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手を離した彼ら 5

 大人しく淑やかで、優しげなセイコはそこにはいなかった。別人と見紛うほど、邪気と悪意に身を浸した少女がいるだけだ。

 その変わりようを見れば、救世主然としていたセイコを知る者は息を呑み、言葉をなくした。


『――ああ、本当に酷いな』


 唐突に響いた力ある声に、大気が震動した。漂い始めていたセイコの邪気が見る間に切り裂かれ、霧散していく。

 ナナエたちがいた場所に舞い降りたのは、共に行ったはずの光の精霊王だった。淡い金髪を靡かせ、蜂蜜色の瞳で胡乱げにセイコを見つつ、麗しの精霊王が軽やかに着地する。

『ナナエが濃い邪気を払いたいと言うから代わりに来たが、本当に厄介な来訪者だな、娘』

 界渡りの付属要素が見事に不味い方に作用しているとは、と呟いて右手を横に振った。

 刹那、残っていたセイコの邪気が一掃され、空気が清められる。

「……あなたはお義姉さんの回し者? ジャキがどうだか知らないけど、あんなつまんない女よりあたしの方がお得よ?」

 セイコには精霊王はただの美青年にしか見えず、今の動作も何の意味があったのか分かっていない。蹲って惨めなナナエが彼らに気遣われているのを見て、大変苦々しく思っていたのだ。

 自らに誘うように差し出された手を、光の精霊王はとても厭そうに見遣った。

『救い難い愚かさだな、娘。そのような濁った魔力で、よくもまあ我々のナナエを貶してくれたものだ』

「……どいつもこいつも七恵七恵って……! 馬っ鹿じゃないの!? あんな女に何の価値があるっていうのよ!」

『何ものにも代えがたい価値だ。強さ・美しさ・温かさ・潔さ。どれをとっても最高だ。あの子以上に愛しい人間など存在しない』

 きっぱりと言ってのけた光の精霊王は、セイコに向かって手の平を上げると、円を描くようにぐるりと動かした。魔力が奔り、セイコの身を包んだ。

「……っ、何!?」

『界渡りで授かった分の魔力を抑えただけだ。お前を野放しにしておくと、闇の精霊王の体に響く濃度の邪気を蔓延させるだろうからな。ここまでしろとはナナエに言われていないが、払うだけでは同じことを繰り返すだけだろうし、問題はないだろう』

 セイコは両手を握ったり開いたりしていたが、やがて蒼白になって悲鳴を上げた。

「……っ嘘! 魔力が!」

『言っただろう、界渡りで授かった魔力を抑えたと。その分では人間の幼児と同じくらいしか使えないだろうな』

 魔術師団団長のオンジャクルと同じくらい保有していた魔力が、今では殆ど感じられない。セイコは、身を守る術がほぼ無くなったことに愕然とした。魅了系の魔術効果は、一度無効化したら同じ相手には二度と通用しないのに。

『さて、これで残す用は……』

 光の精霊王は首を巡らせて、玉座の方を見遣った。王族の一人ひとりに視線を合わせ――特に国王とリャクスウェルを見る時間が長かった――厳かに告げる。

『今後一切、ナナエを煩わせることは許さない。ナナエを理由に誰かを処刑することも許さない。此度のことは、発端はあの娘だろうが、お前たち一人ひとりが選び取った結末だ。信じるべきを信じず、力を尽くした者を裏切ったゆえのこと。引き返せないところまで自ら突き進んだのはお前たちだ。ここにいた精霊はすべてを見ている。ナナエには知らせないが、我々は知っている。お前たちがナナエに対して言ったこと、行ったこと、その裏切りのすべてを。もしまたお前たちがナナエを傷つけようとするのなら、この国に残るすべての精霊を連れて行く』

 マイラジノは、大陸一の領土を誇る大国だ。軍事面、財政面でも上位を誇り、人口が他国の三倍にもなる。その国から精霊が根こそぎいなくなったら――その被害は想像を絶する。精霊がいなくなって数十分の王宮ですら、既に衰えを見せ始めているのだ。国が滅ぶこともそう遠くない未来になるだろう。

「……し、しかし、そんなことを実行すれば、また邪霊が復活を……」

 反論しようとする国王の気概に感心できる余裕のある人間は一人もいない。

 そして、光の精霊王は僅かに嘲笑を浮かべて切り捨てる。

『ナナエがいる』

 それがどういう意味か、咄嗟に理解できた人間もまたいなかった。

『ナナエがいれば、邪霊は復活しない。あの心と魔力が精霊を助ける。故に、それは杞憂にもならない』

 光の精霊王の断言に、国王も口を閉ざした。すると今度は宰相が震える声で言葉を発した。

「精霊王様……それは、つまり、ナナエは……」

『ナナエは名を呼ぶなと言ったはずだ。気安く口にするな。そしてその問いには肯定を返そう――正真正銘、ナナエこそが救世主であったと』

 邪霊を打ち倒すことが出来る者を最低条件に、瘴気を清められる者、豊穣を齎せる者、マイラジノの国益となる者、悠久の繁栄を可能にする者、世界に不可欠な重要人物になり得る者、世界を愛し、愛される者――そんな欲深い条件を付けられた救世主に、不足なく該当したのはたった一人だ。

 ざわ、と改めて謁見の間に動揺が奔った。大臣たちの中には、続く精神的な苦痛に耐えかねて失神している者もいるようだ。皆一様に蒼褪め、口を引き結ぶ。

『先程告げたことは、己の意だけではなく、全精霊・精霊王の総意だ。人間たちよ、努々忘れぬことだ』

 ではな、と言葉を残し、一度だけちら、と窓の方を見遣った光の精霊王は、次の瞬間にはそこから消え去っていた。精霊王が佇むだけで漂う自然の恩恵を、抜かりなく回収して。

「――……」

 残された人間たちには、最早騒ぎ立てる余力などなかった。

 長いこと固まっていた彼らが漸く動き始め、気づいた時には、既にセイコはどこにもいなかった。王宮どころか、城下町にもその姿はなかったが、誰一人探そうと動く者もいなかったのだった。


これにてマイラジノ側の話は終了です。

続きは暫くかかりますので、お待ち頂ければ幸いです。

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