開戦
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どこまでも見透かせそうな青空の下、地鳴りのような喚声を聞きながら、和人は小さく息を吐いた。
ルイスと和人が話し合った翌日。日が昇るとほぼ同時にオレス軍が動き出したことを受けて、和人は正門前に駆り出されていた。
「準備はいいのか?和人殿」
そう尋ねたのは、和人の隣に立つオードだ。いくら和人に正門を任せると言っても、流石にすべてを任せてあとは放置、というわけにもいかない。もしも和人が守りきれなかった時のために、後詰という形で、もともとこの正門を守る予定だった紅蓮騎士団が、門の裏で控えている。オードがこの場にいるのはそのためだった。
「はい、いつ来ても大丈夫ですよ」
和人はそう言って、腰に佩いている刀に軽く手をかけた。
普通に考えれば、刀一本でこれから来る敵を一人で倒すことなど不可能だ。オードは軽く目を閉じて、やがてうなずいた。
「……分かった。もともとそう言う作戦だ。君に任せる。殿下はどうやらいたく君を気に入ったらしい。殿下の期待を裏切らぬよう、頑張ってくれ」
オードはそう言うと、くるりと踵を返して自らの持ち場である門の内側へ戻って行った。その後ろ姿を見送りつつ、和人は軽く頬を掻く。
オードから感じたのは、決して信頼などではなく、圧倒的な自負心だった。仮に和人が敵を止められなかったとしても、自分がいればどうとでもなるという、自分の実力への自信。そしてオードは、その自信が過信と呼べないほどに、実力を持っているのだろう。
しかしそれは、危ういものだと和人は思う。たとえ自分の実力を正確に把握していたとしても、自信は容易く慢心につながる。自分がいれば何でもできる、という思考は、視野を狭めることになりかねない。
妙なところで足元をすくわれなければいいが――と、そこまで考えて、和人は軽く頭を振った。考えてもしょうがないことだし、そもそも和人が考えることではない。
軽く視線を上げると、敵軍の先端が迫ってきている。このままいけば、敵がこの正門にたどり着くまでに、そう時間はかからないだろう。
目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、吐く。自分の中のものを一度すべて吐き出すように、腹の底まで出し切る。そうすることで、頭を切り替える。余計なことは考えない。考えるのは、目の前の敵のみ。
再び目を開けた和人の顔に浮かんでいたのは、小さな笑みだった。
オレス軍の先陣を切る男は、若干の焦りとともに急いでいた。
オレス軍の伝統として、同じ場所を二度攻めるとき、二度目の攻撃の先陣は、前回の生き残りが務めることになっている。少しでも経験のあるものを前に置き、後ろの連中に前に倣って攻撃させるのだ。
レルクルの正門付近は、左右に高い壁がそびえたち、極端に狭い道を進まなければならない。ここで足踏みしようものなら、左右と前方の三方向から、弓と魔法の集中砲火を食らうことを、先陣の男は自身の経験とともにしっかりと把握していた。正門前に取り付いてしまえば、同士討ちを恐れて左右からの攻撃がやむことも分かっている。
いかに迅速に正門前に取り付くか。これが勝負の分かれ目だ。
前回の戦いでは、多大な被害を出しながらもどうにか正門前までたどり着き、そこで更うなる被害を出した。
炎神オード。隣国であるオレス帝国はおろか、マケス大陸中にその名を轟かせる男。
そもそも魔導士というのは、戦いにおいては砲台のような存在だ。大火力の攻撃は脅威の一言だが、その分詠唱に時間がかかる。そのうえ、近づかれたら詠唱どころではなくなるため、一対一での戦いにはすこぶる弱い。前衛の兵に壁を作ってもらい、その後ろから魔法を放つのが、普通の魔導士の在り方だ。
だが、オードは違った。一流の魔導士でありながら、同時に一流の戦士でもある彼は、自ら近接戦闘をこなしながら、魔法を放ってくるのだ。
恐るべきはその精神力。普通、近接戦闘を行っている最中に、詠唱を行う余裕はない。斬るか斬られるかの極限状態の中、敵の動きと己の動き意外に気を遣える人間は少ない。どれほど優れた者だろうと、数人の敵を相手取るので精いっぱいだ。しかしオードは、複数人を相手取りつつ、最適な魔法を選択し、その詠唱もやってのけるという、一種の化け物だった。
前回の戦いでの敗因は、八割以上オードの存在があると男は思っている。確かにオード以外の敵も強かったが、特筆すべきほどでもない。実際彼らだけだったならば、数万の大軍が、たった二百人ほどに負けることもなかったはずだ。男にとってオードは、巨大な壁のような存在だった。
今回の戦いでも、オードは正門で待ち構えていることだろう。前回の戦いでは先鋒から少し離れた位置にいたため何とか生き残ることができたが、今回はそうもいかない。正直、生き残れる気がしないが、かといって逃げ出すことも不可能だ。
やるしかない。やられる前に、せめて一太刀浴びせるくらいは――。
悲壮な覚悟を決めて駆けていた男の足が、しかし正門の前で止まったのは、ある意味しかたなかったのかもしれない。
「は?」
思わず声が漏れる。目の前の光景が、あまりに想像と違ったからだ。
正門の前に立っていたのは、オードではなかった。あの巌のような男の姿はどこにもなく、代わりにいたのは、細身の青年1人だった。
