていた。











