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開幕・零の話 呪術師は名乗りを上げる

やっと、やっと主人公が名乗りました


今回勇者君はお休み


やっぱり一人称は難しいですね


数十年、数百年、或いはもっと前。

それが何時だったのかは解らないが、しかし何ら問題はなかった。


何故なら、ここには時間の概念など有って無いようなものだったから。


闇の中、いつもの様に、二人―――『アル』と『彼』は談話していた。


それは唯の暇潰しであり、形式上は仕事でもあり、

しかしやはり、暇潰しでしかない時間だった。


『それ』を始めてより早十数年。

若々しさ特有の甘みを含んでいたアルの声は、今では年齢相応に重みを増し、荘厳な色を帯びていた。


こうして度々会話することを重ねてきた『彼』だったが、相手の語る話題に不自然に欠けていた部分があることに思い至る。


「――――そういやよ、あのバカの話は聞かねぇな」

あのバカ?

はて、誰を指しているのか、と迷う間もなく、アルはそれが誰についてなのかを察した。

彼にしてみれば、それで十二分に通じてしまう。


「キャロルのことかい?アイツなら、とっくの昔にどこぞやらへと旅に出たよ。会うどころか、音信不通。従って、話題に上げることは出来ないね」


「旅?あぁ、はいはい、見当がついたぞ。確実に頭の悪い理由だ。間違いねぇ」


「的を得ているな。そう、実に頭の悪い、アイツらしい理由なんだよ。つまるところ、武者修行らしい」


「世界を救った英雄様の一人が武者修行。あのバカは何と戦うつもりなんだ?洟垂れに下克上でもかます気か?」


言っておきながら何だが、『彼』はそんなことは微塵も可能性のある話だとは思っていない。

ただ、言ってみただけなのだ。

同様に、アルもそう思っているらしく、額を右の人差し指で押さえながら、ため息をつく。


「アレがそんな風に頭を使うことを考えているなら、私達の旅はどれだけ楽だったろうか」


「知らねぇよ。アレ一人欠けたぐらいじゃ、テメェらの愉快な御一行はパワーダウンしねぇだろ」


「当時の私達は若かったな。毎日があの調子だった。カイも余程に苦労していたが、一番はやはり私だったさ。断言できるね」


平然と言い切るアルに、『彼』はニヤニヤとしていた面を引っ込め、呆れたような目線を送る。


「テメェも大概に色物なんだよ。まともな人間に、この俺が倒せると思ってんのか?」


「失敬な。私は正常な人間だ……と言いたいが。しかし本人にそう言われてしまうと、否定の仕様がないじゃないか」


「ああ、あの頃は楽しかったんだがなぁ。ハーロックと連んで、『あっち』でブラツいてりゃあ、それなりに暇は潰せてたんだ」


「まぁ、確かに、君にとっては『こちら』は些か刺激に欠けるんだろうが。私達からすれば、『あちら』は危険が過ぎる」


懐かしむような表情を浮かべる『彼』に対し、アルは一つ思うことがあった。

いい機会だ。それを、今聞いてしまおうか。


「なぁ◆◆◆◆◆。君は、本当にここから出たいか?それは、本心から?」


「当たり前だろ。ここは一分一秒が無駄なんだよ。俺ぁ怠惰は好きだが、停滞は嫌いなんでな」


