久しぶりに見た人間
ユーリは森の中を歩いていた。
グルディアスが速攻転移を行ってから、既に数時間。
森の中を歩きつづけているが、未だ人の姿は確認できていない。
いや、人の姿は確認できているのか。
横を見ると、剃髪の大男、グルディアスが歩いている。
なぜ帰らない……?
魔界軍七星将、その中でも重要な地位に就いているのは伊達ではなく、かなり優秀な男だ。
必然、任されている仕事もそれに見合った内容、そして量となる。
自分が旅に出ると言い、即日転移をしてくれたのはありがたい。人間界に送ってくれたのもありがたい。
だが、なぜ帰らない……!?
ユーリはこの森に来てからの道のりを思い出していた。
はじめは鳥が鳴き、生命の息吹を感じ取れたこの森は現在静まり返っている。
何故か?
隣の大男が正解だ……!
高密度の魔力をその身に秘めた存在はそこにいるだけで、他の生物を震え上がらせた。
この森の生態の動きを復活させるのは自分しかいない。
決意を秘めて、ユーリは話しかけた。
「今日はいい天気だなー」
「その通りだ。この森も良く生命に溢れている」
今は静まり返ってますけどね!
口を押え、言葉を発するのを堪えた。
待て、待つんだ。今ここで不用意に話してはいかん。
計画を立てよう。
「ああ、本当に良い森だ」
「それで、早く本題に入ったらどうだ?」
無駄無駄!
すべてを悟ったユーリは、本題に切り込んだ。
「なぜ、魔王城に帰らない? 送ってもらったのはうれしいが、ここにお前がいる理由が分からないんだ」
ふむ、と言い、グルディアスは歩みを止めぬまま顎に手をのせた。
彼は少しうつむき気味になりながら、話す言葉を選んでいる。
思慮深い印象を与える顔は、ファンがいる。
そんな事を口が悪いメイドに聞いたことがある。彼女はローウェン押しであったが。
「ふむ、その理由を答えるには今の状況を確認する必要があるな」
「状況」
ああ、と言い、グルディアスは魔法陣を目の前に展開する。
その魔法陣を自分は見たことがあった。というよりも、今日その威力は身をもって知っていた。
転移魔法陣は淡い光を発すると、そこに荷袋を出現させた。
いくらかの荷物が入っていると思わしきそれをグルディアスは拾い、中から地図を取り出し、ある場所を指さした。
そこにはレイフェネル森林と書かれている。
そして、そこから指を動かしある地点で止めた。
「今、私たちはレイフェネル森林にいる。そして地図には載っていないが、ここには小さな村がある。まずはそこまで行くべきだ」
「なるほど」
確かに、自分はここがどこにいるかは知らなかった。さらに小さな村が近くにある事も知らなかった。教えてくれるのは非常にありがたい。
ただ、
「なぜ、いま教えた?」
転移してから教えてくれればそれでよかったのではないか、と思ってしまう。
この問いに対する彼の答えは、
「私もここに用がある」
非常に簡潔だった。
ユーリたちはしばらく歩き続けた。
道中、生物の気配を感じ取ることは出来なかったが、それは反面、安全な旅路を送ることが出来たという事だ。
歩き続けた先に、村を見つけた。
そしてユーリは5年ぶりに自分以外の人間の姿を確認した。
簡素なつくりの門の前に二人の男が立っている。手に槍が握られているところを見ると、門番なのだろう。
彼らはユーリたちを見つけると、槍を構え、
「そこの二人、この村に何の用だ!」
「旅をしている。この村には補給に立ち寄った」
「そんな軽装でか?」
確かに、荷物はグルディアスが持っている荷袋しかない。怪しまれるのは当然というものだ。
しかし、軽装の旅人はそこまで珍しくはない。
魔法が使えるのであれば、飲み水は補給できる。火も言わずもがなだ。
さらにこちらは二人組。魔法を使えるという話の信ぴょう性は上がるだろう。
魔法を使える旨を伝え、それを軽装である理由だと話すと、彼らは村の中へ俺たちを入れてくれた。
「ようこそ、小さな村ですが、どうぞ体を休めてください」
村の中へと入ると、案内役を名乗る男がユーリたちを出迎えた。
彼は村長の家へ案内すると言い、自分たちを先導し、歩いていく。
それに従って村長の家へと向かっていく途中、ユーリは村の様子をみた。
のどかな村、どこにでもあるというのが自分の感想。その当たり前の光景が、なぜか嬉しいと感じる。
