第1話:最悪の出会いと求婚
悲鳴と怒号が交差する甲板で、ティーカップの触れ合う乾いた音が響いた。
白銀の縁取りが施されたソーサーにカップを静かに戻し、セレスティアは優雅に立ち上がった。目前には、血糊のついた剣を振りかざす海賊たちが、威圧的な唸り声を上げて迫っている。船長はマストの陰で震え、護衛の騎士たちはすでに武装を解除され、甲板に這いつくばっていた。
セレスティアはドレスの裾を軽く払い、最も近くで剣を構える大柄な男の前に歩み出た。
「あなた方、その無駄に装飾の多い剣は実用的ではありませんわね」
冷ややかな声が潮風を切り裂き、海賊たちの動きがピタリと止まる。
「重心が刃の先端に偏りすぎです。それでは振り下ろすのに余分な力が必要となり、連撃の速度が著しく低下します。そもそも、狭い甲板での戦闘において長剣を振り回すなど、空間認識能力の欠如としか思えませんわ」
流れるようなダメ出しに、海賊たちは顔を見合わせ、手元の剣と令嬢の顔を交互に見た。人質が命乞いではなく武器の性能評価を始めたのだから、無理もない。
「おい、この女おかしいぞ。怯えるどころか説教を始めやがった」
海賊の一人が戸惑いの声を漏らした瞬間、男たちの背後から豪快な笑い声が弾けた。
「いいから道を空けろ、野郎ども」
群衆が海が割れるように道を作り、一人の男が姿を現した。日に焼けた肌に、無造作に束ねられた漆黒の髪。野獣のような鋭い瞳と、均整の取れた屈強な体躯を持つ男、黒翼号の頭領ヴァルクだ。
ヴァルクは真っ直ぐにセレスティアの前に進み出ると、彼女の双眸を穴の開くほど見つめた。死の恐怖を微塵も感じさせない、知性と誇りに満ちた瞳。彼の胸の奥で、今まで感じたことのない激しい衝動が跳ねた。
「おい、あんた」
ヴァルクは突然、濡れた甲板に片膝をつき、セレスティアの手を乱暴だがどこか大切そうにすくい上げた。
「俺の女神になってくれ。いや、今すぐ俺と結婚してくれ。俺の船も命も、全部あんたのもんだ」
周囲の海賊たちの顎が外れんばかりに開いた。数々の船を沈めてきた頭領が、捕虜の令嬢に突然プロポーズをしたのだ。
セレスティアは、握られた自分の手と、熱を帯びたヴァルクの瞳を順番に見下ろした。そして、表情を一切崩さずに口を開いた。
「結婚ですか? 却下します」
氷点下の拒絶が甲板に響き渡る。
「海賊の妻などという非生産的なポジションに就く気はありません。第一、初対面で相手の合意も得ずに求婚するなど、手順が完全に間違っていますわ」
あまりにも冷酷な即答に、周囲の海賊たちは頭領が激昂して令嬢を斬り捨てるのではないかと息を呑んだ。
しかし、ヴァルクの反応は彼らの予想を遥かに超えていた。
ヴァルクは目を見開き、パァッと顔を輝かせたかと思うと、空に向かって吠えるように叫んだ。
「その冷たい態度、反抗的な目、最高に痺れるぜ!」
男の歓喜の叫びが、海鳥たちを空へと飛び立たせた。セレスティアは小さくため息をつき、再び自分のティーカップへと視線を戻した。これが、没落令嬢と若き海賊の頭領による、波乱に満ちた航海の幕開けであった。











