あいつのために
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(この文章は2015年07月27日には削除します)
「『あいつ』とは、長尾景虎のことですか? それとも武田晴信? まさかすでに他にもそういう関係の方がおられるのですか?」
困ったな、自分でもこんな風に言うつもりはなかったんだけどな。
『あいつ』と言ってしまうとは。これはいけない、どうやら俺は心の中ではしっかりと優劣をつけてしまっているようだ。
「今半兵衛が言ったみんなだよ。あいつだけが良ければいい、なんて一人を選ぶこと、俺にはできない」
「なるほど、要するに優柔不断、へたれなのですね」
そこまで言われますか! まあ自覚しているけども。
「ところで、さっきの回答だと、私があなたの家臣になると、たとえば長尾景虎のためにならないとのことですが、それはどういうことでしょう? 私はあなたのお役には立てるのですよね?」
「なに、簡単なことだ」
簡単であってはものすごく困るのだが。
「俺が半兵衛に手を出してしまうかもしれない」
これ以上いい関係の女子が増えることを俺は望んではいない。俺は今の状況に満足している。
「私はそういう対象としで見られていたのですか。確かに甲斐での武田との祝言の折には、お気に入りの童女を連れて甲府の町を練り歩いたとか」
「その噂はこんなところまで流れてきているのか・・・」
まさか美濃にこのうわさが流れているとは・・・もうだめだ、これで俺はそう遠くないうちに言葉はないから何と呼ばれるのかはわからないが、全国の人にロリコンと同じ意味の言葉で呼ばれることは決定だな。
「確かに私の体は幼いですが・・・」
「いやいや、年相応だろ?」
暗くてよく見えないが、木の反対側から見えていた感じからすると中学生くらい、この世界の平均身長が低いことも加味すると、だいたい高校生くらいの体格だった。これで木に隠れて見えなかっただけで実は横にかなり大きいです、とか言われると高校生なのかはちょっと疑問に思えてくるかもしれないが、こっちならそんなことはないから大丈夫か。
「いえいえ、最近の若い人たちはもう少し大きいですよ。年を取ったら垂れるだけだというのに、何がそんなに嬉しいのやら」
そんな局地的な話なんてしなくてもいいだろうに。
「そんなところの大きさがどのくらいが普通なのかなんて知らん、注視したことがないからな。あと、俺はしっかりと半兵衛のことを見たことがないから半兵衛の胸の大きさなんてわからん」
「それは正面から見せろということですか? 小さい方が好みと言うことですか?」
「とりあえずその捻くれた解釈をやめろ」
「ではもう少しお話に付き合っていただけますか?」
話を継ぐためだけに今の話をしていたのか? 話したいことがあるのならさっさと言えばいいのに。
「構わないよ、話したいことがあるのならどうぞ」
「私をあなたの家臣にしていただけませんか?」
「・・・」
そういうことはもう少しためてから言うものじゃないのかな? そんな「どうぞ!」と言われて即答しなくてもいいんじゃないのかな?
「どうかしましたか? 話したいことがあるのならどうぞ?」
こいつ、分かってて同じことを言ってきやがったな。
にしても家臣にしてくださいって・・・本気か?
今この美濃を治めているのは・・・斎藤道三だったっけ? いや、もう道三は家督を息子の斎藤義龍に譲っていて・・・もう長良川の戦で討ち死にしているのか、長良川の合戦は弘治2年、1556年だからな。
と言うことは美濃の現当主は斎藤義龍だったかな? その子、斎藤龍興が当主になったのは義龍が死んだ永禄4年、1561年だったはずだからな。
つまり竹中半兵衛は、美濃の現当主である斎藤義龍がどうしようもない暗君だと判断したから他の主を探しているということかな?