そうか、とだけアルは呟き、言葉を返さなかった。

流れる沈黙、しかし『彼』は口を開かない。

ただ、眼前の悪友の言葉を待つのみだ。


やがてアルは、そうだな、と呟き言葉を発した。


「千年」


「あん?」


「千年待ってくれ。それぐらいで、私の術式にも綻びが生まれる。そうすれば、『形はどうあれ』出られるだろうさ」


「長ぇよ。長過ぎる。俺を退屈死させてぇのか?まぁ、確かに、俺は死なねえが…………しかし、いいのか?そんな簡単に容認しちまうのは。テメェは国家の重鎮様だろうが」


「構わないさ。どうせ私は、その時には死んでいるのだから」


「テメェからそんな無責任な発言が飛び出すたぁな。意外、ってかいいのかよ大賢者?出たが最後、この国は滅びちまうかもしれないぜ?」


「ああ、勿論だとも。そうなったとしても、私にはどうすることもできん。君と相対するのは、私の子、孫、子孫等であり、彼らこそが相対すべきなのだから」

言い切るアルの声には、絶対的な確信が漲っている。そうなると、心の底から信じている、信じることの出来る力強い声だった。

挑発するような『彼』の言葉なんぞでは、物ともしない凛とした声だ。


やはり、と『彼』は思う。これだ。この『強さ』。

これこそが人間の面白いところだ。

悪徳と怠惰に生きる己にとって、やはり人間とはいい暇潰しだ、と。


そんなアルの様子に、『彼』はほぅ、と目を細める。口元には皮肉気な笑みを乗せて。


「乗り越えるべき試練ってか?なんてぇ薄情なご先祖様だよ」


「それに、私は確信しているからね。そんなことになれば、我等が子孫は、必ず君を打ち倒すと」


「言うねぇ、大賢者」


「私達に出来たんだ。後世の者に出来ないなどと言う道理はないだろう?」


アルにだって、自分達が世界を救った英雄であり、魔王を討つというそれが生半可な物ではなかったという自覚はある。

彼らだから出来た、彼ら五人だからこそ乗り越えられた試練だったと。


彼は、自分が千年後に禍根を残すような真似をしているのは理解している。

知りながら何もしないのは、人は愚かだと罵るかもしれない。


しかし、聡明な大賢者は期待せずには居られないのだ。

例え時代が移り変わろうと、自分たちが救った世界は、自分たちの跡を継ぐ人々は、この程度の試練は自分たちの力を以て乗り越えるだろうと。


それに、退屈だと言い募る眼前の悪友に外を見せてやるには、それぐらいの年月を置くのが良いのではないかとも考えていた。


そんなアルの思いを感じたのか、『彼』は面白そうな笑みを深めた。


「解った。千年だな?そいつを信じるぜ、アル?」


「ああ、信じてくれ。私は必要ない嘘は吐かない主義だからね」


「そういう奴に限って口先三寸で善人を丸め込むんだぜ?」


ケラケラと笑う『彼』に、やはり君は失礼だな、と返すアル。


「さて、私もこの暗闇に目が慣れてきたものだが………今回はここいらで仕事は終わりだ、早く我が家に帰るとしよう」


「どしたよ、最近やけに帰りたがるじゃねぇか?嫁に浮気でもされたのか?」


「もうそんな心配をする年ではないさ。第一我が妻は実に美しく、貞淑だ。どこぞの不逞の輩なぞ歯牙にもかけんさ!ま、それはいい。実はね、近頃初孫が生まれたのだよ。これがもう可愛くて仕方がない」


