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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
66/183

彼女

いつも傍にいたはずの岳の知らない部分に出くわした純は岳を遠い存在と思い始める。

 岳と友利の交際はその後も問題なく順調に続いた。

 時折喧嘩になる事もあったが、その殆どが意見の食い違いからくる諍いなどではなく、寂しさから生まれたものだった。

 どれだけ喧嘩をしても別れ話になる事は一度も無かった。


 ちょうど同じ時期、良和が男衾から程近い鉢形に引っ越して来た。

 高校生が一人暮らしをする事は稀であり溜まり場となるのは必然で、高校以前と同じような顔ぶれが鉢形のアパートには並んでいた。


 アパートへ続く砂利道純が良和にバイクの乗り方を指南している。良和のバイクはスクータータイプではなく、足元の操作が必要なスーパーカブだった。

 駐車場には小木が佑太と二人乗りして来たスクーターが横付けられ、純と岳の自転車がその隣に並んでいる。

 良和が純の言う事を無視し、バイクを急発進させ転倒する。

 純と良和、そして佑太の嬌声を余所に岳は友利とのメールに励んでいる。

 見かねた佑太が声を掛ける。


「がっちゃん!せっかく良和が戻って来たんだから騒ごうぜ!ラブラブもいいけどよぉ」

「騒ぐと頭痛くなるんだよ。それに俺は友利が一番大事なの」

「えぇ!?バンドよりも?」

「愛がないと音楽は生まれない」

「ダメだこりゃあ!」


 良和のワンルームのアパートは常に紫煙に満ちていたが、誰も文句は言わなかった。

 漫画を読んではダラダラと過ごすいつかの夏を思い出しながら、彼らは再び集まり始め、その居心地の良さこそが全てであった。

 小木が良和の前に立ち、シャドウボクシングを始める。

 良和は特に興味も示さず、最近ハマッたという漫画をしきりに岳に勧めている。


「ヨッシー、タイマンやろうぜ!」

「今、いいや」

「なんだよ、つまんねぇ奴だなぁ!誰かボコボコにしたくてしょうがねぇんだよ!」


 小木は佑太を連れ出し誰かを「ボコボコ」にする為アパートを飛び出した。

 入れ違いに、外からひとしきり大きなバイクの排気音が聞こえて来る。バルカンに乗って現れたのは同じ男衾の同級生、高田 彰だった。

 髪を金髪にし、襟足を伸ばしているが顔立ちは端整で仲間思いだった。ただ、女癖は悪い。

 部屋の目の前の駐車場にバルカンを停めると、彰は玄関からではなく窓辺から良和の部屋に入り込む。


「良和君、元気してたかよ!」

「おぉ、彰。久しぶり」

「良和君変わんねーなぁ!なぁ、エロ本ねぇの?ビデオでも良いんだけど」

「こういうんだったらある」


 良和が押入れから取り出したキワモノの雑誌やビデオの数々に、彰は顔をしかめる。


「良和君……相変わらずウンコものばっかじゃん!こんなんで良く勃つよな」

「しょうがねぇん。もう、これは病気。普通のじゃ勃たねぇん」

「もういいよ、いい。そういやがっちゃん彼女出来たん?」


 話の矛先を岳に向けると岳は自信満々に頷いた。


「あぁ。彼女出来たよ」

「写真ねぇの?」

「プリクラならある。これ」

「……マジかよ……」


 彰は友利のプリクラを手にしたまましばらくの間固まっていた。


「めっちゃ可愛くね!?マジで彼女なの!?」

「だから、彼女だよ」

「うっわ!ヤベ。チンコ勃ってきた。良和君、やっぱりエロ本いいわ。ちょっと紹介してよ!」

「やだよ」

「何で!?いいじゃん!あー!いいなぁ!じゃあ友達紹介してよ」

「そのうちね」


 二人のやり取りを聞いていた良和が静かに口を開いた。


「実はさ、俺も今度会うん。神奈川の子なんだけど」

「マジで!?」


 突然の良和の発表に、彰と岳は声を揃える。純も「へぇ」と興味ありげに漫画から顔を上げた。

 彰が良和の話に食いつく。


「どうやって出会ったんだよ!?」

「がっちゃんと同じ、伝言のやつ」

「そんな会える!?出会い系サイトとかっていうの?あれやってるけど全然だぜ」

「あれはサクラしかいないんじゃん?」

「そうなん?俺もやってみるかな」

「会える会える。俺が出来たんだから彰だったらガンガンいけるよ」

「あぁ、がっちゃんの言う通りかもね」


 話が盛り上がると岳と純が適当な事を言い始め、それに彰も乗り始めた。最終的に彰はあてずっぽうな番号に電話を掛けまくり、出た相手が女性だったら口説くという方法を編み出した。

