オードVS和人
「なんだ、今のは……」
押し倒した木崎を助け起こしながら、和人は小さく呟いた。
魔法のことではない。確かに足元から火柱が上がったのには驚いたが、いまのが魔法だということは、何となくわかる。理解できないものは理解できない、と割り切っている。
和人が驚いたのは、自分が魔法の発動前にそれを予測できたことである。何となく、しかし強く直感したのだ。
当然ながら和人の世界には魔法はない。よって、その魔法の発動を経験則に基づく直感で読めるはずがない。魔法による直接攻撃を受けたのは、今が初めてなのだから。
なまじ、自分の感覚だけに気味が悪い。
しかし、和人はその疑問をいったんしまって、フィアーゼを守るようにこちらを睨む筋骨隆々の男を見た。先ほどの魔法を放ったのも、この男に違いない。つまりこちらの命を狙ってくる――敵だ。
普段ならば、容赦なく斬りかかっているところだが、和人は動かなかった。もちろん、男の放つ魔法を警戒していたというのもある。その男の立ち姿に、隙らしい隙がなかった、と言うのもある。しかし、なにより――
(父上、か……)
フィアーゼはそう言っていた。と、言うことはミリシア皇国の人物なのだろう。少なくとも、オレス人ではないはずだ。
だとしたら、こちらが狙われている意味が分からない。疑問で足が止まる。
その隙を突くように、男――オードが動いた。
「アージャスよ、わが名のもとに力を貸し与えたまえ。走るは一筋の炎刃――」
詠唱をしながら、腰の剣に手をかけてこちらに走ってくる。和人は動かない。どのような魔法が出るか分からない限り、うかつに動くわけにはいかないからだ。もしかしたらその魔法は、木崎を狙ったものかもしれないのだから。
「切り裂き、灼きつけ――フレア!」
詠唱が終わると同時に、走り抜けた直感に従って和人は後ろにとんだ。
ゴバッッ!!
一瞬前まで和人が立っていた地面が、轟音と共に三メートルほど横一文字に裂ける。おそらく熱風の刃で切り裂いたのだろう。そこかしこから土の灼ける匂いがした。
しかし冷静に観察する暇はなかった。自らが切り裂いた地面を踏んで、抜剣したオードが迫ってくる。
「ちぃっ!」
和人は腰の刀を抜くと、そのまま切り結んだ。同時に背後で呆然としている木崎に「離れろ!」と叫ぶ。
あわてて離れた木崎に、オードは和人と鍔迫り合いをした状態で、一瞬目をやる。先に木崎を始末するようにしたらしかった。
「アージャスよ、わが名の――」
「させっかよ!」
和人はわざと力を抜くと、オードの剣の側面に左こぶしを打ち付けて、その剣筋をそらす。同時に納刀。そして、オードの横を走り抜ける。
神薙流歩法・水鏡門
一気に加速。そして――
神薙流陽刀一式・霞風
神速の居合の太刀筋。しかし、本当に切り裂くわけにもいかない。故に和人が狙ったのは、オードが着けている鎧の最も分厚い、腹の部分だった。
ガガンッ!
「――ぬっ」
腹部への強烈な打撃に、オードが思わず詠唱を中断する。同時に背後に回った和人を危険視したのか、振り向いた。これで、木崎は安全に逃げ切れるだろう。
ひそかに胸をなでおろす和人を眺めながら、オードは「ほう……」と目を細めた。
「貴様――」
「あ?」
「戦闘訓練も受けていないオレス兵とは思えんな。オレス軍の精鋭か何かか?」
「はぁ?……――ああ、そういうことか」
やっとオードが襲い掛かってきた理由が分かり、和人は間抜けに息を吐いた。何のことはない。オレス兵と思われていたのだ。
「俺はオレス兵じゃない」
和人はこれで終わる、と思っていたのだが、オードはそれを鼻で笑った。
「はっ、何を言う。お前の瞳、まごうことなきオレス人の証ではないか。俺の目を節穴と思うな」
「いや、俺は大陸外の騎士で――」
「戯言は聞き飽きた」
オードは和人の言葉をそう切ると、まっすぐ剣を構えた。
「先ほどは油断した。今度は全力で行く」
「父上!」
フィアーゼの叫び声にも耳を貸さず、オードは和人に突進する。
「ちっ、聞く耳を持ってない、か」
和人は半身になって剣を躱すと、体勢を低くした。
神薙流歩法・水鏡門
和人はそのままオードのわきを駆け抜け――
「ふんっ」
「っ!」
あわてて腰の刀を抜いて、首筋に迫った横なぎの剣戟を受け止める。オードはそれを見て、少し目を細めた。
「ふん、なかなかの反応速度だ」
「……バケモノかよ」
低く、和人はつぶやく。確かに水鏡門は多用すると、ネタが割れることがある技だ。だが、だからと言って二度目で対応してくるとは、尋常な胆力ではない。それはつまり、自分の視覚の情報を、一瞬にせよ無視することなのだから。
ぎりぎりと刀と剣が押し合う。オードが感心したように、和人の刀を見た。
「ふむ、刀とは珍しいな。しかも美しい――良い刀だ」
「……そりゃどうも」
「銘は何という?」
「月狼」
「月の狼か、狼の月か……ふん。――どちらにせよ、孤独のよく似合う名前だ」
オードはそう言って、ぎりぎりと握った剣に力を込めた。体格が大きく違うため、自然と和人が押し込まれる形になる。
さらに、その状況に追い込みをかけるように、オードの口が動いた。
「アージャスよ、わが名のもとに力を貸し与えたまえ。逆巻き堕ちるは破壊の使徒――」
「……!」
和人を押し込んだまま、オードの唇が言霊を紡ぐ。
「すべてを焼き尽くせ――」
必殺の魔法が、放たれようとしたその時――
「オード卿!」
響いた声に、オードも和人も目を向けた。木崎が天幕から連れ出したセシリアだ。
オードはその姿を見て、顔をほころばせた。
「セシリア様、ご無事でしたか!少々お待ちください、この賊どもを今すぐ始末して――」
「なりません!」
先ほどまで、顔色を蒼白にして震えていたとは思えぬほど凛とした声で、セシリアは言った。
「その方々は、私の命の恩人です。丁重にレルクルまでお連れしなさい!」
その言葉に、オードの体からふっと力が抜けた。まだ、警戒されているが、今すぐどうこうしようというわけではないらしい。
そんな様子のオードを見て、和人は、
(……ふう、殺さずに済んだか)
腰の鞘にやっていた左手を下して、軽く息を吐いたのだった。
三章はこれにて終了です
四章に入る前に、設定を書こうかと思っています
それに少し時間がかかるので、本編は少し後になると思います




