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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第五章「梅雨」

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5-23:「斬りこみ」

5-23:「斬りこみ」


 抜き身の刀を手にした丈士は、拝殿にあった賽銭箱を踏み台にして空中に飛び出すと、両手で刀を振り上げた。


 重力に引かれて落下しながら、丈士は満月を捕えているたたり神の長くのびた手に向かって、自身の体重も乗せて刀を振り下ろした。


 丈士が振り下ろした刀は、その切っ先で肉と骨を切り裂く手ごたえを丈士の両手に伝えながら、たたり神の手を断ち切った。

 拘束されていた満月が解放され、空中に放り出されるのと同時に、たたり神の切り裂かれた手の切り口からは、黒く変色した血のようなものが吹き出してくる。


 ザブンと音をたてながら、浸水した地面の上に着地した丈士は動きを止めず、再度刀を振りかぶり、水を押しのけ、雄叫びをあげながら突っ込み、今度はゆかりを捕えているたたり神の腕を切り落とした。


 丈士は、本物の真剣をあつかうのはこれが初めてだったが、高原稲荷神社に奉納されていたこの刀は、よく切れた。

 振り下ろす力と重力に引かれる力を使い、わずかに刃を引くと、たたり神の手はいともたやすく両断された。


 満月に続いてゆかりも解放され、空中に放り出されるのと同時に、たたり神はここで初めて、その声を発した。


 それは、悲鳴だ。

 たたり神の全身を形作る無数の水死体たちが一斉に口を開き、幾重にも重なった、痛みにもだえる声をあげる。


 不思議なことに、それはすべて女性たちの声だった。

 もはや人間のものではない、おぞましい金切かなきり声だ。


「星凪! 下がってろ! 」


 丈士は、数歩、もだえながら後ろへ下がるたたり神に向かって刀をかまえながら、星凪に向かって鋭くそう命じていた。


「で、でもっ、お兄ちゃん! あたしはっ」

「うるさい! 」


 何かを言おうとする星凪を一蹴すると、丈士は、振り絞るような声で言った。


「オレは! もう! 二度と! お前を、奪わせない! 」


 有無を言わせぬ丈士の口調に、星凪はぐっと、言葉を詰まらせる。


 その直後、ようやく手を切り落とされたショックから立ち直ったらしいたたり神が体勢を立て直した。

 たたり神は、切り口から黒い血をしたたらせ、水面を染めながら、そのうつろな眼窩がんかで丈士の方を睨みつけた。


 そして、たたり神が、凶暴で、獰猛な叫び声をあげる。

 それは、丈士を、[自身に脅威を与え得る敵]として認識した声だった。


 同時に、丈士も雄叫びをあげ、たたり神へ向かって突っ込んでいた。


 バケモノを前にして、恐ろしいとか、怖いとか、そういう感情はない。

 ただひたすらに、目の前にいるたたり神のことが、許せなかった。


「たっ、丈士さんっ! 」「無茶ですっ! 」


 丈士に救出され、軽く咳き込みながらようやく立ち上がった満月とゆかりがそう叫んだが、その声は丈士には届かない。


 水をかき分けながら、のろのろと突撃する丈士に向かって、たたり神はそのいくつもある手をのばして襲いかかった。


 普通なら足さばきも使ってかわすところだったが、水位によって動きを封じられている今は、それは難しい。

 丈士は自身に向けられる手を刀で打ち払いながら、前へ、前へと進んでいった。


 すべての攻撃は、とても防ぎきれるものではない。

 直撃は回避したが、丈士の身体はたたり神の手の爪に引き裂かれ、あちこちに切り傷が生まれ、服も破られた。


 それでも、丈士は、たたり神の本隊に、自身の刀が届くところまで肉薄していた。


「うああああああっ! 」


 丈士は腹の底から叫び、刀を、たたり神に向かって振り下ろす。

 そして、振り下ろされた刃は、水死体の1つの頭部を捉え、その半ばまでめり込んだ。


 たたり神が、悲鳴をあげる。

 刃がめり込んだ場所から黒い血が勢いよく吹き出してきて、丈士の全身をぬらした。


 丈士はたたり神にさらにもう一撃を加えるために刀を引き抜こうとしたが、できなかった。

 丈士が振り下ろした刃は、たたり神の身体にめり込み、挟まって動かなくなっていたのだ。


 丈士が必死になって刀を引き抜こうとしている間に、たたり神は、その手を丈士がもっている刀へと叩きつけた。


 しなるたたり神の腕によって横腹を叩かれた刀は、その力に耐えきることができず、真っ二つに折れる。

 同時に、丈士はその衝撃で吹っ飛ばされ、水の中に仰向けに倒れこんでいた。


 その瞬間、丈士は無防備になった。

 武器もなく、体勢は崩れ、たたり神の攻撃になす術がない


「お兄ちゃん!? 」「丈士さんっ!? 」「百桐先輩ッ!? 」


 星凪、満月、ゆかりの3人が表情をこわばらせながら叫んだが、しかし、たたり神は、その絶好のチャンスに、丈士に何もしなかった。


 丈士の刀をへし折ったものの、その半分になった切っ先はまだ、たたり神の身体に突き刺さったままなのだ。


 たたり神は痛みに苦しみ、もだえながら、自身の身体に突き刺さった切っ先を取り払おうと暴れた。

 近くの神楽殿や社務所に勢いよく衝突し、建物を破壊したが、しかし、それでも深く突き刺さった刀の切っ先は抜けない。


 荒れ狂うたたり神の姿を、水の中から半身を起こした丈士も、空中に浮かんでいる星凪も、取り落とした薙刀なぎなたを必死に探していた満月もゆかりも、呆然と眺めていることしかできなかった。

 そこに今、自分たちが飛び込んで行って何かができるとは到底、思えなかったからだ。


 やがてたたり神は、一際大きな声で叫んだ。

 それは、怒りの叫びだ。


 そして、そのての1本が勢いよくのびて、空中で呆然としていた星凪のことをつかんだ。


「ぅ、ぅわっ!? 」

「星凪ッ!? 」


 星凪は、たたり神に捕らわれ、猛烈な勢いで引きよせられる。

 その様子を目にした丈士は、血相を変えて立ちあがった。


 たたり神は、逃げて行こうとしている。

 すでに高原町の街並みがほとんど見えないほどに増水した一面の洪水の中に、星凪を引き連れ、逃げ去ろうとしている。


 ケガを負い、痛みにもだえ、丈士たち全員をその手にかけることは断念したものの、たたり神は星凪だけは連れ去るつもりでいるようだった。


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