「とりあえず、どうして俺の家臣になりたいだなんて言い出したのか聞こうじゃないか」
「なに、簡単なことです、今の当主があん・・・」
「義龍殿は暗君とは呼べないと思うけどな」
確かに義龍は独裁政治をしていたような感じはあるが、それでもこのころには治部大輔にもなっていたし。
このころの治部大輔の仕事はもっぱら僧尼、仏事、雅楽及び山陵の監督を職務とすることだったかな? 昔は外事・戸籍・儀礼全般を管轄し姓氏に関する訴訟や、結婚、戸籍関係の管理もあったはずだが、平安時代以降はなくなっていたはずだ。治部大輔は律令制における官僚の序列では正四位だったかな? この正四位というのがくらいとして高いのかどうかは知らないが、あの超偉い今川義元は今川治部大輔義元とか名乗っていたんだから、偉いのだろう。
と言うわけでなんだかんだと言ったが、斎藤家の戦国大名としての基礎を築き、治部大輔にもなった斎藤義龍はそんなに暗君ではないだろう。
「・・・捨てられました」
「は?」
「先代の道三様のころはよかったのですが、当代の義龍様の代になってからは、私は受け入れられませんでした」
随分とすごいことを言っているのに声に落胆とかそういったものを感じないな。今の言い方だと直接言われてこそいないけど会社の社長に暗に「明日から来なくていい」とか言われたみたいな状況だと思うんだけど。
「受け入れられなかったということは、半兵衛は他の人とは違う何か特別の事情があるってことかな?」
「さあ早く答えてください。家臣にして下さるのかどうするのか」
「いや質問に答えろよ」
これに答えてもらわないと困る。もしこれでどうしようもないくらい変な事情があったりしたら、いくら有能でもお断りしたいところだ。
「大丈夫です、家臣にして下さればすぐにわかることです」
「家臣にする前に分からないと意味がないんだけど! それも判断材料だからね!」
「まあまあ落ち着いて下さい、夜中にそんな大きな声を出すものではありません」
今こいつを殴りたくなった。たぶん自分も似たような事しそうな気もするけど。
「・・・で、どんな事情があるんだ? あとどうして俺の家臣になりたいだなんていったんだ? 俺じゃなくてもお隣には今絶賛売り出し中の織田もいるじゃないか」
「質問が増えました。なんですか? いくつも質問を出したそのついでにポロっとこぼすことでも期待しましたか?」
図星だったところもあるから何も言わないが、この挑発的な口調は腹が立つな。
「まあ答えますけど」
なら何も言わずに答えろよ!
「まず義龍様に受け入れられなかった理由は、人と話せないからです。織田ではなくあなた様、長尾や武田ではなくあなた様を頼ったのは、あなた様なら女の子に酷いことはしないだろうという見方をしたからです」
「後半はだいたい合っているからいいんだが・・・」
前半は問題すぎないか?
「人と話せないって言うのは・・・大勢の前では話せない、てことか?」
「いえ、本当に、人が目の前にいると、話している人物が私の視界に入ったら話せなくなります」
「そうか、竹中半兵衛、埋もれさせるには惜しい才であったが・・・」
「まさか見捨てるおつもりですか⁉ こんなに可愛いくてか弱い女の子を見捨てるおつもりなのですか⁉」
自分で可愛いとかか弱いとか言うなよ、安く聞こえるぞ。
「それに今のお言葉から察するに私の才は欲しいのでしょう? 差し上げますとも、普通の生活さえ保障してくださるのであれば一生この才をあなた様のために捧げますから!」
そんなに重たくならなくてもいいのだが・・・こっちではそうもいかないか。
主家を裏切る・・・と言うのとはちょっと違うか、でも一度でも禄を食んだ家に刃を向けることになるし、受け入れる側も裏切られることを念頭に置いておかないといけないわけだしな。そりゃ結局どっちなのかはわからないが、どちらにしても必死にはなるわな。
「いやでも面倒くさそうだし、今も変なことまで口走るし」
「何がいけなかったというのですか!」
「一生あなた様のために~みたいなの」
「何がいけないというのですか!」
「フラグ・・・は分からないか、えっと・・・お約束とでも言うかのかな? さっきみたいなことを言うとだいたいの場合それっぽい関係になってしまうものなんだよ」
「そんなことあなたの気の持ちよう一つでどうとでもなるではないですか! 勝手に頑張ってください!」
「それができれば苦労はしていない」
「知りませんでした、まさかあなたがそんなに女の子大好きなど助平だったとは」
今度は声に落胆とか失望とかが見えたな。やっぱり一度殴っておこうか?
