↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/4

第2話 今まで通り

「おい。ちょっと止まれ」


朝、教室に入ろうとしたところで、俺は幼馴染の肩をつかんだ。


「何?」

「寝ぐせ」


「え、どこ?」

「後ろ」


こいつは自分の頭を触ったけれど、当然そこには届いていない。


「右?」

「もっと左」


「ここ?」

「全然違う。じっとしてろって」


仕方なく手を伸ばして、跳ねている髪を押さえる。


「水つけないと無理だな、これ」

「じゃあお願い」


「なんで俺が」

「今やってくれてるじゃん」


「お前さあ……」


言いながら、結局一緒に手洗い場まで行った。


これも別に珍しいことじゃない。


俺とこいつは、家が近い。


小学校も中学校も一緒で、高校まで同じになった。


待ち合わせなんて決めなくても、朝になるとどちらかが相手の家の前にいる。


忘れ物をすれば貸す。


遅刻しそうなら起こす。


テスト前は一緒に勉強する。


俺が風邪をひいたときはプリントを持ってきてくれたし、こいつが体育着を忘れたときは、俺が家まで取りに戻った。


まあ、最後のは俺が甘やかしすぎたと思う。


「できた」

「ありがと」


「明日からちゃんと鏡見ろよ」

「うん」


絶対見ない返事だった。


昼休み。


俺が弁当を食べていると、向かいにいたクラスメイトが急に言った。


「そういやお前、昨日告られたんだって?」


思わず箸が止まった。


「なんで知ってんだよ」

「隣のクラスの子だろ?」


「話広がるの早すぎない?」

「こういうのは早いんだよ」


隣にいたやつまで笑う。


「で、どうしたの?」

「断った」


「えー、もったいな」

「知らねえよ」


「けっこうかわいい子じゃん」

「だから何だよ」


俺が卵焼きを食べようとすると、向かいのやつが身を乗り出してきた。


「じゃあ、なんで断ったの?」

「別に」


「何だよ。聞かせろよ」

「好きなやついるから」


言った瞬間、少しだけ恥ずかしくなった。


でも、こいつらに相手まで分かるわけじゃない。


たぶん。


「え、マジ?」

「誰?」


「同じクラス?」

「言うわけないだろ」


「部活の知り合い?」

「違う」


「じゃあ誰だよ」

「しつこいな」


適当に追い払おうとしたところで、別のクラスメイトがため息をついた。


「まあ、誰でもいいから早く付き合ってくれよ」

「何でお前が困るんだよ」


「困るだろ。お前に告ってる女子が諦めないじゃん」

「は?」


「お前みたいなのがいつまでも空いてると、女子がそっち見てるんだよ。俺らに順番回ってこねえんだって」


思わず笑った。


「順番って何だよ」

「あるだろ、なんとなく」


「ないだろ」

「あるって!」


「お前それ、女子に聞かれたら怒られるぞ」

「だからここで言ってんだろ」


周りも笑う。


馬鹿な話だ。


俺も笑いながら、ふと教室の後ろを見た。


幼馴染がいた。


友達と話している。


……と思ったけれど。


目が合った。


すぐにそらされた。


なんだ?


「ほら、食べないなら卵焼きもらうぞ」

「やめろ」


俺は弁当を守る方に戻った。


そのときは、特に気にしなかった。


放課後。


いつものように、俺と幼馴染は一緒に学校を出た。


「コンビニ寄る?」

「寄る」


「また唐揚げ?」

「まだ何も言ってないじゃん」


「どうせ買うだろ」

「買うけど」


「ほらな」

「好きなんだからしょうがない」


駅前のコンビニに入る。


幼馴染は予想通り、レジ横の唐揚げを買った。


俺は飲み物だけ。


店を出ると、こいつはすぐ袋を開けようとした。


「待てって」

「何?」


「手、汚いだろ。さっき階段の手すり触ってたじゃん」

「見てたの?」


「見えるだろ、隣歩いてたんだから」

「細かいなあ」


「いいから先に拭け」


ポケットティッシュを渡す。


幼馴染が笑った。


「お母さんみたい」

「じゃあ返せ」


「ごめんごめん」


こいつが手を拭いている間、俺が唐揚げの串を持つ。


「はい」

「ありがと」


受け取る。


いつも通り。


何年もやってきたことだ。


少し歩いたところで、幼馴染が言った。


「ねえ」

「ん?」


「昼の話」


一瞬、何のことか分からなかった。


「昼?」

「好きな人いるってやつ」


心臓が少し跳ねた。


「ああ」


聞いてたのか。


やっぱり。


「誰?」

「何でお前まで聞くんだよ」


「いいじゃん」

「よくない」


「同じクラス?」

「さあ」


「部活の人?」

「違う」


「じゃあ誰?」

「もういいだろ」


言えるわけがない。


だって。


目の前にいる。


唐揚げ食ってるこいつだ。


小さいころからずっと一緒で、家族同士まで知っている。


何年も当たり前みたいに隣にいたやつに、


好きです。


なんて。


無理だろ。


「ねえ、本当に誰?」


幼馴染がまた聞いた。


「しつこいって」

「教えてよ」


「嫌だ」

「何で?」


「恥ずいから」

「俺にも?」


「お前だから嫌なんだよ」


言ってから気づいた。


まずい。


幼馴染が足を止めた。


俺も二歩くらい進んでから止まる。


「……それ、どういう意味?」

「別に」


「別にじゃ分かんない」

「言葉通りだよ」


「俺には言えないってこと?」

「そうだよ」


「何で?」

「だから恥ずいって言ってるだろ」


「じゃあ、俺の知らない人?」

「もういいだろ!」


少し強く言ってしまった。


幼馴染が黙る。


やばい。


怒ったか?


