第55話 笑顔のまま刺してくる質問があります
王宮の茶会では、質問にも香りがついている。
天気の話には、領地の収穫への探り。
ドレスの話には、どの商会と親しいかという値踏み。
学園の話には、家を離れた場所で何をしているのかという査定。
どれも紅茶より薄く、砂糖よりきれいに溶けている。
飲み込んでから針に気づくよう、たいへん丁寧に作られていた。
「今年は学園の奉仕祭も、盛況だったそうですね」
王妃殿下が話題を向けると、ロザリア様はカップを受け皿へ戻した。
「はい。予定外のこともございましたが、多くの方のお力で無事に終えることができました」
「あなたは進行の立て直しに関わったとか」
「担当の皆さまが、修正へすぐ応じてくださいましたので」
功績を捨ててはいない。
けれど、一人で抱え込んでもいない。
王妃殿下は小さく頷いた。
向かいの薄桃色の令嬢も、ほっとしたように話を聞いている。先ほどまで比較表だった席は、ひとまず同じ話題を囲む席として働いていた。
その形が気に入らなかったのだろうか。
葡萄色の貴婦人が、扇を閉じた。
「ロザリア様は、学園で本当に多くのことを学ばれたのですね」
声は優しい。
笑顔も美しい。
言葉だけを取り出せば、申し分のない称賛だった。
「先ほどから拝見しておりますと、以前よりずいぶんお言葉を選ばれるようになったご様子」
来た。
ただし、控えの間で投げてきた針とは形が違う。
あの時は、以前はもっとはっきりした方だった、と過去の悪評を確かめにきた。
今度は、その変化が本物かを剥がしにきている。
「身近に、よい助言をくださる方がいらっしゃるのでしょうね」
貴婦人の視線が、ロザリア様から私へ滑った。
ほんの一瞬。
けれど、十分だった。
今のお言葉は、ご自分で考えたものですか。
侍女に整えられた形を、そのまま口にしているだけではありませんか。
以前のあなたこそ本物で、今の穏やかさは借り物ではありませんか。
質問の中身を帳簿へ起こせば、そう書いてある。
たいへん失礼だ。
しかも、私まで勝手に共犯欄へ入れられている。
ロザリア様の指が、カップの持ち手で止まった。
深紅の瞳が、細くなる。
怒った。
当然である。
お嬢様は、自分の言葉が刺さりやすいと知ってから、何度も立ち止まった。
練習した。
失敗した。
言い直した。
褒め言葉一つ受け取るにも、会議資料ほど真剣に向き合ってきた。
それを、侍女に言わされているだけの変化として処理されてはたまらない。
「わたくしが——」
ロザリア様の声が、少し低くなる。
まずい。
ここで「わたくしが誰かの言いなりに見えまして?」まで進めば、正論ではあるが、相手が待っている高圧的な公爵令嬢が完成する。
私は控え紙の端へ、人差し指を一度置いた。
止まれ、ではない。
順番です。
怒りを捨てる必要はない。
ただ、その前に事実を置いてください。
ロザリア様の視線が、私の指先へ触れた。
一拍。
カップの持ち手から指が離れる。
「わたくしが、周囲から助言を受けているのは事実です」
受け入れた。
私の存在を隠さなかった。
けれど、そこで終わらない。
「以前のわたくしは、必要なことを申し上げれば、それで役目を果たしたと思っておりました」
貴婦人の笑みが、ほんの少し深くなる。
過去の非を認めた、と印を押しかけた顔だ。
早い。
まだ文章は終わっていません。
「けれど、相手に届かなければ、必要なことほど取り落とされます」
ロザリア様は、まっすぐ貴婦人を見た。
「ですから今は、何を申し上げるかだけでなく、どうすれば届くかも考えております」
茶会室が静かになった。
先ほどまで聞こえていた銀匙の音がない。
ロザリア様は、声をやわらげなかった。
怒っていないふりもしなかった。
それでも、相手を切る言葉にはしなかった。
「助言をくださる方には感謝しております。ですが、どの言葉を選び、口にするかは、わたくしの責任です」
私の指先から、力が抜けた。
それだ。
助けを受けたことと、自分で立っていることは、何も矛盾しない。
私が言葉を整えてきたからといって、お嬢様の考えまで私の所有物になるわけではない。
ロザリア様が見てきたもの。
見過ごせなかったこと。
正そうとした理由。
それは最初から、全部お嬢様のものだ。
「まあ」
葡萄色の貴婦人は、扇を持ち直した。
「わたくしはただ、よいご関係なのだと思いまして」
質問の針を、今さら花束の茎へ戻そうとしている。
無理です。
刺した穴は残っています。
けれど、ロザリア様はそこを追わなかった。
「ええ。わたくしは、よい方々に恵まれております」
私だけの話にしなかった。
学園で一緒に準備した者たち。
注意を受け取った者。
逆に、お嬢様へ意見を返してくれた者。
その全員を含められる言葉だった。
葡萄色の貴婦人は微笑んだまま、それ以上続けなかった。
続けられなかった、の方が正しい。
ロザリア様の変化を借り物にしたければ、本人が責任を引き受けた言葉を否定しなければならない。
助言を受けることを弱さにしたければ、この席にいる全員が誰の助言も受けずに生きていると証明しなければならない。
どちらも、王妃殿下の前で主張するには帳尻が悪すぎる。
「届く形を考える、ですか」
王妃殿下が静かに繰り返した。
ロザリア様がそちらを向く。
「はい」
「簡単なことではありませんね」
「……はい。思っていたより、ずっと」
少しだけ間の抜けた正直さが混じった。
王妃殿下の口元が緩む。
向かいの令嬢も、扇の陰で小さく笑った。
張りつめていた空気が、そこでようやくほどける。
よろしい。
完璧な教訓で締めず、苦労まで自分の言葉で置いた。
お嬢様は、ご自分でここまで返せるようになった。
私はもう、危険な台詞を丸ごと引き取って翻訳する必要がない。
合図は一つ。
それだけで、お嬢様は怒りも事実も、自分の順番へ並べ直した。
嬉しい。
かなり嬉しい。
そして、私の主業務がまた一つ減った。
たいへん深刻な成長である。
私は控え紙を伏せようとした。
その時、斜め向かいから視線を感じた。
アルベルト殿下だった。
殿下の前には、ほとんど減っていない紅茶がある。
会話の途中でたまたま顔を上げたのではない。
最初から聞いていた顔だった。
貴婦人の視線が私へ向いたことも。
ロザリア様が怒りかけたことも。
それでも、誰かの言葉を借りて取り繕うのではなく、自分で責任を引き受けたことも。
全部。
アルベルト殿下の目が、私ではなくロザリア様へ向く。
そこにあったのは、今まで見落としていた文章を、ようやく最初から読み直す人の顔だった。
殿下は、はっきり聞いていた。
お嬢様の言葉が変わった理由を。
そして、その言葉の持ち主が誰なのかを。