そんなことを考えていたら表情に出たのか超能力的なものでも発動したのかは分からないが、変なやつに考えが伝わってしまったようだ。
「旦那、この無礼な女はどうしますか? とりあえず手の一本くらい折っておきますか?」
伝わってはいなかったみたいだな、俺はそこまで怒っていない。それどころか俺は女の子にそんなことはできないと思うから俺と言う人間も理解できていないな。
段蔵の声が後ろから聞こえてきた。恐らく半兵衛の前に立っているのだろう。堺で見た時みたいに怒っているのかどうかがちょっと気になった。
「・・・」
あ、そういえば半兵衛は人が視界にいると話せないんだったっけか。
「段蔵、そんなことはしなくていいから。とりあえずこの子の視界に入らない辺りに移動してくれないか」
俺は木の反対側を見ていないから本当に段蔵が半兵衛の前にいるのかどうかは分からない。だから間違っていたらすごく恥ずかしい。
「でも旦那、こんな無礼なやつなんかいなくても、いざとなったら旦那に逆らうやつはみんな私が力で黙らせますよ?」
お前みたいなやつを何とかするために半兵衛みたいな人が欲しいと思っていたんだよ! ていうか御すべき対象が増えてしまった。段蔵は景虎の家臣だからあんまり心配してはいないんだが・・・。
「段蔵、俺が決めるから、とりあえず半兵衛と話をさせてくれ」
「旦那がそういうなら・・・」
納得していないような感じだったが了解してくれたようだ。
「あんな人を御するために、私は御入用ではありませんか?」
その証拠に半兵衛がまた喋りだしたし。
にしても案外肝は座っているんだな。まだ段蔵が近くにいることも、俺のために何でもしてしまいそうな相手だということも分かっていて段蔵を怒らせるような発言をしているんだから。
「欲しいに決まってはいるんだが・・・」
そもそも竹中半兵衛が欲しくないわけはない。何か変な特徴が加わってはいるが、それでも竹中半兵衛だ。俺の尊敬している知恵者の一人だ。ぜひ欲しい。
でもそうなると絶対になんやかんやとあっていい関係になってしまうというのはこの世界に来てからのお約束になってきているからな。ここで断っておきたい。
「仕方がありませんね」
お、諦めてくれたかな? とか考えたところでたぶん違うんだろうな。
結構な自信があるから言うが、この後竹中半兵衛は俺が断れないような理由を言ってくる。
「私があなた様の家臣になりたいと言ったもう一つの理由をお話ししましょう」
ほらきた。何かすごいこと言うぞ。たぶん命がかかっているとか言うぞ? 家臣にしてくれなかったら死にますとか言って脅してくるに違いない。
「実はすでにこんな無能は要らんと義龍殿に言われ、屋敷から出ないように命じられていたのですが、見返してやろうと頑張ってみたらどうやらそれが義龍殿のお気に召さなかったようで・・・打ち首を命じられました」
・・・なんか変なこと言ってないか? 打ち首ってあれか? 首ちょんぱか?
「それで、おとなしく死ぬ気はないので、逃げなくてはと思い・・・今は屋敷から逃げ出して逃走している真っ最中です」
「その屋敷に見張りなんかは・・・」
「大勢いました」
「実は見つかっていて追われていたり・・・」
「知恵比べなら自信はありますが、体を動かすとなると何とも・・・」
「・・・織田でも長尾でも武田でもなく俺を頼った理由は・・・」
「嘘は申しておりません。ただ、言っていなかったことはありますが」
「見つけたぞ! 竹中半兵衛!」
変な声が聞こえたなー。後ろがなんだか明るい気がするなー。
「織田でも長尾でも武田でもなくあなた様を頼ったのは・・・」
「殿より見つけ次第首をはねよとの命を受けている! 大人しくしていれば苦しまぬように一撃で仕留めてやる!」
「私ではそこまで逃げられないからです」
やっぱりそんな理由ですか。
「お覚悟!」
「だ・・・!」
「旦那がお話ししています。もう少し待っていただけますか?」
呼ぶ前に飛び出てきたようだ。くしゃみもあくびもしていなければ壺もないのだが・・・。
「なんだ、お前は!」
「待つか待たないかを聞いているんです。待ってもらえるなら今のところは何もするつもりはありません。待ってもらえないのなら、少しの間眠っていてもらいます」
段蔵や、そんなに攻撃的な言葉でなくてもいいと思うのだが・・・。
「ふざけるな、餓鬼が!」
ほら怒ってきた。
「じゃあお話が終わるまではよろしく」
「はい」
後ろで金属がぶつかる音が聞こえてきた。どうやら刀か何か、互いに刃物を抜いているようだ。
段蔵がそこいらの普通の役人に不覚を取るようなことはないと信頼しているが、それでも万が一事故が起こらないとも限らない。話を終わらせよう。
「今普通に話せていたのは?」
「この木はいったいどれほどの時を生きてきたのでしょうか、随分と深いしわが刻まれています」
木を見ているのですか、ほんとに視界に入らなければいい感じですか。
「俺以外にどこか頼るあては?」
「できることなら播州の黒田官兵衛殿の元に参り、ともに高め合えればとは思いますが、頼るあてとなると全く思い当りませんね」
「織田に紹介すると言われたら?」
「織田のご夫君はあなた様以上に色を好むとか。噂を聞く限りではとてもではありませんがそのようなところに行きたくはありません」
信長の悩みはもしかしたら元亘が消えたら解決するんじゃなかろうか? 今はどうでもいいが。
「条件がある。これを守れなければ連れてはいかない」
「なんでしょうか」
「絶対に俺に対して変な気を起こすな。景虎や晴信、俺の奥さんが悲しむようなことはしないでくれ」
「分かりました。そちらも努力はしてくださいね」
「当り前だ」
頼むからな、竹中半兵衛殿。
俺の意志は弱いからな、きっと明日には半兵衛のことも可愛いなーとか思ってしまっているに違いない。
半兵衛が変な気を起こしさえしなければ、俺は自分からは踏み込まないと思うから。他力本願で悪いが、本当に頼むからな、竹中半兵衛殿よ。
「そういうわけで、竹中半兵衛が仲間になってくれました」
いい加減足がしびれて辛いです。
「なるほど、とりあえず、竹中半兵衛が仲間になった、と言うことは分かりました。しかし・・・」
しかし? なんだというのだろうか?