 盛んな年頃だった為に出会いを探し、求め、そして誰かと結ばれる結末を望むのは当然だった。

 しかし、純は違っていた。


 良和のアパートを出てから純は岳と別れ、コンビニへ一人で向かった。

 そして、そこで一時間程過ごした。

 偶然を期待しながら瀧川を待ち続けたが、そう簡単にはいかない事に純は落胆した。しかし、違う相手を今さら出会い系サイトや伝言ダイヤル、学校の中から見つける気にはならなかった。

 外へ出て通り過ぎる車に少しの間目を向けたが、軽自動車は一度も通らなかった。


 翌日、学校帰りに良和のアパートへ向かうと良和がラーメンを食べに行こうと誘った。

 鉢形駅前にある家族経営のラーメン屋で、三人はネギラーメンを注文した。

 良和は店内を眺め回す。手書きの札、白い内装。中途半端に並んだコミックを純が手に取る。岳は相変わらず友利とのメールに忙しそうだった。

 厨房に目を向けると、愛想の良い店主がメリハリのある動きでラーメンを作る。


「はい!お待ち!」


 粋のいい声に思わず三人の食欲が刺激される。運ばれて来たラーメンは勢いよく湯気を立てている。

 割り箸を割り、熱いスープを口に含むと辛味と臭みの混じった独特の香りの向こうから旨みがやって来た。

 岳と純も同じ事を感じたようで一瞬、表情が硬くなる。

 良和はレンゲを置くと、思わず口にした。


「ぐ、まい」


 純も同じ言葉を呟いた。


「うん。ぐまい」


 岳も同様のリアクションを取る。


「確かに、ぐまい。臭くて、うまい。つまり、ぐまい」

「ぐまいな」

「ぐまいね。こりゃぐまい」


 決して不味い訳ではなかったが、感じた事のない独特の香りが先に来る。

 三人は「ぐまい」と連呼しながら完食し、また来ようと約束した。

 翌日、学校帰りに岳が一人で「ぐまみ成分」を確かめようと立ち寄ると

「今日これから旦那とバレーの練習なのよ。ごめんね」

 と申し訳無さそうに断られた。

 その後、そのラーメン屋は通称「ぐまいラーメン」と呼ばれるようになった。


 その週末、純が佑太との待ち合わせの為に駅へ向かうと見覚えのある姿が見えた。

 二人いる片方には完全に見覚えがあったが、もう一人の女性に純はすぐに気が付かなかった。

 駅舎にいたのは岳と友利だった。


 遠距離恋愛の為、久しぶりに会ったと思われる二人は、暗い駅舎の中で無言のまま額と額を合わせ抱き合っていた。

 足元には友利が手放したと思われる黒い大きなバッグがそのまま置かれている。

 二人とも背丈が同じ為に、ピタリと額と額が重なり合っている。

 純はしばらく立ち止まったまま二人を遠目から眺めていたが、二人は言葉を発する事なく抱き締め合っていた。

 友人の思いもよらぬ場面に出くわした純は急激に胸が高鳴り、ここに居てはいけない、と踵を返そうとした。

 その足音気付き、二人は身体を解いた。焦っている様子はなく、寧ろゆっくりと純を振り返る。

 純に気付いた岳が口を開く。


「おう。純君」


 純は何か声を返そうとしたが上手く返事が出来ない。目を泳がせていると、岳の肩越しに純を見詰める友利と目が合う。

 とても静かで、誰の邪魔も許さないと言いたげな強い目だった。

 岳と友利は手を繋いで純に向き直る。

 唾を飲み込み、純は頭を下げた。


「純君?」


 友利が純の名前を呼ぶ。大人っぽい見た目とは裏腹な少女らしい声に、純は驚く。


「あ、あの。新川 純です」

「別に同じ年なんだから、敬語じゃなくていいのに」


 そう言って友利は口元だけで笑い、目を伏せる。


「下を向いた顔がとんでもなく好きなんだよ」


 と岳が言っていたが、純はなるほど、と感じながら声を絞り出す。


「あ、あぁ。そうだね」

「待ち合わせ?」


 友利に代わって岳がいつもより端的に質問する。質問しながらも視線は真横の友利を向いている。


「あぁ。佑太と。ボウリングに誘われてさ」

「そっか。友利、うるさいの来る前に行こう」

「分かった」

「じゃあね」


 岳と友利はそのまま寄り添うようにして歩き出して、純の横を通り抜け駅から離れて行った。

 純はその背中を見詰めながら自分の知らない岳とその彼女である友利の空気感にただ、圧倒されていた。


 その夜、純は些細なメールを岳に送った。


「あんな大人っぽい人と一緒に居て緊張しないの?」


 岳からの返事は


「彼女だから」


 という短い文面のみだった。友利と一緒に居るので自分に構っている場合ではないのだろう。

 そう思いながら、純は彼女という存在を持つ岳を遥か遠くに感じ始めていた。

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