交わし、つながる名
朝、目が覚めて。
一番最初に目にするのが、自室の天井ではなく兎の耳になってから、まだ数日。
ぴょこりぴょこりと揺れ動く耳に、ススメの目覚めも近いことを教えられる。
ベッドから降り、着替えをすませたころ、のそりと布団が盛り上がった。
「コクヘキ……」
無意識にだろう、傍にあるべきものを求めるように、コクヘキの名がささやかれる。
布団から顔を出したススメの眠たげな瞳が、やがてコクヘキの姿を捉える。
たったそれだけのことなのに、ススメはふわりと笑った。
笑顔という言葉では表しきれない。ただの喜びを示す顔ではない。
幸福、という名の表情があるのなら、こういうものだろう、と確信できる表情。
それを間近で見ることができるのは、この世でコクヘキだけなのだ。
毎朝、毎夜。
きっとススメがそうであるように、コクヘキもつがいと共に在るしあわせを噛みしめている。
「おはよう、コクヘキ」
「おはよう」
挨拶に挨拶を返せば、ススメはぴょこんと元気よくベッドから降り立った。
そうして素早い動きでコクヘキの元までやって来て、勢いを殺すことなく抱きついてきた。
「コクヘキー」
「なんだ」
「コクヘキ、コクヘキ、コクヘキコクヘキ!」
ぐりぐりぐり、と少し痛いくらいの強さでススメは額をすりつけてくる。
連呼される名前に、その回数分、コクヘキの心に言葉にできない想いが降り積もる。
まるであたたかな雪のようだ。
積もり積もって、いつか息の仕方すら忘れてしまうかもしれない。
そんな馬鹿げた想像すら真実味を持つほどに、ススメが愛しくて仕方がない。
「不思議だね。今までずーっとこう呼んでたみたい。
コクヘキって呼ぶのが、自然で、当たり前なんだって、そんな感じがするの」
赤々とした瞳が、コクヘキを見上げてくる。
呼んでほしいと思っていた名前を、ススメが初めて音にしたのは、数日前のつがいの契りの時。名を交わした時。
その時に、きっと何かしら感じるものがあったのだろう。
儀式を終えてから、ススメはコクヘキを『おじさん』とは呼ばなくなった。
「わたしのコクヘキ」
桃色の唇が、甘美な音を紡ぎ出す。
目眩がしそうなほどに、心が、魂が、満たされる。
「つながっているって、しあわせ。
コクヘキがわたしのつがいで、しあわせ」
つがい。
生涯ただ一人の伴侶。
名がつながり、命がつながり、そうして心がつながる。
つがいを得るということは、これほどに世界が一変するものだったのか。
ススメと暮らし始めて、あたたかな家庭を知った。あたたかな想いを知った。
けれど今までの十年間が比ではないほどに、今のコクヘキは、幸福におぼれている。
己の隣にススメがいることに、いてくれることに、感謝を捧げる日々。
もう決して失えないぬくもりを、コクヘキはそっと抱き寄せた。
「そうだな、俺もだ」
俺のススメ、と。
ススメの真似をして呼んでやれば、ススメはまた、しあわせな笑みを見せた。