「孫?あぁー………外じゃあそんなに時間が経ってやがったか?」


『彼』は、いい年して惚気に入る悪友をスルーして、その言葉の中の一単語を拾った。

どうやら眼前の悪友はマイホームパパから孫煩悩爺にレヴェルアップしたようだ。

普段はクールぶった顔が、孫のことを口にした瞬間ふにゃりと歪んだ。


そう言えば、かなり昔に娘が出来たと言っていた気がする。

やはり時間の流れにはかなり疎くなっているらしい。


それも致し方あるまい。

外と『彼』を繋ぐものはこの悪友しか居ないのだから。


「まぁ、それもあと千年の辛抱だ。じゃあな、アル。」


「ああ、また―――そうだな、千年後に、また会おう」


帰りしなに不可解な言葉を投げつける大賢者を、『彼』は怪訝な声で送る。


「おいおい、もう来ねぇつもりか?」


「いや、また来るさ。しかし、君のことだ。千年の件なぞすぐに忘れてしまうだろう?ならば覚えている内に言っておこうと思ってね」


「あ、テメェバカにしやがって。忘れるはずねぇだろ阿呆」


「いや、予測してやろう。私が最後にここを訪れたとしても、君は絶対淡白に返すはずだ。君は、そう言う奴だろう?」


疑問というよりは確信といった色を帯びるアルの言葉。

少し思考してみれば、確かにそうかもな、と『彼』は納得してしまった。


成る程、この悪友はこの十数年で『彼』のことをかなり知り尽くしたようだ。

それこそ、『彼』の親友だった魔族の王と同じぐらいに。


だが、それもいいかもしれない。

『彼』は、思わず浮かんだ考えをあざ笑いながらも、眼前の悪友に律儀に言葉を返した。


「千年後か。テメェは死ぬんじゃなかったのか?まさか人間やめる気か?」


「いや、私は人間で居るさ。生涯、例え脆弱なれど、この身は人の其れでありたいからね。でなくては、妻と共に添い遂げられんだろう?」


「そうかい、そうかい―――解ったぜ。千年後に、また会おうや」


言葉は別れだが、その中には次のではなく、『いつか遠い日の再会』への思いが込められていた。


それを聞き届けた大賢者は、笑みを以て一言。


「私の子孫に宜しくね」


そして響いた、ガチャリと馴染みの施錠音。


『彼』は今し方交わした会話の可笑しさ、独りであるのに思わず声を出していた。


「クッ、ハハハハッ!何だ、今のは?まるで今生の別れか?どうせまた直ぐ来やがる癖して―――まぁ、いい。これで、最期の分は今済ませたんだ。お望み通り、テメェの『終わり』にゃサラッと流してやるよ」


笑うだけ笑い、『彼』は静かになった。


退屈で退屈で仕方がない、しかし、出られるという目処は立った。

かの高名な大賢者がその口で語った約定だ。


ならば信頼してやろうではないか。


『彼』は静かに目をつぶり、千年の暇をどうしようかと思案した――――




…………………

……………

………



「―――随分と懐かしい思い出だ。そうだ、そうだったな。やっと時間か………」


千年前、悪友と交わした言葉を、『彼』は決して忘れなかった。


退屈と停滞に磨耗するような柔な精神はしていない。しかし、それでも、過去の記憶は色褪せてきていた。


だが、今では不思議と鮮明に思い出せる。


全て、総てを。

悪友との無駄話も、親友との語らいも、昔の自分の生き様も―――全てはっきり思い出した。


ここは『大戒牢』と呼ばれる、あらゆる外世から隔絶した暗闇の底だ。


人の作り出した、紛い物の闇。

それでいて、本物のように優しく包むわけではない、ただただ呑み込む暗い闇。


常人なれば、存在するだけで等しく拷問足り得るそこは、『彼』にとっては退屈な場所でしかない。


だから『彼』は、無意識的に外を知りたがった。

待てば出られるはずだ。

しかし、待っているだけではつまらない。


あらゆる魔術、あらゆる呪術を否定する空間にありながら、『彼』は断絶された外を察知することが出来た。


―――そして、三日前。


彼の興味をいたく引く、『世界』の揺らぎを感じ取った。


それは、偏に『彼』の尋常ならざる力量の表れでもあるが、『彼』にとって、そんなことは当たり前の些細なことに過ぎない。


彼にとって重要なのはただ一つ。


『時は来た』と言う事実。


暗闇に投げ込まれた一つの呟き、『俺も混ぜろよ』。それに呼応するように、千年の停滞は、流動へと向かいだす。


ギシリ、と開いた久方ぶりの牢を見て、『彼』は柄にもなく高ぶっている己を自覚した。


徐々に開き、開ききったその扉から中に入ってきたのは、一人の少女。


緊張したその面もちは、蒼い髪も相俟って、『彼』に悪友の幻想を見せる。


「―――よぉ、久し振りだな。アル」


「………?何を?」


違うとは解っていたが、その色がやけに懐かしく、昔通りの声を掛ける。


少女は怪訝そうに『彼』を見るばかりだ。

当然だろう、『彼』とて解っていてやったのだ。


『彼』は直感的に見抜いた。

この少女は、かの悪友と同じように、イジリ甲斐のある人種―――つまりは真面目な奴だと。


「いや、悪いな。昔の知り合いに似てたもんでよ。で、何か用か嬢ちゃん?」


「……貴方が、『呪術師』で間違い有りませんか?」


「ああ、ああそうだ。俺が、その『呪術師』さ」


返される声は堅く、やはり『彼』の飄々とした声とは対照的だ。


少女は、怯えを前に表さないように腹に力を込めた声で、その用件を告げる。


「貴方を、ここから出します。そして、王命により貴方に協力して貰うことがあります」


「そう堅くなるなよ。久し振りの会話だ。俺だって楽しみたいんだぜ?」


立場は拘束された罪人と、その上に立つ看守であるはずなのに、そんな殊勝な物には誰がみても見えないだろう。

何という自然体か。

泰然自若を体現したような『彼』の言葉に、少女は焦ったような声で、しかし毅然と語る。


「貴方に施された封印式。それを私の『血』を以て制御します。貴方には、私と一緒に来て貰います。拒否権はありません」


「あぁ、いいぜ?出してくれるんだろう?命令だったか、聞いてやろうじゃねぇか」


『彼』がそう言うと、少女は呆気にとられたような表情を見せる。

悪党と誉れ高い『呪術師』か、素直に従ったのがそんなに不思議だろうか?