そう、1人。あのオードですら、後ろに自らの騎士団を率いていたというのに、その青年はたった1人でいるのだ。
降伏――というわけでもないだろう。青年は腰に武器を持っている。それで降伏の使者だと言われても、信じられるわけがない。
困惑する男の目の前で、青年は腰についた小さなバッグのようなものから、青い金属の塊のようなものを取り出した。そしてそれを、こちらに向ける。
「ひっ……!」
後ろで上がった悲鳴に思わず振り向くと、兵の1人が腰を抜かして後ずさっている。その兵は確か、つい先日まで別の作戦に参加していた兵だったが……。
そこまで考えたとき、青年の構えた物体の先端が、ちかりと光った。
「なっ……」
何だ――と思うより早く、男の意識はそこで途切れた。
和人がとった作戦は、つい先日に行ったものと同じだった。
Zによる先制攻撃により、まずは主導権を握る。その後は、場の成り行き次第だ。
時間経過により、Zの弾数は最大である6発まで回復している。先日の戦いでは、敵が分散していたために、それぞれ密集している場所に打ち分ける必要があったが、今回はその必要はない。幅5メートルほどの通路に敵の大軍がいるのだから、何も気に留めず撃てば、間違いなく当たる。
とりあえず左右の壁を崩さないことだけに気を遣いつつ、和人はもしもの時のために1発を残しZを撃ちきると、腰のホルスターにZをしまって、腰の月狼に手をかけた。
「さて、行くか」
自分に言い聞かせるように、小さく呟く。敵の様子をちらりと見ると、突如、正体不明の攻撃を受けたためか、隊列は乱れ、まったく集団としての機能を失っているように見える。前線に近い者は我先に逃げ出そうとし、後方の事態を把握できない者とぶつかり合い、さらに混乱に拍車をかける。
先日の戦いでも同じようにZを撃ちまくったことから、Zの存在は敵に知られていると考えていたが、どうやらそうでもなかったらしい。本当に敵に伝わっていないのか、それとも末端の兵にまで情報がいきわたっていなかっただけなのかは分からないが、どちらにせよ、敵が混乱してくれるならこちらとしても好都合だ。和人は軽く息を吸うと、敵の最も混乱の強そうなところに飛び込んだ。
神薙流歩法・水鏡門
「なっ……!」
混乱のオレス軍の中で、敵である和人から目をそらさずにいた少数の兵から、驚愕の声が上がる。数瞬遅れて、和人が斬り込んできたことを悟るが、遅い。
神薙流陽刀六式・逆巻
飛び込んだ勢いそのままに、右足を軸にしてぐるりと回る。回りながら腰の刀を抜刀術の要領で抜き、周囲の敵を切りつける。
「がっ!」
「ぐっ!」
「ぐわっ!」
三人を切った手応え。おそらく致命傷ではないが、放置する。痛みにうめく者の声が、周囲のオレス兵の恐怖心をあおり、さらに混乱に拍車をかける。
(さて、次は――っと)
和人は軽く周囲を見渡し、突然体勢を低くした。次の瞬間、直前まで和人の首があった部分を、無骨な大剣が薙ぐ。
「ちっ……」
その大剣の持ち主であるオレス兵は、軽く舌打ちをしつつ、体勢を低くした和人に蹴りを放つ。どうやら有象無象のオレス軍の中に、それなりの強者が混じっていたようだ。おそらく農民ではなく、普段から戦いを生業にしている者だろう。武器にこだわることなく、ここで蹴りを選んだことに、戦いへの慣れを感じる。
ただ、そんな彼もどうやら少し焦っているらしく、蹴りに腰が入っていない。和人は蹴りを片手で受け止め、そのまま足を持ち上げて敵の体勢を崩す。思わずバランスを崩した敵の首を、立ち上がりつつ切り裂き、和人は一つ息を吐いた。
敵の動きに、徐々に統率の色が出てきた。混乱から立ち直ったとは言い難いが、それも時間の問題だろう。そうでなくとも、後方から続々と無傷の部隊が出てくる。初撃の影響があるのは、前線の部隊を相手にしている時だけだ。
(いったん退くか……いや、まだいけるな)
和人はそう考えるとともに、血で濡れた月狼を鞘にしまい、少し辺りを見回す。そして、混乱のおさまりかけている一角に、再び飛び込んだ。
神薙流歩法・水鏡門
ようやく混乱から立ち直りつつあったオレス兵たちは、飛び込んできた和人に動揺を隠せない。和人は腰の引けている敵に構わず、最も近くにいた兵に接近する。
神薙流陽刀一式・霞風
不可視の斬撃で、敵を屠る。その手にある月狼に、先ほどの血糊はない。
近代兵器がはびこる世界で、その技術力の先端を行く日本の軍人である和人の持つ刀が、ただの刀であるはずがない。
刃こぼれしづらい特殊な合金で作られた刀身と、握りやすさを追求された柄。そして何より特殊なのは、その鞘だ。
月狼を入れるのには少し幅広のその鞘は、ただの鞘ではない。第三室の技術により作られた、鞘という概念を覆すまったく新しいものだ。
その技術の一つに『自動メンテナンス』というものだある。そのままの意味で、鞘に納刀した刀を、自動でメンテナンスしてくれるというものだ。
もちろんメンテナンスと言っても、本格的なものではない。高圧の水により、刀身についた血を洗い流してくれるだけだ。
だが、それだけのことでも、こういう一対多の乱戦では非常に大きな効果を発揮する。この鞘のおかげで和人は、刀というこまめな手入れが必要な武器で、長時間戦うことができるのだから。
月狼から、メンテナンスの際に付いた水が滴る。それは切り裂いた敵の血とまじりあい、和人はその場に、文字通り血の雨を降らせるのだった。




