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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? ~暑い夏に、幽霊×ヤンデレで[ヒンヤリ]をお届けします!~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第五章「梅雨」

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5-21:「約束」

5-21:「約束」


 追い詰められた。

 誰もがそのことを自覚してはいたが、しかし、拝殿の中は静かだった。


 丈士も星凪も、相変わらず、うずくまったままで、黙ったまま虚空を見つめていたり、ぶつぶつと誰にも聞こえないような声で何かを呟いたりしている。


 精神的にはかなりマズい状態ではあったし、満月としては何か声をかけたいと思う気持ちもあったが、今は満月自身にも余裕はなく、2人に触れることは難しかった。


 男の子なのに、情けない。

 今の丈士の姿はそう思われてもしかたのないような状態だったが、満月はそんな風には考えていない。


 純粋じゅんすいに、心配する気持ちだった。


 星凪という幽霊と一緒に暮らしている丈士だったが、彼自身には元々霊能力は何もなく、幽霊だって、星凪が幽霊になってからようやく見えるようになっただけ、ということだった。


 それは、突然丈士に霊能力が生まれたからではなく、星凪が、丈士の願いによって現世にとどめられた幽霊であるからだと、満月は考えている。


 星凪は、丈士の生命力をかてとして存在し続けている。

 ということは、2人の間には常に何かしらの繋がりが存在しており、だからこそ、星凪の幽霊としての感覚を見て認識できる世界、霊たちの存在を丈士も感じ取ることができるのだろう。


 だが、結局、丈士には悪霊と自力で戦えるだけの力も、知識もない。

 星凪も、霊としてはそこそこ力を使えるようだったが、その力を使うためには丈士の生命力を必要とするから、戦力に数えることができない。


 丈士の置かれている状況は、相当、辛いものだ。


 自分では、何もすることができない。

 自分自身の妹の命を奪った相手に対し、そのかたきをとることもできない。


 受け入れがたい現実であり、丈士は今、自身の無力感に覆いつくされているのだろう。


(それだけ、丈士さんと星凪ちゃんは、仲の良い兄妹だったということです)


 満月には、2人を思いやり、心配する気持ちはあっても、じっとうずくまっているだけの2人をさげすむような気持ちは少しもなかった。

 むしろ、自分が太夫川の調査に協力するという丈士からの提案を断っていれば、こんな状況に遭わせずに済んだのではないかという、そんな罪悪感がある。


 そして、変な話かもしれないが、満月は丈士と星凪の関係を[羨うらやましい]と思っていた。


 満月が送って来た日々というのは、基本的に、ずっと1人きりのものだった。

 母親は満月が物心つく前に亡くなり、父親の治正も、父が使役する式神のハクも、満月を間違いなく愛し、大切にしてくれてはいるものの、全国各地で起こる霊的な事件に対処するために家にいることがほとんどなかった。


 学校や外では誰かと一緒にいることができても、家に帰れば、たった1人きり。

 ゆかりは満月にとって妹のような存在で、大切ではあったが、それでも、満月の家にいてもらえるわけではない。


 元々、満月が料理をはじめたのも、家にいる時の孤独な気分をまぎらわすためだった。

 たまに帰って来る父、治正を、自身の料理で笑顔にする。

 そんな想像をすることで、満月はいつも、自身の孤独感をごまかして来た。


 丈士と星凪は、いつも一緒にいる。

 丈士は自身に執着する星凪を迷惑がっているようなところもあったが、2人は強いきずなで結ばれている。

 だからこそ、丈士は星凪を幽霊として現世にとどめることができたのだ。


 だから、満月には、そんな強いきずなを持つ2人のことが、うらやましく思える。

 もちろん、そんなことは誰にも話したりはしないのだが。


「先輩……、どうしましょう? 実は、私、泳ぐのは苦手なんです」


 暗くなりがちな気分を少しでもまぎらわすために満月がゆかりと一緒になって、ボロボロになってしまったゆかりの薙刀なぎなたのお札をはりつけ直していると、ゆかりがポツリとそう言った。


「へぇ、そうなんですか? ゆかりちゃん? 泳げなかったというのは、初耳ですね」


 きっと、ゆかりはなにかおしゃべりでもしていなければ、とても正気を保てないような気分なのだろう。

 そう察した満月は、薙刀なぎなたに張ったお札がしっかりとくっつくように何度も手で押さえつけながら、精一杯の微笑みを浮かべながらそうゆかりに問い返した。


「い、いえ。まったく、泳げないっていうわけじゃないんです。……その、浮かんでいるのは、なんとか。でも、潜って泳ぐのができないんです」

「ほほぅ? 以外ですね。ゆかりちゃん、運動は得意なのに」

「そうなんですが、何か、水の中って、怖くって。……小さかったころから、ずっと」


 ゆかりが、自身が泳ぐのを苦手としていることを心配しているのは、今も外では水かさが増し続けているからだろう。

 まだ拝殿の床の高さまでは達してはいなかったが、そのうち、辺りが水浸しになるのはほぼ確実なことだ。


 拝殿と本殿の守りは床上に浸水した程度では破られることはないだろうが、水浸しになって、足がつかないほどになったら、満月たちはたたり神に反撃することもできなくなってしまう。


「なら、今度、一緒にプールにでも行ってみましょうか? 一緒に、練習しましょう! 」


 ゆかりが不安がっているのを察した満月は、あえてこれからの話をした。

 それも、とりとめもない、何気ない日常の話を。


「満月先輩と、プール、ですか? 」

「ええ! 学校にもプールはありますが、学年が違うので授業では一緒に泳ぎませんからね。だから、一緒にどこかのプールに遊びに行ってみましょう! 」

「そ、それは……、いいです、ね」


 こんな時に、なにをのんきな。

 聞く人によってはそう思ってしまうような言葉だったが、ゆかりには、満月がゆかりのことを心配してそう言っているのだということが伝わっているようだった。


 ゆかりはぎこちない笑顔を作ると、精一杯の明るい声でそう言ってうなずいてみせる。


 きっと、楽しい思い出をたくさん作れるはずだ。


 プールに遊びに行く、というだけで、少なくとも3回は集まる口実ができるのだ。


 1回は、どこのプールに遊びに行きたいか、いつ遊びに行くのか、その計画を練るために。

 もう1回は、プールに来ていく水着を選ぶために、一緒に買い物に行くために。

 そして、最後に、みんなでプールに遊びに行く。


「はい。それじゃ、約束ですね! 」


 満月はゆかりに向かって、精一杯の笑顔でうなずいてみせた。


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