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優しい国

前の第2話の間に新しくいれた新第3話です。旧第2話を読まれていた方は新第2話と新第4話は読まなくても問題はないといえばないです。でも読んでは欲しいです。

(この文章は2015年07月27日には削除します)

 景虎さんについて城を出た後、俺たちはまっすぐ春日山城の城下町にやってきた。

「まったく、下僕のくせに主を待たせるなんて何考えてるのよ」

「申し訳ございませんでした」

「心がこもってないわよ」

 こ、心ですか・・・どうすればこもるだろうか?

「申し訳ございませんでした」

 分からないのでとりあえず心の中で景虎さんを待たせてしまったことを後悔しまくって腹を切って詫びる自分を想像しながら言ってみた。

「全く感じないわ」

 どうしろと言うのだろうか、俺には分からない。

「ま、心なんてこめてもらっても嬉しくないからいいけど」

 だったら最初から言わないでほしい。

「ところで、これからどちらへ」

 どうでもいいと言われたことにいつまでもこだわっていても仕方がないので、とりあえず別の話題で普通の会話をしてみようと試みてみる。

「あんた、自分がどういう立場なのか分かっているの?」

 草履取りですね、はい。要はお前なんかが気安く話しかけるなってことですね。

「すみま・・・」

「まあどこに向かってるわけじゃなくて、ただ散歩してるだけだけど」

 話すなと言っているのか、それともからかわれているのか・・・いずれにしても下手なことを言って放り出されたりしたらお終いだから下手なことは言えないが。

「・・・何か言い返しなさいよ」

 会話がしたかったのかよ! こっちの立場も考えてもらいたい。こっちは下手なこと言ったら死ぬかもしれないんだからな!

「じゃあ言い返させてもらうけど・・・さっきみたいなこと言われてもこっちは下手なこと言って放り出されたりしたら死んじゃうからまともには言い返せないんだよ」

 ご所望だったので思っていたことを言い返したが、内心では殺されやしないかとびくびくだ。

「へ~、あっそう。そんな風に考えてるんだ」

 この笑みはさっきの評定の時、俺を草履取りにするかどうかを考えなおした時と同じような笑みだ。つまりやばそうだ。

「ねえねえ下僕」

「・・・なんでしょうか」

 嫌な予感がする。

「私ね、つまんない」

 ・・・つまり何か面白いことをしろと、そういうことでしょうか?

「何かやって見せなさいよ。つまらなかったら」

 そう言いながら景虎さんが笑顔で刀の柄に手をかける。

 これは冗談なんだ、冗談なんだよ。これは俺が驚くのを見て楽しもうとしているだけなんだ。本の景虎さんならこんなことしてもおかしくないどころか平常運転だ。

「・・・ちょっと何か反応しなさいよ。本当に切るわよ?」

「ぎゃーおやめくださいお助け下さいー!」

 死にたくはない。だから大げさかな~とは思いつつも地にひれ伏した。

「やっぱりつまらないわね」

「五月蠅い! 笑いを取るのがどれだけ難しいと思っていやがる!」

「うん、それでいいのよ」

「は?」

 何が言いと言うのだろうか? 俺は今何をしたっけ? 地にひれ伏しただけだが?

「いい言葉遣いだったわ、殺す理由ができた」

「・・・」

 やらかした。

「さて、これで私にはあなたを殺す理由ができたわけだけど・・・」

「いやいやいや、このくらいで殺していたりしたら、なんて度量の狭い大将なんだって思われるぞ! ここは、私はそのくらいのこと気にしないってところを見せるべきなんじゃないかな⁉」

「とりあえず今の言葉遣いでもう一つ殺す理由ができたわね。あと、そんな変なところであんたなんかに度量を示す必要もないし、今のは下の者に舐められないように、しっかりと処罰して、大将の威厳を示した方がよっぽど有用ね」

「なるほど、確かにその通りだ。俺の言葉は死にたくないがために出た言い訳だったからな」

「へ~、意見でも何でもなく、言い訳だったんだ」

 いかん、また口が変なことを言った。

「さってと、どんな罰を与えようかしら~」

 そんな楽しそうな顔で周りを見渡していたら愉快犯なのがまるわかりだ。と言うかさっきの死刑宣告がすでに私刑宣告に代わっているのは気のせいではないな。

 だがまあ、死なずに済むのならそれでもいいか。諦めよう。

 そんな風に諦めて、俺も自分に降りかかる厄災に少しでも対応できるようにと周りを見渡してみた。

 そしてその時、その子は俺の目に映った。

 肉が削げ落ち手や足は枯れ木のように細く痩せ細り、目は目の前が見えているのかどうかも怪しいほどにうつろだ。そして今まさに餓死寸前の状態であることを示している膨らんだお腹。

 人は血液の中にあるたんぱく質に多くの水分をため込んでいるが、餓死寸前の栄養失調の状態が長く続くと、血液中のたんぱく質が減っていきため込んでいた水分が血管からにじみ出てきてしまう。さらにこんな状態になっているくらいだから当然筋力も低下している、それによってお腹が膨らんでしまうのだ。