「……悪い」


そう言おうとしたときだった。


「その人と、付き合うの?」

「え?」


「好きな人」


さっきまでより、声が小さい。


「まだ何も言ってないし」

「じゃあ、これから言う?」


「分かんない」

「付き合いたい?」


何だこれ。


面接か?


「お前、今日どうしたんだよ」


笑ってごまかそうとした。


でも、幼馴染は笑わなかった。


「嫌なんだけど」

「……何が?」


「お前が、その人と付き合うの」


頭が止まった。


「なんで?」


聞いてから、心臓が速くなる。


まさか。


いや。


そんな。


幼馴染は唐揚げの袋を握ったまま、しばらく何も言わなかった。


目をそらす。


また俺を見る。


「……俺、お前のこと好きだから」


今度こそ、何も考えられなくなった。


車の音がする。


近くを自転車が通る。


誰かが向こうで笑っている。


なのに、その言葉だけがやけにはっきり聞こえた。


「……何言ってんの?」


やっと出たのが、それだった。


「だから」


幼馴染の顔が少し赤くなる。


「俺、お前が好き」

「いや、だって俺ら」


「幼馴染?」

「そう」


「知ってるよ」

「男同士だし」


「それも知ってる」

「じゃあ……」


その先が出ない。


幼馴染が俺を見る。


「でも、お前が誰かと付き合うの嫌」

「……」


「その人の方が俺より大事になるのも嫌」


胸の奥が、ぎゅっとなる。


うれしい。


たぶん。


いや。


ものすごくうれしい。


でも、まだ言えない。


顔が熱い。


「だから」


幼馴染が息を吸う。


「俺じゃ駄目?」


ずるい。


そんな聞き方。


無理に決まってる。


断れるわけない。


俺は顔をそらした。


「……ずるい」

「何が?」


「俺が言おうと思ってたのに」

「え?」


幼馴染が固まった。


「何?」

「だから」


もう逃げられない。


さっきまであんなに言いたくなかったのに。


こいつが先に言ったら、俺だけ黙っているのも変だ。


「昼に言ってた、好きなやつ」


自分の靴を見る。


「……お前」


返事がない。


怖くなって顔を上げる。


幼馴染が口を開けたまま、俺を見ていた。


「何だよ」

「ほんと?」


「こんなことで嘘つくかよ」

「いつから?」


「知らん」

「知らないの?」


「気づいたの最近だから分かんねえよ」

「そっか」


急に笑った。


いつもの笑顔。


その顔を見たら、俺まで少し力が抜けた。


「じゃあ付き合って」

「急だな」


「だって両想いなんでしょ?」

「まあ……そうだけど」


「やった」


すごくうれしそうだ。


そんな顔されると、こっちまで笑ってしまう。


「何笑ってんの?」

「お前が笑ってるから」


「うれしいし」

「俺も」


言ったあと、二人とも少し黙った。


恥ずかしい。


こういうことを普通に言えるやつだと思っていなかった。


自分も。


相手も。


歩き出す。


少しして、俺は気になったことを聞いた。


「なあ」

「何?」


「付き合うって、何すんの?」


幼馴染が俺を見る。


「何って?」

「だから、恋人になったら何するの?」


「うーん」


本気で考えている。


「今まで通りでよくない?」

「それ付き合う意味ある?」


「あるよ」

「どこが違うんだよ」


幼馴染が少し笑った。


「俺がお前の恋人になる」


心臓が変な音を立てた。


「……急にそういうこと言うなよ」

「何で?」


「恥ずいだろ」

「顔赤い」


「赤くねえよ」

「赤いって」


「暑いんだよ」

「今日そんな暑くないけど」


「うるさい」


幼馴染が楽しそうに笑う。


腹が立つ。


でも、嫌じゃない。


こいつは唐揚げをもう一つ食べた。


「ねえ」

「何」


「口についてる?」


見る。


端に衣がついていた。


「ついてる」

「取って」


「自分で取れよ」

「さっきまで取ってくれてたじゃん」


「それご飯粒だろ」

「同じじゃん」


「違うだろ」

「恋人なんだから取ってよ」


「さっそくそれ使うな」

「じゃあ幼馴染として」


「もっと意味分かんねえよ」


それでも結局、指で取ってやった。


「ありがと」

「もう自分でやれよ」


「はいはい」


たぶん明日も、俺はこいつの寝ぐせを直す。


忘れ物をしたら貸すし、また唐揚げを買ったら手を拭けと言う。


こいつも俺に数学を教えるし、風邪をひいたらプリントを持ってくる。


昨日までと、たぶん何も変わらない。


でも。


隣を歩いているこいつは、今日から俺の恋人だ。


そう思ったら、急にむずがゆくなった。


「なあ」

「何?」


「明日も一緒に行く?」


幼馴染が不思議そうに俺を見る。


「今まで毎日一緒だったじゃん」

「そうだけど」


「行くよ。普通に」

「……そっか」


「何その聞き方」

「別に」


俺が少し先を歩くと、すぐ後ろから足音が追いついてくる。


横に並ぶ。


いつもの距離だ。


近すぎるとも思わなかった距離。


でも今日は、少しだけ意識する。


結局、これでいいんだと思う。


今まで通り。


ただ、今までより少しだけ、うれしい。




** 今まで通り (完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。