表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼のおじさんと兎のようじょ  作者: 五十鈴スミレ
鬼のおじさんと兎のようじょ
PR
2/12

2.小さくいとけない兎へと抱く、その願い



 引退したといっても、仕事をしていないわけではない。

 長い間軍に属し、要職に就いていた者として、現在は軍の相談役という立ち位置にいる。

 人界とは違い、国という括りが存在しない魔界では戦争などは起きないが、地域同士のいざこざがないわけではない。

 もしこの地域に何かあれば、再び軍に戻されることもありえるだろう。

 まだ働こうと思えば働ける年で引退できたのは、この地域が、そして魔界が平和だからということが大きかった。


 夜遅く、コクヘキはリビングで、夕方に軍から届いた手紙に目を通していた。

 地域の境の警備に関する相談事だ。

 手紙で答えるのは難しい内容で、近々城に上る必要があるだろう。

 その間はススメをどこかへ預けておかねばならない。

 週に一度頼んでいる掃除婦にでも話を持ちかけてみるか、と考えているところで、カチャリと扉が開いた。


「おじさん、おじさん、いっしょにねて」


 扉の向こうにいたのは、つい最近養子として引き取った、まだ六歳の兎の獣人、ススメだった。

 ススメは枕代わりの熊のぬいぐるみを抱えて、目をこすっている。

 いつもならとっくに夢の中へと旅立っている時間のはず。

 ちゃんと回っていない舌やボサボサの髪からして、今まで眠っていたのだろう。


「どうした?」

「こわいゆめ、見た……」


 コクヘキの問いかけに、ススメはそう言って、今にも泣き出しそうな顔をした。

 泣かれるのは困る、とコクヘキはあわてた。

 子どもに泣かれたときの対処法など、軍では身につけられなかった。


「こっちに来なさい」


 とりあえず、コクヘキは手招きをした。

 この距離では、いざ泣かれたとき涙も拭えない。

 コクヘキは膝を悪くしていて、日常生活には困らないが、立ち上がるときにわずかな痛みを覚える。

 できるならそちらから来てほしい、という内心が伝わったわけではないだろうが、ススメはぽてぽてと近づいてきた。


「おじさぁんっ」


 ソファーに上がって、コクヘキの腹に抱きついてくる。

 全力でかけられる体重に、コクヘキは苦笑をこぼす。

 よしよしと頭をなでてやると、ススメは少しずつ落ち着いていった。

 手紙はテーブルの上へ置き、膝を貸して横にさせ、ボサボサになってしまっている白髪を手慰みに整えていく。

 己のものよりも高い体温に、不思議とコクヘキも気持ちが凪いでいく。


「おじさんのそばは、安心するね」

「……そうか?」


 心情を言い当てられたかのように思えて、一瞬反応が遅れた。

 どうやら自分は、小さな兎のいる生活にすっかり慣れてしまったらしい。

 傍にいるだけで心が安らぐほどに。

 まだ彼女を引き取ってから一月経った程度だというのに。

 ススメも同じように思ってくれているのなら、悪いことではないのだろう。


「おじさんはね、わたしのお月さまなんだよ」

「なんだそれは」


 コクヘキは小さな笑みをもらす。

 兎の幼女と暮らすようになって、自分が以前よりも笑う機会が増えたことに、コクヘキは気づいていた。

 ススメは元気がよく威勢もよく、好奇心が旺盛で突っ走る傾向にある。

 彼女の一挙手一投足に振り回されながらも、一人で暮らしていたときよりも毎日が充実していることは、覆しようのない事実だった。


「月を見るとね、わーってなるの。

 わたし、おじさんをはじめて見たとき、わーってなった。

 だから、おじさんはわたしのお月さま」


 魔界の住人で月の影響を受けない種族は少ない。

 月を見て気分が高揚するのは、獣人としての本能だろう。

 だが、コクヘキを見たときに同じものを感じたというのは、理解ができない。

 そこには獣人特有の何かしらがあるのかもしれない。


「よくわからないな」

「わたしもよくわからない。

 でも、わかんなくてもいいの。

 おじさんがそばにいてくれるなら、それでいいよ」


 ほんわり、とススメはやわらかな笑みを浮かべてみせた。

 見上げてくるルビーのような瞳には、全幅の信頼が映し出されている。

 ススメを正式に養子として引き取るにあたって、孤児院の院長から聞いた話をコクヘキは思い返す。

 彼女は実の親から育児放棄を受け、最終的に捨てられたのだと。

 無邪気に見えて、大人に対しての不信感が根底にあり、職員にも懐いたり甘えたりはしなかったのだと。

 大人に対して笑いかけるところを初めて見た、と言っていた。

 よろしくお願いします、と頭を下げられた。

 言われなくても、ちゃんと独り立ちするまで面倒を見るつもりでいる。


「傍にいるさ。

 安心して寝なさい」


 コクヘキはできるだけ優しい声で、そう言った。

 眠りやすいよう、くりくりとした瞳を己の手で覆う。

 必要としてくれる限りは、傍にいてやることが養父としての義務だ。

 ススメの心に影が差すことがないよう、コクヘキは尽力するつもりでいる。

 現実では、夢の中のようにススメを脅かすものは何もない。

 怖い夢から覚めたとき、甘えられる大人がいるのだと、理解してくれていればいい。


 やがてすやすやと寝息を立て始めたススメを、コクヘキは抱き上げて自分の部屋へと連れて行く。

 コクヘキのベッドは大きい。子ども一人と一緒に入ったところでどうということはない。

 ぽんぽん、とススメの背中を優しく叩きながら、コクヘキも眠りに落ちていった。




 義務だなんだと言いつつも、本当はそんなものはどうでもよく。

 朗らかなくせして寂しがり屋の兎の子どもの傍に、いてやりたい、と。

 他でもない自分が強くそう願っていることも、薄々気づいてはいるのだけれど。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