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迷ったら月に聞け 6~追憶  作者:
愛するとは
30/46

王の嗜好

その夜、維心の対の居間で、将維と蒼は座っていた。維心が真ん中の定位置に座っている。

「箔炎様があれほどの力を持っていらっしゃるとは…十六夜の結界を抜けて来るなど。」

蒼が言う。維心は険しい顔で言った。

「力の強さは関係ないのだ。やつは結界を越えて瞬時に移動する能力を持っておる。結界の波長に己を合わせて簡単に抜けよる…ゆえに、我の変動する結界は抜けられぬのよ。十六夜には言っておいたゆえ、結界の形が変わっておろう?」

蒼は結界の波長を読んだ。確かにまるでオーロラのように、きらきらと波打つように感じる。

「…本当だ。これで…。」

「滅多な事では何も侵入出来ぬな。」と維心は頷いた。「特に十六夜は凝りよるのよ。我でも出来ぬほど複雑にしておるゆえ、我も出るのすら面倒な形よのう。」

将維も苦笑した。

「確かにまるで蜘蛛の糸のようになっておりまするゆえ、厄介ですね。帰る時は小さく穴を通してもらわねば。」

維心は膨れっ面で肘を付いた。

「ここまで複雑にせよとは申しておらぬのに。まるで我に見せ付けたいようよの。まあ、維月が居るのだから、これくらいの守りはしてもらわぬと安心出来ぬが。」

蒼はため息を付いた。

「母さんがあっちこっちの神様にこれほど引っ張りだこになるなんて。人の頃からは考えられないのですよ…確かに美人な方だったけど、とにかく気が強くて…オレ達には優しかったけど。他の、特に男の人になんて返事もしなかったりした。十六夜ですら、怒らせないように言うこと聞いてたぐらいです。まあ、軽いケンカはしょっちゅうでしたけど。」

維心はため息を付いた。

「…我だって、後から維月を見付けておったら今頃どれほどにつらかったかと思う。十六夜の後であったのも、それはつらかった…我に敵は居らぬゆえ、他の神のものであったなら、おそらく略奪しておったであろう。だが、月には敵わぬ。なので、一度は絶望してしもうての。生まれ変わる事を考えた。己を炎嘉に斬らせようとしたほどよ。」

将維と蒼は驚いて維心を見た。維心はその様を見て笑った。

「おいおい、斬らせてはおらぬぞ?維月が我を庇うて前に出て、それは叶わなんだ。」と思い出してまた笑った。「我の子を生んでやると叫びおっての。炎嘉も他の鳥もびっくりしておったわ。炎嘉は興を削がれて刀を仕舞い、我らは話し合うことになった…我も維月がもしかしてと思うて、思いとどまった。その後、十六夜が我に維月を許して、将維が出来たのだ。その後のことは、蒼も知っての通りよ。」

維心は遠い目をしている。だが、表情は穏やかだ。そんなことがあったなんて…。

「…では、維心様も簡単にここまで来た訳ではないのですね。」

維心は蒼に視線を移し、頷いた。

「女に執着するなど、愚かな事だと思うておった。他の王が妃を略奪し合うのを、見下しておったものよ。それが、1700年生きてわかった…今は1800歳、未だに我は維月に溺れておる。なので、もう笑ってられぬのよ。略奪に来るということは、それだけの想いを持って来ておるということ。相手も本気であろう。我も本気で掛からねばならぬ。友人同士であったゆえ、まだこれで済んでおるのだ…やつらも遠慮はしておるの。だが維月だけは取られる訳にはいかぬ。我の命は、維月にとどめられておるのだからな。」

そう言いながらも、何か嬉しそうだ。蒼はつられて微笑んだ。

「母さん命って感じだとずっと思ってましたけど、本当にそうだったんですね。でも…ほんとにすごく気が強いのに。怖くないんでしょうか…他の神様達も。」

維心は声を立てて笑った。珍しいので、蒼はびっくりした。

「おお蒼よ、主は本当に維月の息子であるな…そうであるな、確かに維月は怖い。機嫌を損ねるのが、我は何より怖いわ。だがの、何でもわきまえておるのよ…我が本当に疲れておったり、つらい時には、いくら荒れておっても穏やかにしようと心を砕いてくれる。滅多にあちらから寄って来たりせなんだのに、最近はいつも身を擦り寄せてくれる…なので、我はついつい言うことを聞いてしまうのだが。」