戦争が終わり、魔界の奥にある魔王城に人間一人という生活を続けていたから、のどかな村で行われている人の生活を見て、嬉しいと思った。
そんな中一つの違和感を覚えるものを一つ、ユーリは見た。
一人の少女が、妙齢の女性に頭を下げている
仲が悪い、上下関係というわけではなさそうだ。女性は困り顔をして、少女の事を気遣っているのが分かる。
ふと、前を見ると案内役の男も少女たちの方向をみていた。
のどかと決めつけるのは早かったか。
村長宅はこの村の中では一番大きな家だった。
村長もとても気のいい人であり、ユーリたちに快く接してくれた。
にこにこと笑顔を見せながら、彼は質問を一つ。
「旅人さんたちはどこに向かうつもりなのですか?」
「とりあえずは王都を目指すつもりです。そこに友人がいると思うので」
王都、エルデンシア。
先の戦争では、連合の最終防衛都市として機能し、多くの人種が集まった。
魔王城に流れていた情報によると、その時にやってきた人達の中にはいまだとどまっている者も多く、人間と多種族の混合都市の大きな一例となっている様だ。
魔族も幾人かは住んでいるらしく、先の戦争にできた種族間の溝を埋めようとしている、と聞いた。
今、彼らがどういった状況になっているかは知らないが、そうまずい事にはなっていないだろう。
グルディアスがそれを見逃すはずがない。
王都、と聞き村長は頷いた。それなら、と口を開き、
「この村から三日程歩いた先に、馬車が何本か出ている町があります。ひとまず、そこに向かうがいいでしょう」
「なるほど」
ふと、村長の視線が下がったことに気づく。
視線の先にあるのは、剣だ。
そして、グルディアスの大きな体を見る。が、何も言わない。
なら、こちらも関わらないほうがいいだろう。
「村長、ここにギルドはありますか?」
村長宅を出て、ユーリたちは歩き始める。
ギルドは小さいがあるらしい。行くところも他にないので、そこに向かうとしよう。
「この村は何やら事が起こっている様だな」
「そうだな」
グルディアスの言葉に短く答える。すると、彼は意外だ、という風に少し目を開いた。
「いいのか?」
「別に助けてなんていわれなかっただろ。それなら、ここで解決できる事なんだ」
それに助けてもらった後の方が面倒な事になる場合もある。
村長はその事も恐れているのだろう。そして、今助けを求めなかったという事は、そこまで切羽詰まっているという事でもないらしい。
有難迷惑、という言葉もある。
出しゃばれば、その後の責任も持たなければ。
歩き続けると、酒場についた。
ギルドは酒場と一つの建物で作られている事が多い。
依頼の報告のついでに一杯、冒険者の習性をよく理解しているが故の構造だ。
酒場の扉を開けると、中年の女性がカウンターに立っている。
「こんにちは、今日はどのような御用件で」
おお、ギルド式会話術だ。
受付嬢にまず最初に教えられるのは会話術と言われる。
そして美しいと言われる受付嬢程、面倒を避けるために会話術を良く学んでいる。
余計な事を話せば、冒険者の感情を刺激するからだ。それは良くも悪くも、冒険者側の行動となり、現れる。
付きまとい、怒涛の恋文、ストレートなプロポーズ。
迷惑行為を挙げればきりがない。
「ギルドカードの更新に」
ユーリは真っ白となった板を取り出した。
魔王城にいる間も、離したことはない。それは癖といえるもので、特に気を付けたうえでの行動ではなかった。
ギルドカードは、身分証明の一つの手段となりえる。
特に冒険者は宿無し、金なし、身分なしと三種の罵倒が言われる程であった為、カードはなくてはならないものと、認識されている。
そして、もう一つ。無くしてはならないと、言われている理由がある。
再発行には金銭がいるのだ。それも少し、お高めの。
金の為に依頼を受ける冒険者が、ギルドに大金払うのはなぁ。
そう言う冒険者程、併設されている酒場で浴びるように酒を飲むのだ。
「あら、真っ白という事は期限が切れていますね」
ギルドカードは魔力充填式だ。
基本的に魔力を充填するのは無料だが、一度空になってしまえば、
「それでは、魔力充填料として1000ギルいただきますわね」
「お、お願いしますっ……!」
少々お高めの料金を払わなければいけない。