『彼』は、そんなことを気にしながらも、しっかりと少女の言葉聞いていた。


「なぁ、嬢ちゃん。『血』を以てっつったな?『封印式コレ』をどうにかできるのは、俺の記憶じゃあアイツの血族しか居ないわけだが………嬢ちゃんの家系はそういうことか?」


『彼』が問いかければ、はっとしたように少女は体を持ち直す。


「はい」


そして一つ頷いて。

疑問に答えるために、その『血』の流れを証明するように、高らかに名乗りを上げる。


「私は、『賢者』フィオレ・ヘインストール。『大賢者』アルディレイタ・ヘインストールの血族です。我が先祖の名に賭けて、私は貴方を従えます」


「―――俺を従えると来たか。面白い、よく言ったな嬢ちゃん。いいぜ、いいぜ。乗ってやろう」


――流石はアルの子孫だ。初っぱなから面白いもんが当たったもんだ。


『彼』は込み上げる笑いが止まらなかった。


この『呪術師』を前にして。

怖じ気付くどころか従えると言い切りやがった。

気の強い方ではないだろう。見たら解る。

だが、それでも、強気に、意志は曲げない。


いくら王命とはいえ、並みの胆力でなし得ることではあるまいに。


蒼く光を跳ね返す流れるような髪に、強い光を抱いた髪と同じ色の瞳。

可愛らしい顔して、なんとまぁ根性のある女だろうか。

実に面白いことじゃないか。


ふと『彼』の頭に、悪友の言葉が蘇る。


『私の子孫に宜しくね』


―――いいぜ、宜しくしてやろう。

こんな奴ならば、大歓迎だ。

例え千年経ったとして、『彼』は何をしようか特に決めては居なかった。


しかし、いきなり出会った人間がこれなのだ。

悪友との義理もある。


精々、退屈しない程度には付き合ってやろうか。


『彼』は、久方振りにその体を動かした。


体に巻き付いた呪術を封じる幾重もの銀鎖がジャラリと音を立てる。

呪文封じにと喉へ張り付けられた魔符が乾いた音を出す。

その身を覆う黒い衣装は、闇へと彼を同化させる。


「『空間拘束』の術式は解除しています。今、貴方を縛るのは、大賢者の施した『呪力拘束』と『存在拘束』のみ。ここからはもう出られるはずです」


その封印とやらにかなりの信を置いているのだろう。少女――フィオレは淡々と語る。

フィオレは踵を返すと、足早に牢を出ようとする。


動けるというのなら、動いてやろう。

『彼』は、立ち上がり、フィオレの背を追って牢の外へと歩き出す。


―――正直、彼にとっては、封印など意味はない。


彼はやりたいようにする。そして彼は、この少女に宜しくしてやることに決めたのだ。


そこにあるのは、封印等による無粋な強制力ではない。


唯一、『彼』の意志だ。



―――そして、『彼』は、大地を踏んだ。

それは、実に十世紀の時を経て、悠然と、大地を踏みしめた。


「さぁて、『外』に出られた―――ハッ、ハッハハハハハハ!千年だ、ああ、千年振りだ!」


体は未だ拘束されたまま。両手は銀鎖に絡め取られ、呪術を封じる魔符は健在で。

それでもなお、『彼』は『自由』を感じ取る。


頬を撫でる風は勿論、通常なれば不快である、陰気な湿気すらも清々しい。


ここには、『停滞』ではなく『流動』が満ち溢れている!