蒼はププッと吹き出した。その現場は見たことがある。母さんはほんとにうまく機嫌良く維心様を言いなりにしていた。が、維心様はわかっていて言いなりになってくださるのだと、後日母から聞いていた。…本当に愛しているのだろう。

「なんだか…維心様も変わられました。今では維心様以外に、共に暮らして仲睦まじく居られるかたなんて、居ないのではないでしょうか…十六夜ですらケンカするのですから。」と、空を見た。「箔炎様だって、炎嘉様だって、共に暮らせばきっと耐えられませんよ。母さんの表向きの顔しか見てないんですから。心も繋いでないでしょう?本性知らずに妃にしたいとかで略奪に来るなんて分からない。こんなはずじゃなかったってなって、返されるんじゃないですか?」

今度は将維が声を立てて笑った。それも滅多に見ないので、蒼は驚いて将維を見た。

「蒼よ、神はもちろん姿形や性質も見るには見るが、まずは気よ。その気が心地よいか否かで第一印象が決まる。母上の気は、とても珍しいものであるのだ。それが特に闘神、殊に龍には多大な好印象を与えるのだ。性質は、なぜか芯の強い者が好まれるようだな…我がここのパソコンを使ってデータ解析した結果であるがな。」

蒼はびっくりして将維に問うた。

「なんでまた、そんなことを?」

将維は片眉を上げた。

「それは、我もなぜに母があれほど王達に乞われるのか知りたかったからよ。他の女神と何が違うのか調べたかった。我の前には生まれた時から母が居て、そんなものだと思っておったからの。まさか他の女神があれほどに…その、頼りないものだとはの。」

今度は蒼が笑った。

「ははは!頼りないか!確かにそうかもしれないけど…母さんは、人の中でも強かったから。人の世では、女神のほうがモテるかもだよ。」と息を付いた。「気か…。やっぱりよくわからない。母さんは母さんだからなあ…。」

維心は微笑した。

「そうであろうな。維月の気は、特別なのだ。神の世に来てさらに磨きが掛かってしもうて…まず我がそれに惹かれ、回りがどんどんと惹かれてといった具合だ。最近では、その気にあてられて、我もしばらく呆けてしまうことがあるぐらいよ。」とため息をついた。「箔炎など、おかげで一目で維月を妃にすると決めおった。あれほどの女嫌いであったあやつが。もちろん、絶対に渡さぬがな。」

維心はフン、と鼻を鳴らした。それにしても、箔炎がこんなに思い切ったことをして来るとは思っていなかった。あやつには気を付けねばならぬ…面と向かっての対決なら負けぬが、あやつは何でも掠め取るのが上手い。今回も、危ない所だった。しかし、我を見慣れた箔炎が、将維を我と見間違うとは…。

維心は、将維を見た。本当に自分に似ている。これは、300歳ぐらいの我の姿だ。維月の言う通り、我が母に愛情深く育てられ、心穏やかに育ったらこうだったのだろうか。将維は素直で真面目、そして穏やかだ。しかし秘めた力は重く感じられる…そして何よりこの気。これは我の気だ。少し月が混じるが、間違いなくー。

将維が問いかけるような視線を向けた。

「…父上?」

維心はハッとした。

「…いや…主、我に本当に似ておる。箔炎が我と見間違うなど…あれとは旧知の仲であるのに。」

将維は小さく息を付いた。

「それは、臣下達にも毎日のように言われまするので。我自身もそのように。」

将維は今更なことなので、ことさら気にしている風でもない。蒼は頷いた。

「小さい時はそれほど思わなかったけど…小さな維心様って感じで。母さんも、小っちゃい維心様なのーかわいいでしょうーっていつも将維を抱いて歩いてたからなあ。」

維心は驚いたように目を丸くした。

「そんなことを言っておったのか。それは知らなかった。」

蒼は思い出すように視線を上に向けた。

「他の皇子も可愛がってましたけれど、将維が一番維心様に似ているからと、母はそれは可愛がっておりました。里帰りの時も、こちらへ連れて参っていたでしょう。大きくなって来ているのに、抱っこしたがって…将維が気を使って、母が持ち上げようとすると自分の体を浮かせたりしてましたっけね。」

