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第2話:海賊船の労働環境改善

黒翼号の甲板に案内されたセレスティアは、優雅に扇子を広げて口元を覆った。


「潮の香りとは全く違う、ひどい悪臭がしますわね」


彼女の視線の先では、甲板のあちこちに謎の黒いシミがこびりつき、木箱の陰にはいつから放置されているのかわからない得体の知れない骨が転がっている。すれ違った海賊の一人が欠伸をした瞬間、その歯茎からタラリと血が流れたのを見て、彼女の柳眉がピクリと跳ねた。


「ちょっとあなた。その口からの出血、いつから放置していますの」


「んあ? こんなの海の上じゃ日常茶飯事だぜ。ほっときゃ治る」


「治りません。典型的なビタミンC欠乏症、いわゆる壊血病の初期症状ですわ」


セレスティアは扇子をパチンと閉じ、船の隅でいびきをかいている甲板長らしき男の腹を尖った靴の先で小突いた。


「起きなさい。この船の衛生管理と在庫管理の責任者は誰です」


「うるせえ女だな。俺たちは海賊だぞ、衛生だの何だの気にするかよ」


男が寝返りを打ちながら悪態をついた直後、甲板に鈍い音が響いた。


セレスティアが近くにあった空の木桶を蹴り飛ばし、男の耳元で粉砕したのだ。


「このような劣悪な環境での労働ですか? 却下します」


静かだが、吹雪のように冷たい声が甲板を凍らせる。


「不衛生な環境は疫病の温床であり、栄養失調は船員のパフォーマンスを著しく低下させます。つまり、あなた方は海戦の前に自滅へと向かっているのです。今すぐ甲板を海水とブラシで磨き上げなさい」


「なんだと、捕虜の分際で偉そうに」


海賊たちが剣の柄に手をかけかけたその時、マストの上からヴァルクが飛び降りてきた。


「聞いたか野郎ども。俺の女神からのありがたいお告げだ。今すぐ甲板を舐められるくらいピカピカに磨きやがれ」


「お頭、なんでこの女の言うことなんか」


ヴァルクはニヤリと笑い、セレスティアの肩越しに海賊たちを睨みつけた。


「俺が惚れた女の命令だ。逆らう奴は俺が海に叩き落とす。それにしてもセレス、その容赦のない指示出し、今日も最高に痺れるぜ!」


「気安く名前を呼ばないでください。あなたもそこに突っ立っていないで、船倉から奪った積荷のリストを持ってきなさい」


「おう、すぐ持ってくるぜ」


巨大な犬のように尻尾を振って船倉へ走る頭領の姿に、海賊たちはついに反抗を諦めた。



 ◇ ◇ ◇



数日後、黒翼号の甲板は朝日に反射して眩しいほどに輝いていた。


「姉御、今日はどこを磨けばいいですか」


「樽の底にあったレモンとザワークラウト、指示通り全員の口に放り込みましたぜ。歯茎の血も止まって、すげえ体調がいい」


モップを持った屈強な海賊たちが、目を輝かせてセレスティアに群がっている。


「よろしい。健康な肉体こそが最大の資本です。次は調理室の改善に取り掛かりますわよ。ついてきなさい」


「へい、姉御」


嬉々として付き従う荒くれ者たちを眺めながら、セレスティアは再び扇子を広げた。海賊に攫われたはずが、彼女の顔には領地経営で腕を振るっていた時と同じ、充実した光が宿り始めていた。

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