「景虎さん・・・」

「無理よ」

 要件を言う前に無理だと断じられてしまった。

「あの子を・・・」

「ならあなたにはできるの? 仮に私と立場が入れ替わったとして、あなたはこの先に出会う全ての人を助けられるの?」

「それは・・・」

 無理に決まっている。多かれ少なかれ、どこにだってこういう子はいる。そんな子を全員救うなんてことは誰にもできない。それが越後国主であっても。それこそ天皇であっても。

「それでも・・・目の前にいるあの子は、まだ生きているんだ」

「だから助けたいって? それを見て集まってきた人たちも助けろって? そんなことをしていたら、今まともに生きている人たちを殺すことになるのよ」

 それは分かっている。あの子を助けるのにはお金がいる。そしてあんな子が増えて行けばそれはとんでもない負担になってくるだろう。それこそ、今生きている人たちを助けられなくなってしまうほどに。

「それに、あの様子ならどの道そう長くないわ。そのうち倒れると思うわよ。私にしてみたら、あの子がどうやってこんなところまで歩いてきたのかが不思議でたまらないわ」

 景虎はそっと目を閉じた。冥福でも祈っているのだろうか。

 気がつけば周りの人たちも、その子に反応を示していた。

 ある人はその子を避け。ある人はその子に憐みの目を向ける。ある人はその子を見ながら何事か呟いている。またある人はその子がそこにいると感じさせないほどに無視を決め込んでいた。

 たくさんの人がいれば、その人の数だけ異なった対応があるだろう。だが先に挙げたどの対応にも共通していることがある。

 誰も少年に近づこうとはしなかった。

「それでも・・・」

 悲しかったのか、それとも悔しかったのか。

「それでも・・・」

 俺の口からは言葉が漏れた。

「あの子はまだ生きているじゃないか」

 たとえ、結果的にあの子を助けられなかったとしても。

 それでも、あの子に何かをしちゃいけないわけじゃない。

「なら、あなたは何をするっているの? 何もできないでしょう?」

「・・・俺って、もう景虎の草履とりなんだよな」

「あんた・・・」

「俺の給金、今いくらか前借できないか」

 それを聞いた景虎は急に、静かに怒り出した。

「あなた、それ本気で言っているの? あんたにあげる給金なんてそんなに多くないわよ。まして、人一人養うなんて夢物語よ」

 わかってはいる、わかってはいるんだ。

「そんなことは分かってる・・・でも・・・!」

「ふざけないで!」

 ここに来て初めて、景虎が声を荒げた。

「あんたにできるわけないでしょ! 力もお金もないくせに!」

 驚いた、こんな景虎を始めてみた。

 こっちに来てまだ半日も経っていない、もちろん景虎を見ていた時間も半日以下だ。

 でもさっきまで見ていた景虎は、いつも余裕があるように見えていた。その景虎がこんなにも声を荒げるなんて。

「自分で確認取ったでしょ! あんたはもう私の下僕なのよ! 私の言うことだけ聞いていればいいのよ! あんたは私のものなの!」

「ふざけんな!」

 景虎につられてしまったのか、俺もついつい声が大きくなってしまった。

「俺が誰のものかなんてどうでもいい! でも、それはやっぱりあの子を助けちゃいけない理由ではないし、俺とお前があの子を助けられない理由でもない!」

 つい大きな声を出してしまった。

 はっと思って景虎の顔色を確認してみると、景虎は大きく目を見開き、口を真一文字に引き結んで、驚いているような、怒っているような表情をしていた。

 しかしそんな顔をしていたのは一瞬で、次の瞬間には冷静な顔に戻っていた。

「・・・勝手にしなさい」

 そう言って懐から小さな巾着が投げ渡される。

「ありがとう」

 俺は一言礼を言って少年の元へ・・・。

「だから言ったでしょ、そのうち倒れるって」

 何とか景虎にお金をもらって、いざ少年の元に向かおうと振り返ってみると・・・すでに少年は道端にうつぶせになって倒れていた。

「もうそのお金、いらなくなっちゃったわね」

「・・・くそ」

 どの道自分には何もできなかっただろう。食べ物を渡しても、あの少年はもう食べられなかっただろう。何と語り掛けようと、もう返してはこなかっただろう。

 それでも悔しかった。何もできない自分が嫌になった。

「私は、これでも善政を敷いていると自負しているわ」

 景虎が少年のことを見ながら語り始める。

「でもね、どうやってもああいう子は出てくるわ。どれだけいい政を行っても、全員が幸せになれるわけじゃないの」

 淡々と語っている景虎、しかしその言葉はなんだか強くて、そして脆い気がした。

「だから私は決めたのよ、私は救える人だけを救う。越後国主なんだから、せめてこの越後に暮らす人たちだけでも」

 そして景虎は少年から目をそらしながら続けた。

「私が幸せにしてあげられる人なんて、本当にわずかな人たちだけなのよ。

 だから私は、越後の人たちだけでも救う。私の周りにいる人たちだけでも幸せにしたいのよ」

 とても辛そうだった。

 なおも淡々と続けた景虎だったが、聞けば聞くほどにこっちが辛くなった。

 救いたい、幸せにしたい、でもできない。

「さあ、行くわよ。あの子も、そのうち誰かが埋めてくれるでしょう」

 景虎が何事もなかったかのように歩き始めた。

 淡々と話していた景虎だったが、その後ろ姿は何とも寂しそうで。

「なあ・・・」

 気がついたら話しかけていた。

 それは辛そうな景虎を見たからだろうか? 寂しそうな後姿を見たからだろうか?