「………なんて柄じゃねえ。しかし、随分と呆気ないもんだな、アルよ」


後ろを見やれば、暗黒の穴蔵が、その口を閉じていった。

千年居座ったマイホームだったが、まったく感慨深いものが無い。


当然だろう、牢屋なのだし。

愛着を抱いてやる義理もない。


「で、どうすんだ嬢ちゃん?空を見るに、まだ朝っぱらだろ。これから何するんだ?」


『彼』は前を歩くフィオレに向き直る。


彼女と言えば、優しい心根なのだろう。

悪人とはいえ久方振りの自由を感じる間を与えてやるつもりのようだが、彼女の前にいるのはそんな殊勝なタマではない。


高らかに嗤っていたと思いきや急に冷めだした彼に、戸惑いながらもフィオレは答えた。


「え、と。昼前に謁見の間に引き合うように言われているので、それまでは、待機です」


「待機だ?」


時刻は早朝五時。

朝日がやっとこんにちは。昼までは、およそ六時間。


「………なんでこんな早くに出しやがった。明らかに待機時間長ぇだろ?」


「え、あの、緊張して、早起きしちゃったから、その………」


威厳や風格、なんとか取り繕っていた若き賢者様は、しどろもどろに頬を染める。


何かいろいろと台無しだ。


「ヒッ、クヒハハ、クハハハハハッ!は、早、早起きしちゃったから!?ヒャハハハハ!!」


「ちょ、もう!笑わないでください!!『呪術師』がこんな人だったなんて………!」


馬鹿笑いする『彼』に、先とは違う理由で顔を赤く染めるフィオレ。

漏れる言葉は、想像していたものとの乖離から来る諦めだろうか。


「生憎、俺は生まれてこの方こんなもんだ。一体何を妄想してやがったんだ?」


「妄想してません!魔王の親友とか言うから、もっとこう、恐ろしい人だと思ってました。なのに、『呪術師』のものとして伝わる話と全然違う…………」


城へと足を進めながらも、げんなりしたように語るフィオレを、『彼』は鼻で笑ってやった。


「何が伝わってるかは知らねぇが。それでも俺が『魔王の親友』であり、『呪術師』なのは本当だぜ、嬢ちゃんよ」


へらへらした態度はそのままに、一転、『彼』の纏う空気が変わる。

ニヤリと、歪んだような悪辣な笑みを張り付け、そう言ってやれば、フィオレはゴクリと息を飲む。


だが、すぐさま反論する。


「その、嬢ちゃんていうのやめてください。私には、フィオレっていう名前があるんです!」


「ああ、スマンね嬢ちゃん。その気になったら呼んでやるよ」


「もう………!」


やはりこの娘は面白い。

怯えはするが、呑まれはしない。

わざわざ名前の訂正まで求めるのだ。

己の身の程を知って尚、そう言える少女と話すのが、『彼』は愉しくて仕方がない。


「―――ならよぉ嬢ちゃん。俺だって、名はあるんだぜ?」


「―――!『呪術師』、じゃあないんですか?」


「そりゃ呼び名だ。俺だって形有るものだ。誰だって、名は有るさ」


「知りませんでした……文献では『呪術師』としか伝わっていなかったから………」


なんだその役に立たない文献は。

―――アルディレイタめ、俺の素晴らしき名ぐらいきちんと書き記しておけ。


『彼』は内心で悪友に対し悪態を吐く。


―――君の名なんて、誰も気にしやしないだろう?


そんな声が帰ってきた気がした。


―――ウルセェ、阿呆が


一人で頭の中の悪友と罵り合いだした『彼』に、フィオレは率直にそれを訪ねた。


「じゃあ、貴方は、何と言うんですか?」


二人は既に王城の裏手へと差し掛かっていた。

人目に付くのは得策ではないと、忍ぶように城へと連れられていたのだ。


初めに比べれば、『彼』の口振りの成果か、幾分か緩んだフィオレの態度だったが、城に入り人目が増えればまた堅くなるだろう。


『彼』が見るに、あの態度はこの娘の精一杯の盾なのだろう。

幼いその双肩に、のし掛かる『賢者』を継ぐ者としてのプレッシャー。

そういうものに対抗する、彼女自身の心の盾。


折角の久しぶりの会話相手だ。

今の力の抜けた状態で名を名乗っておくのも悪くない。


「―――よく聞いた」


むしろ、千年振りの名乗りだ。


かつて親友に、

かつて敵対者に、

かつて男に、

かつて女に、

かつて老人に、

かつて幼子に、

かつてそう名乗ったように、

この娘にも、名乗ってやろう。


「俺は『呪術師』。『呪術王』ルクリュー。ルクリュー・ベルデ・アルトリィだ。よく覚えときな、嬢ちゃん」



『魔王の親友』

『呪術師』

『呪術王』

『魔人』


あらゆる忌み名を携えた、外道に生きる人外の男。


ルクリュー・ベルデ・アルトリィは、悪辣に嗤う。


―――此処に、『深淵』は解き放たれた





To Be Continued ………

次回は、呪術師と勇者一行の対面でござる

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