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鬼のおじさんと兎のようじょ  作者: 五十鈴スミレ
鬼のおじさんと兎のようじょ
1/12

1.一緒に暮らすようになった、その経緯

新連載です。できるところまで毎日更新したいと思います。

10話程度の予定ですので、よろしくお願いします!



 とある魔界の、とある地域の、とある鬼族の男、コクヘキ。

 彼は今、前代未聞の事態に頭を悩ませていた。


 それはなんの前触れもなく、コクヘキの足にへばりついてきた。

 ゴミでも魔物のたぐいでもないのは一目見ればわかるため、乱暴に振り落とすわけにもいかない。

 ひょこりと兎の耳を揺らす獣人の幼女を、コクヘキは困惑しながら見下ろすしかなかった。


「おじさん、お金ちょーだい!」


 この台詞も、もう三度目だ。

 最初は小遣いでも欲しいのかと思ったが、それにしては必死すぎる。

 現に兎の幼女は、離すもんかとばかりにぎゅうっとコクヘキの足にしがみついていた。

 ここでコクヘキがどれだけ邪険にしようと、頭ごなしに怒鳴ろうと、その小さな手は離されることはないだろうし、幼女があきらめることはないだろう、と思えた。

 これも何かの縁だろうか、とコクヘキはため息をついて、あきらめることにした。

 関わらないでいることを、あきらめたのだ。


「……なぜ金が欲しいんだ」

「お家が、たいへんなの!

 お金ないとこまっちゃうの!」

「どう困るんだ」

「なくなっちゃう!」


 コクヘキの問いに、幼女ははきはきと答えてくれる。

 多少、わかりにくくはあるものの、この年頃ならそんなものだろう。

 とにかく、金がないと家がなくなる、という単純な等号までは理解できた。

 それさえわかれば問題はない。


「お前の家まで案内してくれ」

「お金くれる?」

「……多少の融通は利く」


 無邪気な幼女の問いかけに、コクヘキは腹を決めた。

 幸い自分は少し前まで軍に属しており、最終的に大将にまで上り詰めた。

 退職金もたんまりともらい、一生かけても使いきれないほどに金はあり余っている。

 家の一つや二つ、支援してやることくらい朝飯前だ。

 偶然の出会いは、その金で人助けをしろと魔王が言っているのかもしれない。

 金のかかる趣味もなく、使い道がないのだから、それに異論はない。


「ゆーずー?」


 言葉が難しくて理解できなかったのだろう。幼女は不思議そうに首をかしげた。

 こんなに幼い子どもが、家をなくそうとしている。

 助けてやりたい、となんの含意もなく思った。

 素直に人の心配をしたことなど、いつぶりだろうか。

 そんな気持ちにさせてもらっただけでも、金を出す価値はあるというものだ。


「少しなら、あげてもいいということだ」

「わぁい!」


 喜ぶ幼女を抱き上げ、道案内を頼んだ。

 高さにはしゃぎながらも幼女はきちんと来た道を覚えていた。

 そうして、連れて行かれた先が孤児院で。

 コクヘキは兎の獣人の幼女が孤児だったという事実を知る。

 経営難でつぶれかけた孤児院に金を渡し、またこんなことにならないようにと相談先を紹介する。

 何から何までありがとうございます、と涙をこぼす院長に、コクヘキはなんの気まぐれか、こう告げていた。


「代わりにこいつはもらっていく」


 幼女はコクヘキの腕の中できょとんとした顔をした。


「お前、名は?」

「す、ススメ」

「ススメ。俺のものになるか?」


 そう聞いてみると、ススメは花が開いたかのような笑みを見せた。

 一瞬不安そうな顔をした院長も、その様子に彼女が望むならばと快諾してくれた。

 なぜこんなことを言ってしまったのかは、わからないけれど。

 これも巡り合わせというものなのかもしれない、とコクヘキは納得することにした。



  * * * *



「ねえおじさん、ツノ、かっこいいね!」


 家に連れて帰る道のりで、ススメはコクヘキの角を見上げながら歓声を上げる。

 人見知りなどはしないようで安心した。

 さらさらとした白い髪を梳くようになでてやると、ススメはキャラキャラと笑った。


「そうか?」

「うん、つよそう!」

「弱くはないな」


 フッ、と思わず苦笑をこぼす。

 何しろついこの前まで軍人だったのだ。

 この手でどれだけの犯罪者を捕まえてきたことか。

 小さな幼女など片手で捻りつぶせてしまう。

 もちろん、そんなことをするつもりはないが。

 笑ったことすらも久々かもしれない、と頭の片隅で思った。


「ツノ、さわっていい?」

「……まあ、いいだろう」


 キラキラと輝くルビーのような瞳に、コクヘキは根負けした。

 上機嫌で角に手を伸ばすススメに、小さくため息をつく。

 鬼族の角は身に宿る魔力の核だ。

 角は鬼族にとっての心臓と言っても過言ではない。

 そのために感覚も鋭く、明言は避けるが、触れられると妙な気持ちにもなる。

 だが、コクヘキはもう五十を数えた。

 今さら、子どもにべたべたとさわられた程度で反応する年でもなかった。


「おじさん、すごいね! すごいね!!」


 何がすごいのかはわからないが、懐かれて悪い気はしない。

 ススメを落とさないようにと抱え直し、コクヘキは家までの道のりを歩く。

 今まで一人寂しかった生活も、これからはにぎやかになりそうだ。

 大きな不安と、少しの期待を抱きながら、そっとススメの頭をなでてやった。




 これが、鬼族のコクヘキと兎の獣人のススメが、一緒に暮らすことになった経緯のすべてだ。

 これ以上でもこれ以下でもなく、特別な何かがあったわけでもない。

 けれどこの出会いが、二人にとってかけがえのないものになることを、この時のコクヘキは知らずにいた。







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