「少し気になったんだけどさ・・・お前はどうするんだ?」

 なるほど、物語の主人公たちの気持ちもわかるな。これは声をかけずにはいられない。

 こんな辛そうな、寂しそうな女の子を放っておくことなんてできない。

「お前は越後の人を救うんだろ? 周りの人を幸せにするんだろ? なら、お前のことは・・・誰が救ってくれるんだ? 誰が幸せにしてくれるんだ?」

 きっと物語の主人公たちの気持ちはこんな感じなのだろう。目の前の女の子を助けたい。そんな気持ちなのだろう。

 もちろん、俺が助けるなんてことはできないかもしれない。でも、聞いてしまった。

「そんな人いないわよ。それにいたとしたら捨てるかもしれないわね。私は、私のことを思ってくれる臣よりも、民のことを思ってくれる臣の方が欲しいのよ」

 そういう景虎の顔は、さっきよりもさらに辛そうで、寂しそうだった。

「だったらさ」

 わかってはいる、それでも。

「俺じゃ・・・駄目かな?」

「え?」

 景虎が何とも驚いたような、変なものでも見ているような、そんな顔で振り返った。

「いや・・・その・・・俺には何もできないかもしれないけどさ、愚痴聞くくらいならさ・・・まああと、死なない程度なら無理難題もどんと来い」

 うわー最後のはいけなかったかもな、試し切りとかされて腕がなくなったりしそうだ。

「あ~その・・・最後の無理難題って言うのはだな、なんか景綱さんが大変そうだったからさ・・・そう、頼まれたし! あ~やっぱり愚痴だけで・・・」

「駄目よ」

 うっ・・・・・・複雑だな~。

 さっきまでの辛そうな表情を変えることに成功はした、それは喜ばしい。幸せそうな笑顔を浮かべてくれたことも喜ばしい。

 しかし。

「あんたが勝手に言ったんだから、自分の言ったことの責任くらいはとりなさいよ」

 嬉しそうな笑顔7割に対して・・・。

「いや~でも・・・」

「五月蠅いわよ」

 このやたらと楽しい悪戯でも思いついたような3割の笑顔は怖いな~。

「さてと、良いことも聞けたし」

「待て待て! 良いことって何だ!」

 これは絶対に最後の無理難題のことだろ!

「あんまり口答えするんじゃないわよ。あんたは私のものなんだから」

 景虎がまた前を向いて歩き始める。

「ちょ、ちょっと待て! あの子、せめて・・・」

 何もできなかった。それでもせめて埋めてあげるくらいは。

 しかし視線を戻した先には、すでにその少年の姿はなかった。

「あっちよ」

 いつの間にか隣に来ていた景虎が、少年が倒れていた近くの家と家の間を指差す。

 見て見れば、そこには既に息絶えてしまった少年を抱える男がいた。

「埋めてあげるんでしょうね。この裏の通りは人通りが少ないから、あまり人目に付かずに山の方まで行けるから」

 そう言った景虎の顔は、今度はとても優しそうで。

「こんなところで優しさは見せなくてもいいのよ。また次、ああいう子を見つけたときに助けてあげなさい」

「・・・ああ」

「さあ、行くわよ」

 景虎が今度は俺の腕を掴んで歩き始めた。

「なあ」

「何よ」

「俺さ・・・あんな子がいない国が良い」

「私もよ」

「頑張ってくれよ」

「主に注文を付けるなんて、何考えてるのよ」

 そんなに嬉しそうに言われると、怖くもなんともないな。

「あんたは私のものなんだから、それでなくても下僕であることは確定なんだから。あんたも頑張るのよ」

 分かってるよ、そんなこと。

「当たり前だろ。あんな子がいない国、そんな国を作る。絶対に、この越後を、そんな優しい国にする」

「方針を決めるのは私よ、あんたは手伝ってくれればいいのよ」

 ちらりとのぞいた景虎の横顔は活き活きと輝いていて、とても嬉しそうで。

 俺はそんな横顔に照れてしまい、つい目をそらしてしまった。

「絶対に作るわよ、優しい国」

 でも意識まではそらせなくて、その景虎の声はしっかりと俺に届いた。

「ああ、絶対に」

 だから返事をした。景虎の言葉が聞こえたから。俺も同じ気持ちだったから。

 絶対に作ろう、優しい国を。

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