将維は思い出して微笑した。

「そうであった。母はあの頃、口癖のように、また父上に似て来たわね、父上のようになってねっておっしゃっていて…我は父のようにならねばと、幼心にずっと思って育ちました。母が、ずっとそう言っていたから。父に近付くと、母は喜んで我を抱き締めてくれた。なので小さき時は、ずっとそのように思って…。」

将維は思い当たった。やはり我の原点は母であったのだ。母のために努力した…父に憧れた。父のようになれば、母はきっと…と思って…。

将維が口をつぐんだので、維心は視線を下へ向けた。維月が我のように、と将維に言い続けたのか。小さな将維はそれを守り、母に想われたいばかりに我を目指した。それがあって、今の将維があるのだ。姿が他の神の例に漏れて、50歳であるのに人の30代ぐらいの外見と成長が早いのは、おそらく我に近付こうとした為なのだろう。僅かにある月の力がそうさせたのだ。

何も知らない蒼は言った。

「母さんも、結局維心様命なのですね。「小っちゃい維心様」と将維に頬ずりしていた時のうれしそうな顔が思い出されますよ。あれで素直でないところがあるから…ほんとに維心様を愛してる癖に。」

維心は困ったようにフッと笑った。

「…先程も言うたように、最近はなかなかに素直であるぞ?我も安心出来ておるよ…維月の心が我にあれば良いゆえ。十六夜からの受け売りかもしれぬがな、本当にそう思う。」

月が昇っている。三人はそれを見上げた。しかし、その月には今、気配はない。十六夜が地上へ降りているからだ。

「あの二人も、親子みたいな兄弟みたいな、夫婦だとしても熟年夫婦みたいな、そんな感じを受けます。あまりにも一緒に居て全部知っているから、今更恥ずかしいとか無いのだと母さんは言ってた。ここまで、十六夜に手を引かれて来たと。維心様は…」蒼は少しためらった。「…オレから言っていいのかな?」

維心は身を乗り出した。

「なんと言っておったのだ?」

蒼は眉を寄せた。

「あんまり言うと、母さんに叱られそうで。すっごく怖いんですよ、怒ると。知ってるとは思うけど。」

維心は頷いた。

「重々知っておるが、我は維月には絶対に言わぬ。なので、聞きたい。」

蒼は維心の手に光る、結婚指輪を見た。別にいいか、言っても。

「維心様は、大人になって初めて恋して、自分で選んだ夫なのだと言ってました。子供の頃からいつの間にか傍に居て、わからないうちに愛していた十六夜とは違って、初めて恥ずかしいとか、自分の変な所を見られて嫌われたらどうしようとか、怖かったり、ドキドキしたり、姿を見るだけで嬉しくてどうしようって跳ね回りたくなったりとか、そんな体験をしたんだって…そんなことを言ってました。いい大人なんですけど、きゃっきゃ言って話してましたね…瑞姫に話してるのを、横で聞いていたんですけど。でも、ほんとに母さんに言っては駄目ですよ?」

維心は頷きながら、なんだか少し涙ぐんでいるように見えた。蒼はびっくりしたが、維心は微笑んだ。

「ほんに維月は…外で何を言っておるやらの。」と何かを隠すように顔を背けて月を見上げた。「我にはそのようなこと、何も言わずにおりよって。」

蒼は黙って微笑した。自分の知らない所で、母さんが自分を恋してると言っていることが、きっと嬉しかったのだろう。維心様も将維と同じだ。とても素直じゃないか。

蒼がそう思って将維を見ると、将維は逆に物悲しげに月を見上げていた…蒼はそれがなぜか分からず、ただ少し不安になりながら、二人の親子を見つめていた。

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