「つまり、婿殿が竹中殿を仲間にしたのは」
「私のため」
向日葵が胸の前に握り拳を作って、何だか顔を輝かせている。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「貴久が、景虎が云々とか考えながらも、私のためになることを優先してくれた。勝った」
う~ん、確かに結果的に景虎よりも向日葵のためになっているが、あれは最終的に誰のためかと言うと竹中半兵衛のためだと思うんだけどな~。
「どう考えても竹中のためじゃない?」
くーちゃんが心の中を代弁してくれた。
「都合の悪いことは聞こえない」
口で言ったらおしまいだ。つまるところふざけているだけだろう。
「それでは、先を急ぎましょう。少々おふざけが過ぎました」
「先はもちろん急ぐけど・・・そんなに過ぎていたか?」
もうこうして半日お叱りを受けていて言うことはないのだが・・・随分とピリピリしている気がする。
「婿殿の話が本当だとすると、いまだにここに斎藤家の者が来ていないのはおかしいです」
言われてみればその通りだ。俺だったら、国のいろいろなことを知っている死刑囚が逃げ出したりしたら必死になった処分しにいくはずだ。
「でもそんなに心配しなくてもいいんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだい? くーちゃん」
「竹中は武田とは特に伝手はないんだろ?」
「・・・」
言葉は発しないが、それでも首を縦に振って肯定の意を示している半兵衛。と言うかこんな時代の半兵衛に他国とのつながりなんてほとんどないだろう。まだ戦なりなんなりでまったく成果を出していないはずだからな。
「だから、斎藤が何か仕掛けるとしても、半兵衛は敵対関係にある織田に走ったと考えるだろうから、網を張っているのはここから尾張への道のどこかだろうね」
なるほど、今半兵衛がどこに行ったらより重宝されるかを考えると、斎藤と敵対していない武田や、あんまり他国に関わろうとしない方針を取っている朝倉義景が当主をしている越前の朝倉氏なんかよりも、内情さえ知らなければ、天下を取ろうとしていて、斎藤家と敵対している織田家に走ると考えるのが普通、と言うよりもそれ以外に選択肢はないか。
「そうでなくても、私たちに手を出したりはしないだろうから大丈夫でしょ」
「それもそうか」
小太郎がピリピリしていたからこっちも緊張してしまったが、こうして説明されてみれば特に危機的状況でも何でもなかったようだ。
「そうでもないのです」
小太郎曰く、そうでもないようだ。
「実は今朝方のことなのですが、下から連絡があり、詳しいことは分かりませんが、斎藤義龍の子、斎藤龍興が手勢を集めているとのことです」
「戦でもするつもりなのかい?」
「いえ、どうやら竹中殿を探すための兵のようです」
「おお、半兵衛、愛されてるな」
俺も少しふざけてみたら、後ろにいた半兵衛がぶるぶると首を振っている。ちょっとおもしろい。
「さて、それじゃあ変なのも迫ってきていることだし、さっさとおだわ・・・じゃなくて甲斐に向かおうか」
ちゃんと甲斐に連れて行ってくれるのか、ちょっと心配になってきた。
「さあ行こう!」
くーちゃんが元気に俺の腕を引く。
「違う、今日は・・・」
「兄ちゃん! 今日は一緒に乗せてね!」
「私も・・・その・・・」
三人はいつも通りだな。
「二人も乗らないから、今日はりょうととらの二人が順番で乗るってことで」
「貴久、ここにいる奥さんの名前を言ってみてよ」
「いや、いないから」
くーちゃんがちょっと怖い笑顔をしてくるが、くーちゃんはまだ奥さんじゃない。
「どうして私も駄目なの」
「だって向日葵は昨日乗ったし」
「でも、あの時は結局そこのそのうち嫁になるかもしれない女と一緒だった」
「そのうちとかかもしれないとかやめなさい・・・事実だけど」
「貴久、結構傷つくからね?」
「はいはい、また機会があったらね~。早く出発しないと変なのが来るんだろ~」
俺はさっきまで引っ張られていた腕で今度はくーちゃんを引っ張って歩き出した。




